せん‐しゅ【選手】例文一覧 30件

  1. ・・・学生時代にはベエスボールの選手だった、その上道楽に小説くらいは見る、色の浅黒い好男子なのです。新婚の二人は幸福に山の手の邸宅に暮している。一しょに音楽会へ出かけることもある。銀座通りを散歩することもある。……… 主筆 勿論震災前でしょう・・・<芥川竜之介「或恋愛小説」青空文庫>
  2. ・・・「医科の和田といった日には、柔道の選手で、賄征伐の大将で、リヴィングストンの崇拝家で、寒中一重物で通した男で、――一言にいえば豪傑だったじゃないか? それが君、芸者を知っているんだ。しかも柳橋の小えんという、――」「君はこの頃河岸を・・・<芥川竜之介「一夕話」青空文庫>
  3. ・・・のみならずテニスか水泳かの選手らしい体格も具えていた。僕はこう言う彼女の姿に美醜や好悪を感ずるよりも妙に痛切な矛盾を感じた。彼女は実際この部屋の空気と、――殊に鳥籠の中の栗鼠とは吊り合わない存在に違いなかった。 彼女はちょっと目礼したぎ・・・<芥川竜之介「湖南の扇」青空文庫>
  4. ・・・見給え、世界の名選手さへ大抵は得意の微笑のかげに渋面を隠しているではないか? 人生は狂人の主催に成ったオリムピック大会に似たものである。我我は人生と闘いながら、人生と闘うことを学ばねばならぬ。こう云うゲエムの莫迦莫迦しさに憤慨を禁じ得な・・・<芥川竜之介「侏儒の言葉」青空文庫>
  5. ・・・丹波先生はやはり自分たちの級に英語を教えていたが、有名な運動好きで、兼ねて詩吟が上手だと云う所から、英語そのものは嫌っていた柔剣道の選手などと云う豪傑連の間にも、大分評判がよかったらしい。そこで先生がこう云うと、その豪傑連の一人がミットを弄・・・<芥川竜之介「毛利先生」青空文庫>
  6. ・・・ 吉坊は、学校で走りっこをすると、選手にもそんなに負けないので、走ることにかけては自信を持っていました。「自転車さえなければ、いいんだがなあ。」と、吉坊は、考えていました。 けれど、家に帰ると、やはり、清ちゃんや、徳ちゃんたちが・・・<小川未明「父親と自転車」青空文庫>
  7. ・・・彼は生涯女の後を追い続けたが、私は静子がやがて某拳闘選手と二人で満州に走った時、満州は遠すぎると思った。追いもせず大阪に残った私は、いつか静子が角力取りと拳闘家だけはまだ知らないと言っていたのを思い出して、何もかも阿呆らしくなってしまい、も・・・<織田作之助「世相」青空文庫>
  8. ・・・学生時代にボートの選手をしていたひとは、五十六十になっても、ボートを見ると、なつかしいという気持よりは、ぞっとするものらしいが、しかし、また、それこそ我知らず、食い入るように見つめているもののようである。 早稲田界隈。 下宿生活。・・・<太宰治「『井伏鱒二選集』後記」青空文庫>
  9. ・・・新調のその船の名は、細胞文芸、井伏鱒二、林房雄、久野豊彦、崎山兄弟、舟橋聖一、藤田郁義、井上幸次郎、その他数氏、未だほとんど無名にして、それぞれ、辻馬車、鷲の巣、十字街、青空、驢馬、等々の同人雑誌の選手なりしを手紙で頼んで、小説の原稿もらい・・・<太宰治「喝采」青空文庫>
  10. ・・・そのまえには、むかし水泳の選手として有名であった或る銀行員が、その若い細君とふたりきりで住まっていた。銀行員は気の弱弱しげな男で、酒ものまず、煙草ものまず、どうやら女好きであった。それがもとで、よく夫婦喧嘩をするのである。けれども屋賃だけは・・・<太宰治「彼は昔の彼ならず」青空文庫>
  11. ・・・そんなに泡の出るほどふんばらずとも、と当時たいへん滑稽に感じていた、その柔道の選手を想起したとたんに私は、ひどくわが身に侮辱を覚え、怒りにわななき、やめ! 私は腕をのばして遮二無二枝につかまった。思わず、けだもののような咆哮が腹の底から噴出・・・<太宰治「狂言の神」青空文庫>
  12. ・・・一年後ぼくはレギュラーになり、二年後、第十回オリンピック選手としてアメリカに行きました。当時二十歳、六尺、十九貫五百、紅顔の少年であります。ボートは大変下手でした。先輩ばかりでちいさくなっていました。往復の船中の恋愛、帰ってきたぼくは歓迎会・・・<太宰治「虚構の春」青空文庫>
  13. ・・・ある大学から、ピンポンのたくみなる選手がひとり出るとその大学から毎年、つぎつぎとピンポンの名手があらわれる。伝統のちからであると世人は言う。ピンポン大学の学生であるという矜持が、その不思議の現象の一誘因となって居るのである。伝統とは、自信の・・・<太宰治「古典竜頭蛇尾」青空文庫>
  14. ・・・大学の野球の選手で新聞にしょっちゅう名前が出ていたではないか。弟もいま、大学へはいっている。俺は、感ずるところがあって、百姓になったが、しかし、兄でも弟でも、いまではこの俺に頭があがらん。なにせ、東京は食糧が無いんで、兄は大学を出て課長をし・・・<太宰治「親友交歓」青空文庫>
  15. ・・・、私は、どうなってもいいのだ、と流石に涙あふれて、私をだますなら、きっと巧みにだまして下さい、完璧にだまして下さい、私はもっともっとだまされたい、もっともっと苦しみたい、世界中の弱き女性の、私は苦悩の選手です、などすこし異様のことさえ口走り・・・<太宰治「創生記」青空文庫>
