ぞう‐お〔‐ヲ〕【憎悪】例文一覧 30件

  1. ・・・ただ冷やかな軽蔑と骨にも徹りそうな憎悪とである。神父は惘気にとられたなり、しばらくはただ唖のように瞬きをするばかりだった。「まことの天主、南蛮の如来とはそう云うものでございますか?」 女はいままでのつつましさにも似ず、止めを刺すよう・・・<芥川竜之介「おしの」青空文庫>
  2. ・・・だから僕の心もちが妻に通じない点で、――通じない所か、むしろ憎悪を買っている点で、それだけ余計に僕は煩悶した。君を新橋に出迎えて以来、とうとう今日に至るまで、僕は始終この煩悶と闘わなければならなかったのだ。が、一週間ばかり前に、下女か何かの・・・<芥川竜之介「開化の良人」青空文庫>
  3. ・・・ 今西の顔はこの瞬間、憎悪そのもののマスクであった。 鎌倉。 陳の寝室の戸は破れていた。が、その外は寝台も、西洋せいようがやも、洗面台も、それから明るい電燈の光も、ことごとく一瞬間以前と同じであった。 陳彩は部屋の隅に佇・・・<芥川竜之介「影」青空文庫>
  4. ・・・と、あまり自分達に個性がなさすぎるのが悟られて、反動的に、自己憎悪を感じたのでありました。 事実、面白いといわれたので、自分に少しも面白くないものがあります。その文体が、そこにあらわれた趣味、考え方が、どうしても、ぴたりと心に合致し・・・<小川未明「書を愛して書を持たず」青空文庫>
  5. ・・・なくなった、脾骨の見えるような馬を屠殺するために、連れて行くのを往来などで遊んでいて見た時、飼主の無情より捨てられて、宿無しとなった毛の汚れた犬が、犬殺しに捕えられた時、子供等が、これ等の冷血漢に注ぐ憎悪の瞳と、憤激の罵声こそ、人間の閃きで・・・<小川未明「天を怖れよ」青空文庫>
  6. ・・・恋愛至上主義によって、結婚した男女は、いまや、幻滅の悲哀を感じて、いまゝで美しかったもの愛したものに、限りない憎悪と醜悪とを感じたのである。加うるに、最も自己の欲望を満足することが、意義ある生活だと考えたところから彼等は、家庭を破壊して、新・・・<小川未明「婦人の過去と将来の予期」青空文庫>
  7. ・・・文学趣味のある彼女は豹一の真赤に染められた頬を見て、この少年は私の反撥心を憎悪に進む一歩手前で喰い止めるために、しばしば可愛い花火を打ち上げると思った。なお、この少年は私を愛していると己惚れた。それをこの少年から告白させるのはおもしろいと思・・・<織田作之助「雨」青空文庫>
  8. ・・・おそらくそれへの嫌悪から私のそうした憎悪も胚胎したのかもしれないのである。 しかし私の憎悪はそればかりではなく、太陽が風景へ与える効果――眼からの効果――の上にも形成されていた。 私が最後に都会にいた頃――それは冬至に間もない頃であ・・・<梶井基次郎「冬の蠅」青空文庫>
  9. ・・・ ゴーゴリや、モリエールの持っていた冷かな情熱と憎悪を以て、今のブルジョアをバクロする喜劇を書いたら、それが一番効果があると云い度い位いだ。僕等の前には、ゴーゴリや、モリエールによって取扱わるべき材料がうようよしている。 今は小説を・・・<黒島伝治「愛読した本と作家から」青空文庫>
  10. ・・・のみならず、憎悪と反感とを抱いていた。彼は、日本人のために理由なしに家宅捜索をせられたことがあった。また、金は払うと云いつつ、当然のように、仔をはらんでいる豚を徴発して行かれたことがあった。畑は荒された。いつ自分達の傍で戦争をして、流れだま・・・<黒島伝治「橇」青空文庫>
