せい‐じゃく【静寂】例文一覧 30件

  1. ・・・動くともなく動き、流るるともなく流れる大川の水の色は、静寂な書斎の空気が休みなく与える刺戟と緊張とに、せつないほどあわただしく、動いている自分の心をも、ちょうど、長旅に出た巡礼が、ようやくまた故郷の土を踏んだ時のような、さびしい、自由な、な・・・<芥川竜之介「大川の水」青空文庫>
  2. ・・・それはこの庭の静寂に、何か日本とは思われない、不可思議な魅力を添えるようだった。 オルガンティノは寂しそうに、砂の赤い小径を歩きながら、ぼんやり追憶に耽っていた。羅馬の大本山、リスポアの港、羅面琴の音、巴旦杏の味、「御主、わがアニマの鏡・・・<芥川竜之介「神神の微笑」青空文庫>
  3. ・・・なんのかわったところもないこの原のながめが、どうして私の感興を引いたかはしらないが、私にはこの高原の、ことに薄曇りのした静寂がなんとなくうれしかった。     工場 黄色い硫化水素の煙が霧のようにもやもやしている。その中に職・・・<芥川竜之介「日光小品」青空文庫>
  4. ・・・ 私も立とうとした。あの舞台の下は火になりはしないか。地震、と欄干につかまって、目を返す、森を隔てて、煉瓦の建もの、教会らしい尖塔の雲端に、稲妻が蛇のように縦にはしる。 静寂、深山に似たる時、這う子が火のつくように、山伏の裙を取って・・・<泉鏡花「木の子説法」青空文庫>
  5. ・・・おお、この静寂な霜の湖を船で乱して、谺が白山へドーンと響くと、寝ぬくまった目を覚して、蘆の間から美しい紅玉の陽の影を、黒水晶のような羽に鏤めようとする鷭が、一羽ばたりと落ちるんだ。血が、ぽたぽたと流れよう。犬の口へぐたりとはまって、水しぶき・・・<泉鏡花「鷭狩」青空文庫>
  6. ・・・妙に、日の静寂間だったと見えて、人の影もない。窓の並んだ形が、椅子をかたづけた学校に似ていたが、一列に続いて、ざっと十台、曲尺に隅を取って、また五つばかり銅の角鍋が並んで、中に液体だけは湛えたのに、青桐の葉が枯れつつ映っていた。月も十五に影・・・<泉鏡花「古狢」青空文庫>
  7. ・・・ここに一樹、思うままの松の枝ぶりが、飛石に影を沈めて、颯と渡る風に静寂な水の響を流す。庭の正面がすぐに切立の崖で、ありのままの雑木林に萩つつじの株、もみじを交ぜて、片隅なる山笹の中を、細く蜿り蜿り自然の大巌を削った径が通じて、高く梢を上った・・・<泉鏡花「みさごの鮨」青空文庫>
  8. ・・・そしてあたりの静寂は、なにか自分が変なたくらみを持って町を歩いているような感じを起こさせる。 喬は腰に朝鮮の小さい鈴を提げて、そんな夜更け歩いた。それは岡崎公園にあった博覧会の朝鮮館で友人が買って来たものだった。銀の地に青や赤の七宝がお・・・<梶井基次郎「ある心の風景」青空文庫>
  9. ・・・ゴチック建築のなかを辿ってゆくときのような、犇ひしと迫って来る静寂と孤独とが感じられた。私の眼はひとりでに下へ落ちた。径の傍らには種々の実生や蘚苔、羊歯の類がはえていた。この径ではそういった矮小な自然がなんとなく親しく――彼らが陰湿な会話を・・・<梶井基次郎「筧の話」青空文庫>
  10. ・・・蔭になった溪に死のような静寂を与えていた。「まあ柿がずいぶん赤いのね」若い母が言った。「あの遠くの柿の木を御覧なさい。まるで柿の色をした花が咲いているようでしょう」私が言った。「そうね」「僕はいつでもあれくらいの遠さにあるや・・・<梶井基次郎「闇の書」青空文庫>
