ぜつ‐ぼう〔‐バウ〕【絶望】例文一覧 30件

  1. ・・・――そんな事がただ彼女の心へ、絶望的な静かさをのしかからせたばかりだった。 お蓮はそこへ坐ったなり、茫然と犬の屍骸を眺めた。それから懶い眼を挙げて、寒い鏡の面を眺めた。鏡には畳に仆れた犬が、彼女と一しょに映っていた。その犬の影をじっと見・・・<芥川竜之介「奇怪な再会」青空文庫>
  2. ・・・――涙がなくて泣いているあの女の目を見た時に、己は絶望的にこう思った。しかもこの己の恐怖は、己が誓言をした後で、袈裟が蒼白い顔に片靨をよせながら、目を伏せて笑ったのを見た時に、裏書きをされたではないか。 ああ、己はその呪わしい約束のため・・・<芥川竜之介「袈裟と盛遠」青空文庫>
  3. ・・・彼はそれでも十四、五人までは我慢したが、それで全く絶望してもう小作人を呼び入れることはしなかった。そして火鉢の上に掩いかぶさるようにして、一人で考えこんでしまった。なんということもなく、父に対する反抗の気持ちが、押さえても押さえても湧き上が・・・<有島武郎「親子」青空文庫>
  4. ・・・芸術にたずさわっているものとしての僕は、ブルジョアの生活に孕まれ、そこに学び、そこに行ない、そこに考えるような境遇にあって今日まで過ごしてきたので不幸にもプロレタリアの生活思想に同化することにほとんど絶望的な困難を感ずる。生活や思想にはある・・・<有島武郎「片信」青空文庫>
  5. ・・・A あまり性急だったお蔭で気長になったのだ。B 悟ったね。A 絶望したのだ。B しかしとにかく今の我々の言葉が五とか七とかいう調子を失ってるのは事実じゃないか。A 「いかにさびしき夜なるぞや」「なんてさびしい晩だろう」ど・・・<石川啄木「一利己主義者と友人との対話」青空文庫>
  6. ・・・ 何ほど恐怖絶望の念に懊悩しても、最後の覚悟は必ず相当の時機を待たねばならぬ。 豪雨は今日一日を降りとおして更に今夜も降りとおすものか、あるいはこの日暮頃にでも歇むものか、もしくは今にも歇むものか、一切判らないが、その降り止む時刻に・・・<伊藤左千夫「水害雑録」青空文庫>
  7. ・・・ゆえに戦い敗れて彼の同僚が絶望に圧せられてその故国に帰り来りしときに、ダルガス一人はその面に微笑を湛えその首に希望の春を戴きました。「今やデンマークにとり悪しき日なり」と彼の同僚はいいました。「まことにしかり」とダルガスは答えました。「しか・・・<内村鑑三「デンマルク国の話」青空文庫>
  8. ・・・いま、第三インターナショナルの運動を別にしては、全世界にその信徒を有すると知られている、基督教徒の行動に対しても、私は、いまだ全く絶望するものでない……。 これは、私にとって、特殊的な場合でありますが、長男は、来年小学校を出るのですが、・・・<小川未明「男の子を見るたびに「戦争」について考えます」青空文庫>
  9. ・・・ それはもう世相とか、暗いとか、絶望とかいうようなものではなかった。虚脱とか放心とかいうようなものでもなかった。 それは、いつどんな時代にも、どんな世相の時でも、大人にも子供にも男にも女にも、ふと覆いかぶさって来る得体の知れぬ異様な・・・<織田作之助「郷愁」青空文庫>
  10. ・・・自滅だ――終いには斯う彼も絶望して自分に云った。 電灯屋、新聞屋、そばや、洋食屋、町内のつきあい――いろんなものがやって来る。室の中に落着いて坐ってることが出来ない。夜も晩酌が無くては眠れない。頭が痛んでふらふらする。胸はいつでもどきん・・・<葛西善蔵「子をつれて」青空文庫>
  11. ・・・遂にそれさえしなくなる。絶望! そして絶え間のない恐怖の夢を見ながら、物を食べる元気さえ失せて、遂には――死んでしまう。 爪のない猫! こんな、便りない、哀れな心持のものがあろうか! 空想を失ってしまった詩人、早発性痴呆に陥った天才にも・・・<梶井基次郎「愛撫」青空文庫>
  12. ・・・ からだにも心にも、ぽかんとしたような絶望的無我が霧のように重く、あらゆる光をさえぎって立ちこめている。 すき腹に飲んだので、まもなく酔いがまわり、やや元気づいて来た。顔を上げて我れ知らずにやりと笑った時は、四角の顔がすぐ、「そ・・・<国木田独歩「窮死」青空文庫>
  13. ・・・恋を失っても絶望することはない。必ず強く生きねばならぬ。 しかし今日の青年学生にそんな深い失恋の苦しみなどするものがあるものかという声が、どこからか聞こえてくるのはどうしたものだろう。 恋する力の浅くなることは青年の恥である。それは・・・<倉田百三「学生と生活」青空文庫>
  14. ・・・ その声は街へ遊びに行くのがおじゃんになったのを悲しむように絶望的だった。「どれ?……どれ」 それはたしかに、偽札だった。やはり、至極巧妙に印刷され、Five など、全く本ものと違わなかった。ところが、よく見るとSも、Hも、Yも・・・<黒島伝治「穴」青空文庫>
  15. ・・・それで上に残った者は狂人の如く興奮し、死人の如く絶望し、手足も動かせぬようになったけれども、さてあるべきではありませぬから、自分たちも今度は滑って死ぬばかりか、不測の運命に臨んでいる身と思いながら段下りてまいりまして、そうして漸く午後の六時・・・<幸田露伴「幻談」青空文庫>
