せい‐よう〔‐ヤウ〕【西洋】例文一覧 33件

  1. ・・・あるいはまた西洋間の電燈の下に無言の微笑ばかり交わすこともある。女主人公はこの西洋間を「わたしたちの巣」と名づけている。壁にはルノアルやセザンヌの複製などもかかっている。ピアノも黒い胴を光らせている。鉢植えの椰子も葉を垂らしている。――と云・・・<芥川竜之介「或恋愛小説」青空文庫>
  2. ・・・居留地に住んでいるおとうさんの友だちの西洋人がくれた犬で、耳の長い、尾のふさふさした大きな犬。長い舌を出してぺろぺろとぼくや妹の頸の所をなめて、くすぐったがらせる犬、けんかならどの犬にだって負けない犬、めったにほえない犬、ほえると人でも馬で・・・<有島武郎「火事とポチ」青空文庫>
  3. ・・・猿芝居、大蛇、熊、盲目の墨塗――――西洋手品など一廓に、どくだみの花を咲かせた――表通りへ目に立って、蜘蛛男の見世物があった事を思出す。 額の出た、頭の大きい、鼻のしゃくんだ、黄色い顔が、その長さ、大人の二倍、やがて一尺、飯櫃形の天窓に・・・<泉鏡花「国貞えがく」青空文庫>
  4. ・・・従令文学などの嗜みなしとするも、茶の湯の如きは深くも浅くも楽むことが出来るのである、最も生活と近接して居って最も家族的であって、然も清閑高雅、所有方面の精神的修養に資せられるべきは言うを待たない、西洋などから頻りと新らしき家庭遊技などを・・・<伊藤左千夫「茶の湯の手帳」青空文庫>
  5. ・・・燈籠やら、いくつにも分岐した敷石の道やら、瓢箪なりの――この形は、西洋人なら、何かに似ていると言って、婦人の前には口にさえ出さぬという――池やら、低い松や柳の枝ぶりを造って刈り込んであるのやら例の箱庭式はこせついて厭なものだが、掃除のよく行・・・<岩野泡鳴「耽溺」青空文庫>
  6. ・・・その頃どこかの気紛れの外国人がジオラマの古物を横浜に持って来たのを椿岳は早速買込んで、唯我教信と相談して伝法院の庭続きの茶畑を拓き、西洋型の船に擬えた大きな小屋を建て、舷側の明り窓から西洋の景色や戦争の油画を覗かせるという趣向の見世物を拵え・・・<内田魯庵「淡島椿岳」青空文庫>
  7. ・・・そうすると翌朝彼の起きない前に下女がやってきて、家の主人が起きる前にストーブに火をたきつけようと思って、ご承知のとおり西洋では紙をコッパの代りに用いてクベますから、何か好い反古はないかと思って調べたところが机の前に書いたものがだいぶひろがっ・・・<内村鑑三「後世への最大遺物」青空文庫>
  8. ・・・ さよ子は、かつて、きたことのないような町に出ました。西洋ふうの建物がならんでいて、通りには、柳の木などが植わっていました。けれども、なんとなく静かな町でありました。 さよ子はその街の中を歩いてきますと、目の前に高い建物がありました・・・<小川未明「青い時計台」青空文庫>
  9. ・・・ 彼は氏神の前に誓った通り、もう仕事にも出掛けず、弟子も取らず、一日家にいて、そして寿子が学校へ出掛けた留守中は、どうすれば人一倍小柄な寿子の貧弱な体格で、元来西洋人の体格に応じた楽器であるヴァイオリンが弾きこなせるだろうか、どうすれば・・・<織田作之助「道なき道」青空文庫>
  10. ・・・ 会場は山の手の賑やかな通りからちょっとはいった、かなりな建物の西洋料理屋だ。私たちがそこの角を曲ると、二階からパッとマグネシュウムの燃える音がした。「今泣いた子が笑った……」私はこうして会費も持たずに引張られてきた自分を極まり悪く思い・・・<葛西善蔵「遁走」青空文庫>