  11. ・・・かれが耳いよいよさえて四辺いよいよ静寂なり。かれは自己が心のさまをながむるように思いもて四辺を見回しぬ。始めよりかれが恋の春霞たなびく野辺のごとかるべしとは期せざりしもまたかくまでに物さびしく物悲しきありさまになりゆくべしとは青年今さらのよ・・・<国木田独歩「わかれ」青空文庫>
  12. ・・・実に日蓮が闘争的、熱狂的で、あるときは傲慢にして、風波を喜ぶ荒々しき性格であるかのように見ゆる誤解は、この身延の隠棲九年間の静寂と、その間に諸国の信徒や、檀那や、故郷の人々等へ書かれた、世にもやさしく美しく、感動すべき幾多の消息によって、完・・・<倉田百三「学生と先哲」青空文庫>
  13. ・・・枯々としたマロニエの並木の間に冬が来ても青々として枯れずに居る草地の眺めばかりは、特別な冬景色ではあったけれども、あの灰色な深い静寂なシャンヌの「冬」の色調こそ彼地の自然にはふさわしいものであった。 久しぶりで東京の郊外に冬籠りした。冬・・・<島崎藤村「三人の訪問者」青空文庫>
  14. ・・・そのような、無限に静寂な、真暗闇に、笠井さんは、いた。 進まなければならぬ。何もわかっていなくても絶えず、一寸でも、五分でも、身を動かし、進まなければならぬ。腕をこまぬいて頭を垂れ、ぼんやり佇んでいようものなら、――一瞬間でも、懐疑と倦・・・<太宰治「八十八夜」青空文庫>
  15. ・・・無声映画ではただわずかに視覚的に暗示されるに過ぎなかった沈黙と静寂とが発声映画によってはじめて力強い実感として表現されるようになったのである。 それと同時にまた一歩進んで適当な雑音の插入がいっそうこの沈黙の強度を強めることもわかって来た・・・<寺田寅彦「映画芸術」青空文庫>
  16. ・・・水鶏やほととぎすの鳴き声がいかにも静寂であるのに引きかえて、この人間の咽喉をせんたくする音が、なぜこんなにも不快であるのか、これも不思議である。鳥にはだれも初めから遠慮とか作法とかを期待しない、というせいもあるであろう。また、鳥の生活に全然・・・<寺田寅彦「軽井沢」青空文庫>
  17. ・・・朝夕に讃美歌の合唱が聞こえて、それがこうした山間の静寂な天地で聞くと一層美しく清らかなものに聞こえた。みんな若い人達で婦人も若干交じっていた。昔自分達が若かった頃のクリスチャンのように妙に聖者らしい気取りが見えなくて感じのいい人達のようであ・・・<寺田寅彦「高原」青空文庫>
  18. ・・・自分は二歳になる遺児をひざにのせたまま腰をかけてそののりとを聞いていたときに、今まで吹き荒れていた風が突然ないだかのように世の中が静寂になりそうして異常に美しくなったような気がした。山の木立ちも墓地から見おろされるふもとの田園もおりから夕暮・・・<寺田寅彦「自由画稿」青空文庫>
  19. ・・・夜の闇と静寂とさえもが直に言い知れぬ恐怖の泉となった。之に反して、昭和当代の少年の夢を襲うものは抑も何であろう。民衆主義の悪影響を受けた彼等の胸中には恐怖畏懼の念は影をだも留めず、夢寐の間にも猶忘れざるものは競争売名の一事のみである。聞くと・・・<永井荷風「巷の声」青空文庫>
  20. ・・・しかしその折にはまだ裏手の通用門から拝観の手続きをなすべき案内をも知らなかったので、自分は秋の夜の静寂の中に畳々として波の如く次第に奥深く重なって行くその屋根と、海のように平かな敷地の片隅に立ち並ぶ石燈籠の影をば、廻らされた柵の間から恐る恐・・・<永井荷風「霊廟」青空文庫>