  11. ・・・ 骨組のしっかりした男の表情には、憎悪と敵愾心が燃えていた。それがいつまでも輝いている大きい眼から消えなかった。       四 百姓たちは、たびたび××の犬どもを襲撃した経験を持っていた。 襲撃する。追いかえされる・・・<黒島伝治「パルチザン・ウォルコフ」青空文庫>
  12. ・・・自分に対して甚しく憎悪でもしているかとちょっと感じたが、自分には何も心当りも無い。で、「どうかなさいましたか。」と訊く。返辞が無い。「気色が悪いのじゃなくて。」とまた訊くと、うるさいと云わぬばかりに、「何とも無い。」・・・<幸田露伴「鵞鳥」青空文庫>
  13. ・・・これも驚いて仰反って倒れんばかりにはなったが、辛く踏止まって、そして踏止まると共に其姿勢で、立ったまま男を憎悪と憤怒との眼で睨み下した。悍しい、峻しい、冷たい、氷の欠片のような厳しい光の眼であった。しかし美しいことは美しい、――悪の美しさの・・・<幸田露伴「雪たたき」青空文庫>
  14. ・・・ 彼奴等に対する「憎悪」でこの赤ん坊を育て上げてやるんだ、と。 お君が首になったというので、メリヤス工場の若い職工たちは寄々協議をしていた。お君の夫がこの工場から抜かれて行ってから、工場主は恐いものがいなくなったので、勝手なことを職工達・・・<小林多喜二「父帰る」青空文庫>
  15. ・・・ その言葉の響きには、私の全身鳥肌立ったほどの凄い憎悪がこもっていました。「勝手にしろ!」と叫ぶ夫の声は既に上ずって、空虚な感じのものでした。 私は起きて寝巻きの上に羽織を引掛け、玄関に出て、二人のお客に、「いらっしゃいまし・・・<太宰治「ヴィヨンの妻」青空文庫>
  16. ・・・ないのですが、読者は各々勝手に味わい楽しむがよかろう。なかなか、ここは、いいところなのであります。また、劈頭の手紙の全文から立ちのぼる女の「なま」な憎悪感に就いては、原作者の芸術的手腕に感服させるよりは、直接に現実の生ぐさい迫力を感じさせる・・・<太宰治「女の決闘」青空文庫>
  17. ・・・あの人は私を賤しめ、憎悪して居ります。私は、きらわれて居ります。私はあの人や、弟子たちのパンのお世話を申し、日日の飢渇から救ってあげているのに、どうして私を、あんなに意地悪く軽蔑するのでしょう。お聞き下さい。六日まえのことでした。あの人はベ・・・<太宰治「駈込み訴え」青空文庫>
  18. ・・・二度目の殺人など、洗面場で手を洗ってその手をふくハンケチの中からピストルの弾を乱発させるという卑怯千万な行為であるにかかわらず、観客の頭にはあらかじめ被殺害者に対する憎悪という魔薬が注射されているから、かえって一種の痛快な感じをいだかせ、こ・・・<寺田寅彦「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」青空文庫>
  19. ・・・せられたとき、痛くないという約束のが飛び上がるほど痛くて、おまけにそのあとの痛みが手術前の痛みに数倍して持続したので、子供心にひどく腹が立って母にくってかかり、そうしてその歯医者の漆黒な頬髯に限りなき憎悪を投げつけたことを記憶している。コカ・・・<寺田寅彦「自由画稿」青空文庫>
  20. ・・・もしも国民の大多数の尊敬しあるいは憎悪するような人が死にでもすればそのうわさは口から口へいわゆる燎原の火のように伝えられるものである。三月三日に井伊大老の殺された報知が電信も汽車もない昔に、五日目にはもう土佐の高知に届いたという事実がある。・・・<寺田寅彦「一つの思考実験」青空文庫>
