せ‐ど【背戸】例文一覧 29件

  1.        上 何心なく、背戸の小橋を、向こうの蘆へ渡りかけて、思わず足を留めた。 不図、鳥の鳴音がする。……いかにも優しい、しおらしい声で、きりきり、きりりりり。 その声が、直ぐ耳近に聞こえたが、つい目前・・・<泉鏡花「海の使者」青空文庫>
  2. ・・・実の御新造は、人づきあいはもとよりの事、門、背戸へ姿を見せず、座敷牢とまでもないが、奥まった処に籠切りの、長年の狂女であった。――で、赤鼻は、章魚とも河童ともつかぬ御難なのだから、待遇も態度も、河原の砂から拾って来たような体であったが、実は・・・<泉鏡花「茸の舞姫」青空文庫>
  3. ・・・一方は、日当の背戸を横手に取って、次第疎に藁屋がある、中に半農――この潟に漁って活計とするものは、三百人を越すと聞くから、あるいは半漁師――少しばかり商いもする――藁屋草履は、ふかし芋とこの店に並べてあった――村はずれの軒を道へ出て、そそけ・・・<泉鏡花「小春の狐」青空文庫>
  4. ・・・田舎の他土地とても、人家の庭、背戸なら格別、さあ、手折っても抱いてもいいよ、とこう野中の、しかも路の傍に、自由に咲いたのは殆ど見た事がない。 そこへ、つつじの赤いのが、ぽーとなって咲交る。…… が、燃立つようなのは一株も見えぬ。霜に・・・<泉鏡花「七宝の柱」青空文庫>
  5. ・・・荒れには荒れたが、大きな背戸へ裏木戸から連込んで、茱萸の樹の林のような中へ連れて入った。目のふちも赤らむまで、ほかほかとしたと云う。で、自分にも取れば、あの児にも取らせて、そして言う事が妙ではないか。(沢山お食んなさいよ。皆、貴下の阿母・・・<泉鏡花「朱日記」青空文庫>
  6. ・・・そのために東京から故郷に帰る途中だったのでありますが、汚れくさった白絣を一枚きて、頭陀袋のような革鞄一つ掛けたのを、玄関さきで断られる処を、泊めてくれたのも、蛍と紫陽花が見透しの背戸に涼んでいた、そのお米さんの振向いた瞳の情だったのです。・・・<泉鏡花「雪霊記事」青空文庫>
  7. ・・・門も背戸も紫陽花で包まれていました。――私の顔の色も同じだったろうと思う、手も青い。 何より、嫌な、可恐い雷が鳴ったのです。たださえ破れようとする心臓に、動悸は、破障子の煽るようで、震える手に飲む水の、水より前に無数の蚊が、目、口、鼻へ・・・<泉鏡花「雪霊続記」青空文庫>
  8. ・・・一しきり、一しきり、檐に、棟に、背戸の方に、颯と来て、さらさらさらさらと鳴る風の音。この凩! 病む人の身をいかんする。ミリヤアドは衣深く引被ぐ。かくは予と高津とに寝よとてこそするなりけれ。 かかる夜を伽する身の、何とて二人の眠らるべき。・・・<泉鏡花「誓之巻」青空文庫>
  9. ・・・或晩私は背戸の据風呂から上って、椽側を通って、直ぐ傍の茶の間に居ると、台所を片着けた女中が一寸家まで遣ってくれと云って、挨拶をして出て行く、と入違いに家内は湯殿に行ったが、やがて「手桶が無い」という、私の入っていた時には、現在水が入ってあっ・・・<泉鏡花「一寸怪」青空文庫>
  10. ・・・山吹、さつきが、淡い紅に、薄い黄に、その背戸、垣根に咲くのが、森の中の夜があけかかるように目に映ると、同時に、そこに言合せたごとく、人影が顕われて、門に立ち、籬に立つ。 村人よ、里人よ。その姿の、轍の陰にかくれるのが、なごり惜いほど、道・・・<泉鏡花「燈明之巻」青空文庫>