  16. ・・・なかでも、わたくしの老いたる母は、どんなに絶望の刃に胸をつらぬかれたであろう。 されど、今のわたくし自身にとっては、死刑はなんでもないのである。 わたくしが、いかにしてかかる重罪をおかしたのであるか。その公判すら傍聴を禁止された今日・・・<幸徳秋水「死刑の前」青空文庫>
  17. ・・・不平もある、反抗もある、冷笑もある、疑惑もある、絶望もある。それでなお思いきってこれを蹂躙する勇気はない。つまりぐずぐずとして一種の因襲力に引きずられて行く。これを考えると、自分らの実行生活が有している最後の筌蹄は、ただ一語、「諦め」という・・・<島村抱月「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」青空文庫>
  18. ・・・ 排除のかわりに親和が、反省のかわりに、自己肯定が、絶望のかわりに、革命が。すべてがぐるりと急転廻した。私は、単純な男である。 浪曼的完成もしくは、浪曼的秩序という概念は、私たちを救う。いやなもの、きらいなものを、たんねんに整理して・・・<太宰治「一日の労苦」青空文庫>
  19. ・・・倦怠、疲労、絶望に近い感情が鉛のごとく重苦しく全身を圧した。思い出が皆片々で、電光のように早いかと思うと牛の喘歩のように遅い。間断なしに胸が騒ぐ。 重い、けだるい脚が一種の圧迫を受けて疼痛を感じてきたのは、かれみずからにもよくわかった。・・・<田山花袋「一兵卒」青空文庫>
  20. ・・・乱れた金髪を双の手に掻き乱して空を仰いだ顔には絶望の色がある。その上に青い星が輝いている。 炉の火が一時にくずれて、焔がぱったり消える。老人はさっきのままの姿勢でいつまでも炉の火を見つめている。         二 森の・・・<寺田寅彦「ある幻想曲の序」青空文庫>
  21. ・・・お絹は言っていたが、あながち絶望もしていなかった。「さあ格式を崩したら、なおいかんじゃないかしら。東の特徴がまるでなくなってしまやしないかね」辰之助は言っていた。「けれど少し腕のあるものは、皆なあちらへ行ってしまうさかえ」「そう・・・<徳田秋声「挿話」青空文庫>
  22. ・・・ 諸君は私が伝通院の焼失を聞いていかなる絶望に沈められたかを想像せらるるであろう。外国から帰って来てまだ間もない頃の事確か十一月の曇った寒い日であった。ふと小石川の事を思出して、午後に一人幾年間見なかった伝通院を尋た事があった。近所の町・・・<永井荷風「伝通院」青空文庫>
  23. ・・・彼は蚊帳へもぐってごろりと横になって絶望的に唸った。文造は止めず鍬を振って居る。其暑い頂点を過ぎて日が稍斜になりかけた頃、俗に三把稲と称する西北の空から怪獣の頭の如き黒雲がむらむらと村の林の極から突き上げて来た。三把稲というのは其方向から雷・・・<長塚節「太十と其犬」青空文庫>
  24. ・・・それが午過になってまただんだん険悪に陥ったあげく、とうとう絶望の状態まで進んで来た時は、余が毎日の日課として筆を執りつつある「彼岸過迄」をようやく書き上げたと同じ刻限である。池辺君が胸部に末期の苦痛を感じて膏汗を流しながらもがいている間、余・・・<夏目漱石「三山居士」青空文庫>
  25. ・・・いかなる人の自負心をもつてしても、十九世紀以来の地上で、ニイチェと競争することは絶望である。 ニイチェの著書は、しかしその難解のことに於て、全く我々読者を悩ませる。特に「ツァラトストラ」の如きは、片手に註解本をもつて読まない限り、僕等の・・・<萩原朔太郎「ニイチェに就いての雑感」青空文庫>
  26. ・・・こんな絶望があるだろうか。「だけど、このまま、そんな事をしていれば、君の命はありやしないよ。だから医者へ行くとか、お前の家へ連れて行くとか、そんな風な大切なことを訊いてるんだよ」 女はそれに対してこう答えた。「そりゃ病院の特等室・・・<葉山嘉樹「淫賣婦」青空文庫>
  27. ・・・そういう運動に携っている婦人たちに対して、一般の婦人が一種皮肉な絶望の視線を向けるほど微々たるものであった。 社会の内部の複雑な機構に織り込まれて、労働においても、家庭生活においても、その最も複雑な部面におかれている婦人の諸問題を、それ・・・<宮本百合子「合図の旗」青空文庫>
  28. ・・・そしてそう思うのが、別に絶望のような苦しい感じを伴うわけでもないのである。 ある時は空想がいよいよ放縦になって、戦争なんぞの夢も見る。喇叭は進撃の譜を奏する。高くげた旗を望んで駈歩をするのは、さぞ爽快だろうと思って見る。木村は病気という・・・<森鴎外「あそび」青空文庫>
  29. ・・・長い廊下に添った部屋部屋の窓から、絶望に光った一列の眼光が冷たく彼に迫って来た。 彼は妻の病室のドアーを開けた。妻の顔は、花瓣に纏わりついた空気のように、哀れな朗かさをたたえて静まっていた。 ――恐らく、妻は死ぬだろう。 彼は妻・・・<横光利一「花園の思想」青空文庫>
  30. ・・・私は時にいくらかの誇張をもって、絶望的な眼を過去に投げ、一体これまでに自分は何を知っていたのだとさえ思う。 たとえば私は affectation のいやなことを昔から感じている。その点では自他の作物に対してかなり神経質であった。特に自分・・・<和辻哲郎「生きること作ること」青空文庫>