そう‐かん〔サウ‐〕【創刊】例文一覧 23件

  1. ・・・へ行って、新しく出た雑誌の創刊号が買いたかったのだ。 難波へ出るには、岸ノ里で高野線を本線に乗りかえるのだが、乗りかえが面倒なので、汐見橋の終点まで乗り、市電で戎橋まで行った。 戎橋の停留所から難波までの通りは、両側に闇商人が並び、・・・<織田作之助「神経」青空文庫>
  2. ・・・長兄は、創刊号に随筆を発表しました。「めし」という題で、長兄が、それを私に口述筆記させました。いまでも覚えて居ります。二階の西洋間で、長兄は、両手をうしろに組んで天井を見つめながら、ゆっくり歩きまわり、「いいかね、いいかね、はじめる・・・<太宰治「兄たち」青空文庫>
  3. ・・・氏、未だほとんど無名にして、それぞれ、辻馬車、鷲の巣、十字街、青空、驢馬、等々の同人雑誌の選手なりしを手紙で頼んで、小説の原稿もらい、地方に於ては堂々の文芸雑誌、表紙三度刷、百頁近きもの、六百部刷って創刊号、三十部くらい売れたであろうか。も・・・<太宰治「喝采」青空文庫>
  4. ・・・文字さえ乱れて、細くまた太く、ひょろひょろ小粒が駈けまわり、突如、牛ほどの岩石の落下、この悪筆、乱筆には、われながら驚き呆れて居ります。創刊第一号から、こんな手違いを起し、不吉きわまりなく、それを思うと泣きたくなります。このごろ、みんな、一・・・<太宰治「虚構の春」青空文庫>
  5. ・・・という同人雑誌の創刊号に発表した「魚服記」という十八枚の短篇小説は、私の作家生活の出発になったのであるが、それが意外の反響を呼んだので、それまで私の津軽訛りの泥臭い文章をていねいに直して下さっていた井伏さんは驚き、「そんな、評判なんかになる・・・<太宰治「十五年間」青空文庫>
  6. ・・・少しずつノオトに書きしるしていっているのであるが、いま、「文芸雑誌。」創刊号になにか書くことをすすめられ、何を書こうかと、ノオトを二冊も三冊も出してあちらを覗き、こちらを覗きして、夕暮より、朝までかかった。どれもこれも、胸にひっからまり、工・・・<太宰治「もの思う葦」青空文庫>
  7.  ここには、一九三二年の一月の創刊で、日本プロレタリア文化連盟から出版されていた『働く婦人』に書いた短いものからはじまって、一九四一年の一月執筆禁止をうけるまで婦人のために書いた感想、評論、伝記、書評など四十篇が集められてい・・・<宮本百合子「あとがき(『宮本百合子選集』第十五巻)」青空文庫>
  8. ・・・そういう文学の砦として『新日本文学』は創刊されようとしているのである。〔一九四六年一月〕<宮本百合子「歌声よ、おこれ」青空文庫>
  9. ・・・は一月創刊号から毎月発禁つづきである。しかも三月八日に築地小劇場で日本プロレタリア文化連盟が参加した三・一五記念の汎太平洋プロレタリア文化挨拶週間の催しの一つとして「働く婦人の夕べ」をやった時などは、開会一分で、中止、解散、であった。自分が・・・<宮本百合子「刻々」青空文庫>
  10. ・・・昭和九年の春創刊された『文学界』はこれらの夥しい合言葉の噴泉の如き観を呈し、河上、小林、保田与重郎の諸氏の歴史の方向からはなれた文学の「人間化」「良心」「真理」「真実」論が、蔓延した。 この混乱と没規準とが頂点に達した一九三四年後半、上・・・<宮本百合子「今日の文学の展望」青空文庫>
  11. ・・・ 毎日の生活に関係の深いいろいろな社会の出来ごとについて、正しい知識を得るとともに、本当に私たちの婦人雑誌として可愛く思う『働く婦人』が、創刊されたのは、今より十四年前一月のことでした。空色の地に明るい表情の婦人車掌の姿が描かれた表紙で・・・<宮本百合子「再刊の言葉」青空文庫>
  12. 『働く婦人』の三月号がとどいた。『働く婦人』がはじめて創刊されたのは一九三二年一月のことだった。その四号から、翌年発行が出来なくなるまで、佐多稲子さんが中心になって随分な努力をしたものだった。このごろ出版協会の文化委員会に出・・・<宮本百合子「さしえ」青空文庫>