  16. ・・・自分は拳闘については全くの素人で試合の規則もテクニックもいっさい知らないのであるが、自分が最初からこの映画でおもしろいと思ったのはこの二人の選手の著しくちがった個性と個性の対照であった。 カルネラは昔の力士の大砲を思い出させるような偉大・・・<寺田寅彦「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」青空文庫>
  17. ・・・ 兵隊の尿の中から、回春の霊薬が析出されるそうであるが、映画で勇ましい軍隊の行進や戦闘の光景を見たり、またオリンピック選手やボクサーの活躍を、見たりしているといじけた年寄り気分がどこかへ吹っ飛んでしまってたとえ一時でも若返った気分になる・・・<寺田寅彦「映画と生理」青空文庫>
  18. ・・・眠っているように思っている植物が怪獣のごとくあばれ回ったり、世界的拳闘選手が芋虫のように蠢動するのを見ることもできるのである。 時間の尺度の変更は、同時に、時間を含むあらゆる量の変更を招致することはもちろんである。まず第一に速度であるが・・・<寺田寅彦「映画の世界像」青空文庫>
  19. ・・・たとえばド・ヴァレーズ伯爵がけしからぬ犯行の現場から下着のままで街頭に飛び出し、おりから通りかかったマラソン競走の中に紛れ込み、店先の値段札を胸におっつけて選手の番号に擬するような、卑猥であくどい茶番はヤンキー王国の顧客にはぜひとも必要なも・・・<寺田寅彦「音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」」青空文庫>
  20. ・・・この僧正にアメリカ野球選手との試合を記録させなかったのは残念である。 新東京の街路や河岸に立って、ありとあらゆる異種の要素の細かい切片の入り乱れた光景を見るときに、私は自然に日本帝国の地質図を思い出す。いろいろの時代のいろいろの火成岩や・・・<寺田寅彦「カメラをさげて」青空文庫>
  21. ・・・ 学生時代には柔道もやり、またボートの選手で、それが舵手であったということに意義があるように思われる。弓術も好きであって、これは晩年にも養生のための唯一の運動として続けていたようである。昔は将棋を試みた事もあり、また筆者などと一緒に昔の・・・<寺田寅彦「工学博士末広恭二君」青空文庫>
  22. ・・・近ごろ見たニュースの中で実におもしろかったのはオリンピック優勝選手のカメラマイクロフォンの前に立ったときのいろいろな表情であった。言葉で現わされない人間の真相が躍然としてスクリーンの上に動いて観客の肺腑に焼き付くのであった。 こういう効・・・<寺田寅彦「ニュース映画と新聞記事」青空文庫>
  23.  蜘蛛と、銀色のなめくじとそれから顔を洗ったことのない狸とはみんな立派な選手でした。 けれども一体何の選手だったのか私はよく知りません。 山猫が申しましたが三人はそれはそれは実に本気の競争をしていたのだそうです。・・・<宮沢賢治「蜘蛛となめくじと狸」青空文庫>
  24. ・・・ 古典的なオペラ・バレーを演じている国立オペラ舞踊劇場でさえ「蹴球選手」という五ヵ年計画を主題の中へとり入れたバレーを上演した。 カターエフの「前衛」がワフタンゴフ劇場で演じられる。 レーニングラードからきたトラムは農村における・・・<宮本百合子「インターナショナルとともに」青空文庫>
  25. ・・・ケーテは何かの意味で、絵画という芸術の船を人生と歴史の大海へ漕ぎすすめた女流選手の一人なのである。 ケーテは一八六七年七月八日、東部プロイセンのケーニヒスベルクに生れた。父をカール・シュミット、母をケーテ・ループといい、娘ケーテの生れた・・・<宮本百合子「ケーテ・コルヴィッツの画業」青空文庫>
  26. ・・・まだ健在であった人見絹枝さんが女子選手を引率して行く途中モスクワへよられました。大使館でその歓迎と幸先祝いの晩餐がひらかれ、私も座に連ったのですが、そのとき人見さんは一同を眺めわたしながら高々とした声で「このお嬢さん達をつれて歩くのは容易じ・・・<宮本百合子「現実の問題」青空文庫>
  27. ・・・その女流選手であった英国のージニア・ウルフが、こんどの大戦がはじまってまもなく、生きつづける精神のよりどころを失って、自殺したことは、私たちに深い暗示を与えたのであった。 私たちは、生きることを愛する。働きのうちに歓喜を覚えて生きること・・・<宮本百合子「現代の主題」青空文庫>
  28. ・・・千五百万とよばれている人口のうちにこめられていることを自覚して、ファシズムと戦争挑発に反対署名し、全面講和要求に署名したとしても、ジャーナリズムを通して強力にすすめられているエロティシズムの愚民政策の選手であることの矛盾について、はっきり日・・・<宮本百合子「五〇年代の文学とそこにある問題」青空文庫>
  29. ・・・最近ヒットしたルポルタージュの選手三人の座談会で、著者は、いよいよとなったら身を売っても仕方がない、売るなら高く売ろうと思いましたと語っている。そこまでそういう言葉で語るひとが、宜川のソ同盟兵が人形の体に鉛筆でいたずらがきしたようなことを「・・・<宮本百合子「ことの真実」青空文庫>
  30. ・・・ 一九四八年の夏に、前進的な日本の意欲が平和と生活と文化のまもりのために意味ふかい一歩をふみだしつつあるとき、崩壊と虚無の選手であった作家太宰治がその人らしいやりかたで生涯をとじたことは、決して単なる偶然ではなかった。〔一九四八年八月〕・・・<宮本百合子「三年たった今日」青空文庫>