  11. ・・・我にもあらず崖を一なだれにころげ落ちて、我家の背戸に倒れ込む。そこにて吻と呼吸して、さるにても何にかあらんとわずかに頭を擡ぐれば、今見し処に偉大なる男の面赤きが、仁王立ちに立はだかりて、此方を瞰下ろし、はたと睨む。何某はそのまま気を失えりと・・・<泉鏡花「遠野の奇聞」青空文庫>
  12. ・・・耳にかけた輪数珠を外すと、木綿小紋のちゃんちゃん子、経肩衣とかいって、紋の着いた袖なしを――外は暑いがもう秋だ――もっくりと着込んで、裏納戸の濡縁に胡坐かいて、横背戸に倒れたまま真紅の花の小さくなった、鳳仙花の叢を視めながら、煙管を横銜えに・・・<泉鏡花「栃の実」青空文庫>
  13. ・・・ 少々極が悪くって、しばらく、背戸へ顔を出さなかった。 庭下駄を揃えてあるほどの所帯ではない。玄関の下駄を引抓んで、晩方背戸へ出て、柿の梢の一つ星を見ながら、「あの雀はどうしたろう。」ありたけの飛石――と言っても五つばかり――を漫に・・・<泉鏡花「二、三羽――十二、三羽」青空文庫>
  14. ・・・       二 公園の入口に、樹林を背戸に、蓮池を庭に、柳、藤、桜、山吹など、飛々に名に呼ばれた茶店がある。 紫玉が、いま腰を掛けたのは柳の茶屋というのであった。が、紅い襷で、色白な娘が運んだ、煎茶と煙草盆を袖に控えて・・・<泉鏡花「伯爵の釵」青空文庫>
  15. ・・・両側をきれいな細流が走って、背戸、籬の日向に、若木の藤が、結綿の切をうつむけたように優しく咲き、屋根に蔭つくる樹の下に、山吹が浅く水に笑う……家ごとに申合せたようである。 記者がうっかり見愡れた時、主人が片膝を引いて、前へ屈んで、「辰さ・・・<泉鏡花「半島一奇抄」青空文庫>
  16. ・・・ 敷居の外の、苔の生えた内井戸には、いま汲んだような釣瓶の雫、――背戸は桃もただ枝の中に、真黄色に咲いたのは連翹の花であった。 帰りがけに密と通ると、何事もない。襖の奥に雛はなくて、前の壇のも、烏帽子一つ位置のかわったのは見えなかっ・・・<泉鏡花「雛がたり」青空文庫>
  17. ・・・ 径を挟んで、水に臨んだ一方は、人の小家の背戸畠で、大根も葱も植えた。竹のまばら垣に藤豆の花の紫がほかほかと咲いて、そこらをスラスラと飛交わす紅蜻蛉の羽から、……いや、その羽に乗って、糸遊、陽炎という光ある幻影が、春の闌なるごとく、浮い・・・<泉鏡花「夫人利生記」青空文庫>
  18. ・・・りく 内の背戸にありますと、ただの草ッ葉なんですけれど、奥さんがそうしてお活けなさいますと、お祭礼の時の余所行のお曠衣のように綺麗ですわ。撫子 この細りした、(一輪を指絹糸のような白いのは、これは、何と云う名の菊なんですえ。りく・・・<泉鏡花「錦染滝白糸」青空文庫>
  19. ・・・背の高い珊瑚樹の生垣の外は、桑畑が繁りきって、背戸の木戸口も見えないほどである。西手な畑には、とうもろこしの穂が立ち並びつつ、実がかさなり合ってついている、南瓜の蔓が畑の外まではい出し、とうもろこしにもはいついて花がさかんに咲いてる。三角形・・・<伊藤左千夫「紅黄録」青空文庫>