  11. ・・・その友達というのは手相を見る男で、それも西洋流の手相を見る男で、僕の手相を見たとき、君の手にはソロモンの十字架がある。それは一生家を持てない手相だと言ったんです。僕は別に手相などを信じないんだが、そのときはそう言われたことでぎくっとしました・・・<梶井基次郎「ある崖上の感情」青空文庫>
  12.  明治倶楽部とて芝区桜田本郷町のお堀辺に西洋作の余り立派ではないが、それでも可なりの建物があった、建物は今でもある、しかし持主が代って、今では明治倶楽部その者はなくなって了った。 この倶楽部が未だ繁盛していた頃のことである、或年の冬・・・<国木田独歩「牛肉と馬鈴薯」青空文庫>
  13. ・・・邦文には吉田博士の『倫理学史』、三浦藤作の『輓近倫理学説研究』等があるが、現代の倫理学、特に現象学派の倫理学の評述にくわしいものとしては高橋敬視の『西洋倫理学史』などがいいであろう。しかしある人の倫理学はその人の一般哲学根拠の上に築かれない・・・<倉田百三「学生と教養」青空文庫>
  14. ・・・ 長男は、根もとから折られた西洋桜を、立てらしてつぎ合わそうとした。それは、春、長男が山から掘ってきて、家の前に植えたものだ。子供は、つぎ合わせば、それがいきつくもののように、熱心に、倒れようとする桜を立てらした。しかし、駄目だった。・・・<黒島伝治「パルチザン・ウォルコフ」青空文庫>
  15. ・・・勿論西洋のものもそろそろ入って来ては居りましたのですが、リットンものや何ぞが多く輸入されていたような訳で、而して其が漢文訳読体の文になったり、馬琴風の文の皮を被ったりして行われていたのでしたから、余り西洋風のものには接していなかったのであり・・・<幸田露伴「言語体の文章と浮雲」青空文庫>
  16. ・・・そこだけは、西洋風にテーブルを置いて、安楽椅子に腰掛けるようにしてある。大塚さんはその一つに腰掛けて見た。 可傷しい記憶の残っているのも、その部屋だ。若く美しい妻を置いて、独りで寂しく旅ばかりするように成ったということや、あれ程親戚友人・・・<島崎藤村「刺繍」青空文庫>
  17. ・・・二階の西洋間で、長兄は、両手をうしろに組んで天井を見つめながら、ゆっくり歩きまわり、「いいかね、いいかね、はじめるぞ。」「はい。」「おれは、ことし三十になる。孔子は、三十にして立つ、と言ったが、おれは、立つどころでは無い。倒れそ・・・<太宰治「兄たち」青空文庫>
  18. ・・・ 戸内を覗くと、明らかな光、西洋蝋燭が二本裸で点っていて、罎詰や小間物などの山のように積まれてある中央の一段高い処に、肥った、口髭の濃い、にこにこした三十男がすわっていた。店では一人の兵士がタオルを展げて見ていた。 そばを見ると、暗・・・<田山花袋「一兵卒」青空文庫>
  19. ・・・バスが発車してまもなく横合いからはげしく何物かが衝突したと思うと同時に車体が傾いて危うく倒れそうになって止まった。西洋人のおおぜい乗った自用車らしいのが十字路を横から飛び出してわれわれのバスの後部にぶつかったのであった。この西洋人の車は一方・・・<寺田寅彦「あひると猿」青空文庫>
  20. ・・・恐ろしい企をした、西洋では皆打殺す、日本では寛仁大度の皇帝陛下がことごとく罪を宥して反省の機会を与えられた――といえば、いささか面目が立つではないか。皇室を民の心腹に打込むのも、かような機会はまたと得られぬ。しかるに彼ら閣臣の輩は事前にその・・・<徳冨蘆花「謀叛論(草稿)」青空文庫>
