せんだい【仙台】例文一覧 28件

  1. ・・・ と笑って、一つ一つ、山、森、岩の形を顕わす頃から、音もせず、霧雨になって、遠近に、まばらな田舎家の軒とともに煙りつつ、仙台に着いた時分に雨はあがった。 次第に、麦も、田も色には出たが、菜種の花も雨にたたかれ、畠に、畝に、ひょろひょ・・・<泉鏡花「七宝の柱」青空文庫>
  2. ・・・もっとも何千年の昔から人足の絶えた処には違いございません、何蕨でも生えてりゃ小児が取りに入りましょうけれども、御覧じゃりまし、お茶の水の向うの崖だって仙台様お堀割の昔から誰も足踏をした者はございませんや。日蔭はどこだって朝から暗うございます・・・<泉鏡花「政談十二社」青空文庫>
  3. ・・・「やっと、お天気になったのが、仙台からこっちでね、いや、馬鹿々々しく、皈って来た途中ですよ。」 成程、馬鹿々々しい……旅客は、小県、凡杯――と自称する俳人である。 この篇の作者は、別懇の間柄だから、かけかまいのない処を言おう。食・・・<泉鏡花「燈明之巻」青空文庫>
  4. ・・・すごすご帰る道、仙台に板垣退助の娘がいることを耳にした。板垣退助こそ民主主義である。彼は仙台へ行った。宿につき女中にきくと、「誰方とでもお会いになります。いえ、誰方にも名刺を下さいます。私もいただきました」 見せて貰うと、洗濯屋の名・・・<織田作之助「民主主義」青空文庫>
  5. ・・・そして仙台にいる弟に電報を打ったのだ。 明日か明後日、弟は出てくることになっている。あと十日と迫ったおせいの身体には容易ならぬ冒険なんだが、産婆も医者もむろん反対なんだが、弟につれさせて仙台へやっちまう。それから自分は放浪の旅に出る。・・・<葛西善蔵「死児を産む」青空文庫>
  6. ・・・ 時どき私はそんな路を歩きながら、ふと、そこが京都ではなくて京都から何百里も離れた仙台とか長崎とか――そのような市へ今自分が来ているのだ――という錯覚を起こそうと努める。私は、できることなら京都から逃げ出して誰一人知らないような市へ行っ・・・<梶井基次郎「檸檬」青空文庫>
  7. ・・・嚢中不足は同じ事なれど、仙台にはその人無くば已まむ在らば我が金を得べき理ある筋あり、かつはいささかにても見聞を広くし経験を得んには陸行にしくなし。ついに決断して青森行きの船出づるに投じ、突然此地を後になしぬ。別を訣げなば妨げ多からむを慮り、・・・<幸田露伴「突貫紀行」青空文庫>
  8. 「比佐さんも好いけれど、アスが太過ぎる……」 仙台名影町の吉田屋という旅人宿兼下宿の奥二階で、そこからある学校へ通っている年の若い教師の客をつかまえて、頬辺の紅い宿の娘がそんなことを言って笑った。シとスと取違えた訛のある・・・<島崎藤村「足袋」青空文庫>
  9. ・・・私が二度も罹災して、とうとう津軽の兄の家へ逃げ込んで居候という身分になったのであるが、簡易保険だの債券売却だのの用事でちょいちょい郵便局に出向き、また、ほどなく私は、仙台の新聞に「パンドラの匣」という題の失恋小説を連載する事になって、その原・・・<太宰治「親という二字」青空文庫>
  10. ・・・もともと、この家族は、北多摩郡に本籍を有していたのであったが、亡父が中学校や女学校の校長として、あちこち転任になり、家族も共について歩いて、亡父が仙台の某中学校の校長になって三年目に病歿したので、津島は老母の里心を察し、亡父の遺産のほとんど・・・<太宰治「家庭の幸福」青空文庫>
  11. ・・・三田君は岩手県花巻町の生れで、戸石君は仙台、そうして共に第二高等学校の出身者であった。四年も昔の事であるから、記憶は、はっきりしないのだが、晩秋の一夜、ふたり揃って三鷹の陋屋に訪ねて来て、戸石君は絣の着物にセルの袴、三田君は学生服で、そうし・・・<太宰治「散華」青空文庫>
  12. ・・・ このごろ私は、仙台の新聞に「パンドラの匣」という長篇小説を書いているが、その一節を左に披露して、この悪夢に似た十五年間の追憶の手記を結ぶ事にする。嵐のせいであろうか、或いは、貧しいともしびのせいであろうか、その夜は私たち同室の者四・・・<太宰治「十五年間」青空文庫>
  13. ・・・という雑誌は、ご承知の如く、仙台の河北新報社から発行せられて、それは勿論、関東関西四国九州の店頭にも姿をあらわしているに違いありませぬが、しかし、この雑誌のおもな読者はやはり東北地方、しかも仙台附近に最も多いのではないかと推量されます。・・・<太宰治「たずねびと」青空文庫>
  14.         一 君が大学を出てそれから故郷の仙台の部隊に入営したのは、あれは太平洋戦争のはじまった翌年、昭和十七年の春ではなかったかしら。それから一年経って、昭和十八年の早春に、アス五ジ ウエノツクという君からの・・・<太宰治「未帰還の友に」青空文庫>