  20. ・・・ 省作は例の手段で便所策を弄し、背戸の桑畑へ出てしばらく召集を避けてる。はたして兄がしきりと呼んだけれど、はま公がうまくやってくれたからなお二十分間ほど骨を休めることができた。 朝露しとしとと滴るる桑畑の茂り、次ぎな菜畑、大根畑、新・・・<伊藤左千夫「隣の嫁」青空文庫>
  21. ・・・ それでも或日の四時過ぎに、母の云いつけで僕が背戸の茄子畑に茄子をもいで居ると、いつのまにか民子が笊を手に持って、僕の後にきていた。「政夫さん……」 出し抜けに呼んで笑っている。「私もお母さんから云いつかって来たのよ。今日の・・・<伊藤左千夫「野菊の墓」青空文庫>
  22. ・・・ 土耳古帽氏が真鍮刀を鼠股引氏に渡すと、氏は直にそれを予に逓与して、わたしはこれは要らない、と云いながら、見つけたものが有るのか、ちょっと歩きぬけて、百姓家の背戸の雑樹籬のところへ行った。籬には蔓草が埒無く纏いついていて、それに黄色い花・・・<幸田露伴「野道」青空文庫>
  23. ・・・たそがれ、部屋の四隅のくらがりに何やら蠢めき人の心も、死にたくなるころ、ぱっと灯がついて、もの皆がいきいきと、背戸の小川に放たれた金魚の如く、よみがえるから不思議です。このシャンデリヤ、おそらく御当家の女中さんが、廊下で、スイッチをひねった・・・<太宰治「喝采」青空文庫>
  24. ・・・教室の窓を乗り越え、背戸の小川を飛び越え、チャリネのテントめがけて走った。テントのすきまから、ほの暗い内部を覗いたのである。チャリネのひとたちは舞台にいっぱい蒲団を敷きちらし、ごろごろと芋虫のように寝ていた。学校の鐘が鳴りひびいた。授業がは・・・<太宰治「逆行」青空文庫>
  25. ・・・ふと、この同じ瞬間、どこかの可哀想な寂しい娘が、同じようにこうしてお洗濯しながら、このお月様に、そっと笑いかけた、たしかに笑いかけた、と信じてしまって、それは、遠い田舎の山の頂上の一軒家、深夜だまって背戸でお洗濯している、くるしい娘さんが、・・・<太宰治「女生徒」青空文庫>
  26. ・・・師範の寄宿舎で焚火をして叱られた時の事が、ふいと思い出されて、顔をしかめてスリッパをはいて、背戸の井戸端に出た。だるい。頭が重い。私は首筋を平手で叩いてみた。屋外は、凄いどしゃ降りだ。菅笠をかぶって洗面器をとりに風呂場へ行った。「先生お・・・<太宰治「新郎」青空文庫>
  27.  天幕の破れ目から見ゆる砂漠の空の星、駱駝の鈴の音がする。背戸の田圃のぬかるみに映る星、籾磨歌が聞える。甲板に立って帆柱の尖に仰ぐ星、船室で誰やらが欠びをする。<寺田寅彦「星」青空文庫>
  28. ・・・陽炎や名も知らぬ虫の白き飛ぶ橋なくて日暮れんとする春の水罌粟の花まがきすべくもあらぬかなのごときは古文より来たるもの、春の水背戸に田つくらんとぞ思ふ白蓮を剪らんとぞ思ふ僧のさま この「とぞ思ふ」と・・・<正岡子規「俳人蕪村」青空文庫>
  29. ・・・眼下は、どこか人家の背戸だ。荒壁のうしろに、小さい一枚畑があって蔬菜が作ってある。手拭をかぶった女子が、雨にかまわず畝のところにかがんで何かしている。それがいつまでも遙か下の方に小さく見えた。 雨中、福済寺を見る。やはり黄檗宗で、明・・・<宮本百合子「長崎の印象」青空文庫>