・・・私はほとんど雀躍しました。滄桑五十載を閲した後でも、秋山図はやはり無事だったのです。のみならず私も面識がある、王氏の手中に入ったのです。昔は煙客翁がいくら苦心をしても、この図を再び看ることは、鬼神が悪むのかと思うくらい、ことごとく失敗に終り・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・足でなく、頭で雀躍したのである。たちまち、法衣を脱ぎ、手早く靴を投ると、勢よく沼へ入った。 続いて、赤少年が三人泳ぎ出した。 中心へ近づくままに、掻く手の肱の上へ顕われた鼻の、黄色に青みを帯び、茸のくさりかかったような面を視た。水に・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・恥かしいことだけど、どういう訳かその年になるまでついぞ縁談がなかったのだもの、まるでおろおろ小躍りしているはたの人たちほどではなかったにしても、矢張り二十四の年並みに少しは灯のつく想いに心が温まったのは事実だ。けれど、いそいそだなんて、そん・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・の為めに強盗罪を犯すに至ても僕は悔いない、殺人、放火、何でも関いません、もし鬼ありて僕に保証するに、爾の妻を与えよ我これを姦せん爾の子を与えよ我これを喰わん然らば我は爾に爾の願を叶わしめんと言えば僕は雀躍して妻あらば妻、子あらば子を鬼に与え・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・彼は足に力を入れて、往来の土を踏みしめ踏みしめ、雀躍しながら若い友達の方へ急いだ。 島崎藤村 「足袋」
・・・とシーワルドは手を拍って雀躍する。 黒烟りを吐き出して、吐き尽したる後は、太き火かえんが棒となって、熱を追うて突き上る風諸共、夜の世界に流矢の疾きを射る。飴を煮て四斗樽大の喞筒の口から大空に注ぐとも形容される。沸ぎる火の闇に詮なく消ゆる・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・大学士はまるで雀躍してその足あとをつけて行く。足跡はずいぶん続きどこまで行くかわからない。それに太陽の光線は赭くたいへん足が疲れたのだ。どうもおかしいと思いながらふと気がついて立ちどまったらなんだか足が柔・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・それほどわたくしが所長にもみんなにも働いていると思われていたのか、ありがたいありがたいと心の中で雀躍しました。すると所長は私の顔は少しも見ないで、やっぱり新聞を見ながら、「会計へまわって見積旅費を受けとるように。」と一言だけ云いました。・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・半ば封建の闇からぬけ出ていて、しかも、封建的重圧のために脚をとられていることを最も痛切に自覚している筈のインテリゲンツィアの層こそ、雀躍して、自分の踝の鎖をたち切るために活動するだろうと期待された。しかし、現実は、単純にそう動いて来ていない・・・ 宮本百合子 「誰のために」
・・・それで雀躍して、その統計の土台につかったのだそうであった。しかし、東京のうちに一つか二つという例外の家賃を基礎にしてこれこれで家計は切り盛れる統計として示し得るものであろうか。どうしても、一定の貯金が可能であることを示そうとしてそのような無・・・ 宮本百合子 「婦人の文化的な創造力」
出典:青空文庫