  21. ・・・ことの標本ででもあるように、学校は静寂な境に立っていた。 おまけに、明治が大正に変わろうとする時になると、その中学のある村が、栓を抜いた風呂桶の水のように人口が減り始めた。残っている者は旧藩の士族で、いくらかの恩給をもらっている廃吏ばか・・・<葉山嘉樹「死屍を食う男」青空文庫>
  22. ・・・ 運転手がハンドルを握った。静寂が破れて轟音が朝を掻き裂いた。運転手も火夫も、鋭い表情になって、機械に吸い込まれてしまった。 ――遊んでちゃ食えないんだ。だから働くんだ。働いて怪我をしても、働けなくなりゃ食えないんだ!―― 私は・・・<葉山嘉樹「浚渫船」青空文庫>
  23. ・・・これらは感官が静寂になっているからです。水を呑んでも石灰の多い水、炭酸の入った水、冷たい水、又川の柔らかな水みなしずかにそれを享楽することができるのであります。これらは感官が澄んで静まっているからです。ところが感官が荒さんで来るとどこ迄でも・・・<宮沢賢治「ビジテリアン大祭」青空文庫>
  24. ・・・四辺の静寂が四箇月ぶりで、彼に温泉のように甘美なものに感じられた。 うっとりとした彼の目には、拭きこんだ硝子越しに、葉をふるい落した冬の欅の優美な細枝が、くっきり青空に浮いているのが見えた。ほんの僅かな白雲が微に流れて端の枝を掠め、次の・・・<宮本百合子「或る日」青空文庫>
  25. ・・・悲しみの静寂の裡に思い深く二つの音は響く、繰り下げるだけ男は繩を持つ指をゆるめて柩は深い土の底に横わった。 私は土を握って柩の上に入れた。 コトン、ただ一度のその音は私の心をあらいざらいおびやかして行って仕舞った。 もう一つ、母・・・<宮本百合子「悲しめる心」青空文庫>
  26. ・・・赤っぽい小砂利が綺麗にしきつめられ、遠くの木立まですきとおる静寂が占めている。木立の上で、緑、黄、卵色をよりまぜた有平糖細工みたいなビザンチン式教会のふくらんだ屋根が、アジア的な線でヨーロッパ風な空をつんざいている。 掘割に沿って電車が・・・<宮本百合子「スモーリヌイに翻る赤旗」青空文庫>
  27. ・・・がらんとした建物じゅうにはびこる無気力な静寂を、震駭させずには置かないという響だ。食事の知らせである。 がっしり天井の低い低い茶っぽい食堂の壁に、夥しく花鳥の額、聯の類が懸っている。棚には、紅釉薬の支那大花瓶が飾ってある。その上、まだ色・・・<宮本百合子「長崎の印象」青空文庫>
  28. ・・・まことに静寂な清浄な、月の光のような芸である。 偉大なるエレオノラ・デュウゼ。 かの皮肉なバアナアド・ショオをして心からの讃美と狂喜とをなさしめたエレオノラ・デュウゼ。 僕はシモンズ氏によって今少しくこの慕わしい女優の芸術を・・・<和辻哲郎「エレオノラ・デュウゼ」青空文庫>
  29. ・・・それは人の心を高きに燃え上がらせながら、しかも永遠なる静寂と安定とに根をおろさせるのである。相重なった屋根の線はゆったりと緩く流れて、大地の力と蒼空の憧憬との間に、軽快奔放にしてしかも荘重高雅な力の諧調を示している。丹と白との清らかな対照は・・・<和辻哲郎「偶像崇拝の心理」青空文庫>
  30. ・・・そうしてさらに門内に歩み入って、古風な二つの門と、さびた石垣と、お濠と土手とだけでできている静寂な世界の中に立つと、我々の離れて行こうとする世界にもどれほど真実なもの偉大なものがあったかを感ぜずにはいられないであろう。 少し感じは異なる・・・<和辻哲郎「城」青空文庫>