  15.  九月二十九日。二時半上野発。九時四十三分仙台着。一泊。翌朝七時八分青森行に乗る。 仙台以北は始めての旅だから、例により陸地測量部二十万分の一の地図を拡げて車窓から沿路の山水の詳細な見学をする。北上川沿岸の平野には稲が一・・・<寺田寅彦「札幌まで」青空文庫>
  16. ・・・塩釜から小さな汽船に乗って美しい女学生の一行と乗合せたが、土用波にひどく揺られてへとへとに酔ってしまって、仙台で買って来たチョコレートをすっかり吐いてしまった。釜石の港へはいると、何とも知れない悪臭が港内の空気に滲み渡っていて、浜辺に近づく・・・<寺田寅彦「夏」青空文庫>
  17. ・・・その後仙台へ行ってK君を訪問すると、そこにいた子猫がこれと全く生き写しなのでまた驚かされた。 今では「三毛」の孫に当たる子猫の雌を親類からもらって来てある。容貌のみならずいろいろの性格に祖母の隔世遺伝がありあり認められるのに驚かされる事・・・<寺田寅彦「備忘録」青空文庫>
  18. ・・・西の方、中洲の岸を顧みれば、箱崎川の入口が見え、東の方、深川の岸を望むと、遥か川しもには油堀の口にかかった下の橋と、近く仙台堀にかかった上の橋が見え、また上手には万年橋が小名木川の川口にかかっている。これら両岸の運河にはさまざまな運送船が輻・・・<永井荷風「深川の散歩」青空文庫>
  19. ・・・青森まで行かなきゃ、仙台で止るんだろう」「仙台。神戸にはいつごろ着くんでしょう」「神戸に。それは、新橋の汽車でなくッちゃア。まるで方角違いだ」「そう。そうだ新橋だッたんだよ」と、吉里はうつむいて、「今晩の新橋の夜汽車だッたッけ」・・・<広津柳浪「今戸心中」青空文庫>
  20. 上 仙台の師団に居らしッた西田若子さんの御兄いさんが、今度戦地へ行らッしゃるので、新宿の停車場を御通過りなさるから、私も若子さんと御同伴に御見送に行って見ました。 寒い寒い朝、耳朶が千断れそうで、靴の裏が路上に凍着くのでした・・・<広津柳浪「昇降場」青空文庫>
  21. ・・・(この餅拵えるのは仙台領嘉吉はもうそっちを考えるのをやめて話しかけた。おみちはけれども気の無さそうに返事してまだおもての音を気にしていた。(今日はちょっとお訪門口で若い水々しい声が云った。嘉吉は用があったからこっちへ廻れといった風で・・・<宮沢賢治「十六日」青空文庫>
  22. ・・・十一時四十分上野発仙台行の列車で大して混んでいず、もっと後ろに沢山ゆとりはあるのだ。婆さんの連れは然し、「戸に近い方がいいものね、ばあや、洋傘置いちゃうといいわ、いそいでお座りよ。上へのっかっちゃってさ」 窓から覗き込んで指図する。・・・<宮本百合子「一隅」青空文庫>
  23. ・・・成田梅子は、仙台に女子自由党を組織し、男女同権という声は、稚拙ながら新興の意気をもって、日本全国に響いたのであった。 ところが、一八八九年憲法が発布されると同時に、人民の政治的な自由は、それによって基礎づけられてより活溌に展開されるべき・・・<宮本百合子「現実に立って」青空文庫>
  24. ・・・     原あさを 仙台かどこかの豪家の娘 母一人、娘一人 歌をよむ。 ひどく小さい、掌にでものりそうな女 男なしに生きられぬ女 さみしさから、下らない男のところへでも写真などやる。よい人は――男は――そ・・・<宮本百合子「一九二五年より一九二七年一月まで」青空文庫>
  25. ・・・ ○二十五日夜、仙台よりの汽車中にて、 ○彼女は二十三四になったかならないである。どっちかと云えば、いい服装をして居るけれども、実際の生活程度はそんなに高くないらしい点がその態度の中にチョイチョイとあらわれる。東京に長く居た地方・・・<宮本百合子「「禰宜様宮田」創作メモ」青空文庫>
  26. ・・・岡山には女子親睦会という政治結社が出来てあったし、仙台には女子自由党というのが組織されていた。その指導者は成田梅子という人であった。 これと略同じ時代、一方に婦人の政治活動が盛んであったと共に、女子教育もアメリカの宣教師たちの指導によっ・・・<宮本百合子「私たちの建設」青空文庫>
  27. ・・・然るところその伽羅に本木と末木との二つありて、はるばる仙台より差下され候伊達権中納言殿の役人ぜひとも本木の方を取らんとし、某も同じ本木に望を掛け互にせり合い、次第に値段をつけ上げ候。 その時横田申候は、たとい主命なりとも、香木は無用の翫・・・<森鴎外「興津弥五右衛門の遺書」青空文庫>
  28. ・・・然るところその伽羅に本木と末木との二つありて、はるばる仙台より差下され候伊達権中納言殿の役人ぜひとも本木の方を取らんとし、某も同じ本木に望を掛け、互にせり合い、次第に値段をつけ上げ候。 その時相役申候は、たとい主命なりとも、香木は無用の・・・<森鴎外「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」青空文庫>