  21. ・・・一方であの荒鷲のやうなニイチェは、もつと勇敢に正面から突撃して行き、彼の師匠が憎悪して居たところの、すべての Homo と現象に対して復讐した。言はばニイチェは、師匠の仇敵を討つた勇士のやうなものである。文部省の教科書でも、ニイチェは大に賞・・・<萩原朔太郎「ニイチェに就いての雑感」青空文庫>
  22. ・・・それ故にまた重吉は、他の同輩の何人よりも、無智的な本能の敵愾心で、チャンチャン坊主を憎悪していた。軍が平壌を包囲した時、彼は決死隊勇士の一人に選出された。「中隊長殿! 誓って責務を遂行します。」 と、漢語調の軍隊言葉で、如何にも日本・・・<萩原朔太郎「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」青空文庫>
  23. ・・・意義もない、幸福もない、苦痛もない、慈愛もない、憎悪もない。死。阿房ものめが。好いわ。今この世の暇を取らせる事じゃから、たった一度本当の生活というものを貴ばねばならぬ事を、其方に教えて遣わそう。あっちに行って黙って立っていてここの処を好・・・<著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外「痴人と死と」青空文庫>
  24. ・・・愛が聖らかであるなら、それは純潔な怒りと憎悪と適切な行動に支えられたときだけです。そして、現代の常識として忘れてならぬ一つのことは、愛にも階級性があるという、無愛想な真実です。〔一九四八年二月〕・・・<宮本百合子「愛」青空文庫>
  25. ・・・亀戸事件などは、人種的偏見と軍人・右翼の暴力に対する心からの憎悪をめざまさした。一九一八年ごろ日本におけるアイヌ民族の歴史的な悲劇に関心をひかれその春から秋急にアメリカへ立つまで北海道のアイヌ部落をめぐり暮した作者にとって公然と行われた朝鮮・・・<宮本百合子「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」青空文庫>
  26. ・・・ 佐佐の顔には、不意打ちに会ったような、驚愕の色が見えたが、それはすぐに消えて、険しくなった目が、いちの面に注がれた。憎悪を帯びた驚異の目とでも言おうか。しかし佐佐は何も言わなかった。 次いで佐佐は何やら取調役にささやいたが、まもな・・・<森鴎外「最後の一句」青空文庫>
  27. ・・・と同時に安次の弱さに腹の底から憎悪を感じると、彼の掌はいきなり叩頭している安次の片頬をぴしゃりと打った。「しっかり、養生しやれ。」 秋三は嘲弄した微笑を勘次に投げた。「ええか、頼んだぞ。」と彼は云うと、威勢好く表へ立った。 ・・・<横光利一「南北」青空文庫>
  28. ・・・彼らの憎悪と怨恨と反逆とは、征服者の予想を以て雀躍する。軈て自由と平等とはその名の如く美しく咲くであろう。その尽きざる快楽の欣求を秘めた肺腑を持って咲くであろう。四騎手は血に濡れた武器を隠して笑うであろう。しかし我々は、彼らの手からその武器・・・<横光利一「黙示のページ」青空文庫>
  29. ・・・現世の濁った空気の中に何の不満もなさそうに栄えている凡庸人に対しては、烈しい憎悪を感じます。安価な楽天主義は人生を毒する。魂の饑餓と欲求とは聖い光を下界に取りおろさないではやまない。人生の偉大と豊饒とは畢竟心貧しき者の上に恵まれるでしょう。・・・<和辻哲郎「ある思想家の手紙」青空文庫>
  30. ・・・そのゆえにまたこの女御は、后たち九百九十九人の憎悪を一身に集めた。あらゆる排斥運動や呪詛が女御の上に集中してくる。ついに深山に連れて行かれ、首を切られることになる。その直前にこの后は、山中において王子を産んだ。そうして、首を切られた後にも、・・・<和辻哲郎「埋もれた日本」青空文庫>