  21. ・・・その紳士は林のお父さんで、紳士のたっているうしろの西洋建物の、英語の看板のかかった商店が、林の生れたハワイの家だということであった。「ぼくが生れないずッとまえ、お父さんもお母さんも、労働者だったんだよ」 林はそう言って、また写真帳の・・・<徳永直「こんにゃく売り」青空文庫>
  22. ・・・明治の末、わたくしが西洋から帰って来た頃には梅花は既に世人の興を牽くべき力がなかった。向嶋の百花園などへ行っても梅は大方枯れていた。向嶋のみならず、新宿、角筈、池上、小向井などにあった梅園も皆閉され、その中には瓦斯タンクになっていた処もあっ・・・<永井荷風「葛飾土産」青空文庫>
  23. ・・・人生上芸術上、ともに一種の因果によって、西洋に発展した歴史の断面を、輪廓にして舶載した品物である。吾人がこの輪廓の中味を充じゅうじんするために生きているのでない事は明かである。吾人の活力発展の内容が、自然にこの輪廓を描いた時、始めて自然主義・・・<夏目漱石「イズムの功過」青空文庫>
  24. ・・・一つは自己肯定の方向であり、一つは自己否定の方向である。西洋文化は前者の方向へ行ったものであり、東洋文化は後者の方向にその長所を有つということができる。しかし今や我々は自己矛盾性の根元に返って、真の矛盾的自己同一の立場から出立せねばならぬと・・・<西田幾多郎「デカルト哲学について」青空文庫>
  25. ・・・ それ故西洋諸国の出版業者が、著者に対する尊敬と読者に対する愛敬とからして、やや高尚なる文学書類を多くパンフレツトで出版するのは、さもあるべき筈のことではないか。この仕方で出版された書物は、その特種なる国民的趣味を代表する表紙の一色によ・・・<萩原朔太郎「装幀の意義」青空文庫>
  26. ・・・どちらも二十畳ほど敷ける木造西洋風に造ってあって、二人では、少々淋しすぎた。が、深谷も安岡も、それを口に出して訴えるのには血気盛んに過ぎた。 それどころではない、深谷はできることならば、その部屋に一人でいたかった。もし許すならばその中学・・・<葉山嘉樹「死屍を食う男」青空文庫>
  27. ・・・凡そ男女交際の清濁は其気品の如何に関することにして、例えば支那主義の眼を以て見れば、西洋諸国の貴女紳士が共に談じ共に笑い、同所に浴こそせざれ同席同食、物を授受するに手より手にするのみか、其手を握るを以て礼とするが如き、男女別なし、無礼の野民・・・<福沢諭吉「女大学評論」青空文庫>
  28. ・・・中巻は最早日本人を離れて、西洋文を取って来た。つまり西洋文を輸入しようという考えからで、先ずドストエフスキー、ガンチャロフ等を学び、主にドストエフスキーの書方に傾いた。それから下巻になると、矢張り多少はそれ等の人々の影響もあるが、一番多く真・・・<二葉亭四迷「予が半生の懺悔」青空文庫>
  29. ○十年ほど前に僕は日本画崇拝者で西洋画排斥者であった。その頃為山君と邦画洋画優劣論をやったが僕はなかなか負けたつもりではなかった。最後に為山君が日本画の丸い波は海の波でないという事を説明し、次に日本画の横顔と西洋画の横顔とを並べ画いてそ・・・<正岡子規「画」青空文庫>
  30. ・・・ その杉の列には、東京街道ロシヤ街道それから西洋街道というようにずんずん名前がついて行きました。 虔十もよろこんで杉のこっちにかくれながら口を大きくあいてはあはあ笑いました。 それからはもう毎日毎日子供らが集まりました。 た・・・<宮沢賢治「虔十公園林」青空文庫>