出典:デジタル大辞泉(小学館)

京都一条の北、大宮の西にあった寺。清和天皇の第6皇子貞純親王の御所であった桃園の邸を、長保3年(1001)に藤原行成 (ふじわらのゆきなり) が寺としたもの。