  13. ・・・また「『戦旗』創刊と対立するもの」として、『近代生活』『文芸都市』が、「非左翼的同人雑誌のうちの最も有力な作家を集めてつくった集団」を目ざして、創刊されているのでもないということである。特集ルポルタージュ「鋳物の街・川口の表情」「地の平和の・・・<宮本百合子「しかし昔にはかえらない」青空文庫>
  14. ・・・大正十四年『文芸戦線』が創刊されて、プロレタリア文学の理論は、一層広汎に活溌に展開され始めたが、芸術作品に何よりも先ずその社会的意味をさぐろうとするその態度に反撥した一部の新進作家によって「新感覚派」の運動が起されたのが大正十三年であった。・・・<宮本百合子「昭和の十四年間」青空文庫>
  15. ・・・ 今日の現実の再検討については、新年に創刊号を出した綜合雑誌『生きた新聞』が、注意をひく二つの論文をのせている。村松五郎氏「幽霊ファッショ論」がその一つである。日本に純粋な資本主義独裁はないから、従ってファッシズムもない、という主張・・・<宮本百合子「新年号の『文学評論』その他」青空文庫>
  16. ・・・という小説は、『新日本文学』創刊号からのせられはじめまして、本年前半期において、一般から注目される価値を示した作品でした。徳永さんの御都合で中絶した面もあるでしょうが、ともかくそれは中断されたままになりましたし、だいたい、評論にしろ、どうし・・・<宮本百合子「一九四六年の文壇」青空文庫>
  17. ・・・の規定について、ふみこんだ討議がされないままに、『勤労者文学』が創刊された。民主主義文学の理論にたずさわる人まで既成の熟語のように「勤労者文学」という言葉を用いるようになった。そういう事情いかんにかかわらず、『勤労者文学』は、この二年の間、・・・<宮本百合子「その柵は必要か」青空文庫>
  18.  最近、一つの示唆に富んだ経験をした。この頃は、いろいろなところで新しい雑誌の発行や本の出版計画がある。或る書房が、文化・文学雑誌の創刊をすることとなって、原稿をたのまれた。時間がなくて、すぐその希望には応じかねた。けれども・・・<宮本百合子「「どう考えるか」に就て」青空文庫>
  19. ・・・『働く婦人』が創刊された時、第一号のトップに満州事変に抗議する記事を書いたのは、わたしでした。『戦旗』がどんなに田中内閣の侵略的意図を批判していたでしょう。しかしグルーは、日本人の中にそういう熱い思いが生きており、弾圧されていることを知りま・・・<宮本百合子「討論に即しての感想」青空文庫>
  20. ・・・ 一月創刊以来、実に働く婦人の多くから愛読され、支持され、月ごとに雑誌の内容もよくなって来た。『働く婦人』発刊記念の夕べは、こういうわれらの婦人雑誌の誕生と正しい発展とを、みなさんとともによろこぶためばかりではない。折から三月八日の国際・・・<宮本百合子「日本プロレタリア文化連盟『働く婦人』を守れ!」青空文庫>
  21. ・・・けれども階級的な作家の一つの経験であると思って翌年一月の創刊号から三月号まで編輯した。それ以後は佐多稲子が責任者となった。即ち四月に私が検挙されたことが責任者の交替をもたらしたのであった。この年は非常に多くの紹介・啓蒙の文筆活動を行った。旅・・・<宮本百合子「年譜」青空文庫>
  22. ・・・この中で『働く婦人』がともかく一月に創刊第一号を発行した。『働く婦人』創刊号は、十二月二十五日前後に市場にでると間もなく発禁をくった。『働く婦人』二月号もひきつづき発禁にあった。これはブルジョア・地主の官憲が、日本プロレタリア文化運動の・・・<宮本百合子「婦人雑誌の問題」青空文庫>
  23. ・・・文学と感覚 自分は文芸春秋の創刊当時から屡々感覚と云う言葉を口にして来た。しかし、これは云うべき時機であるが故に云ったにすぎない。いつまでも自分は感覚と云う言葉を云っていたくはない。またそれほどまでに云うべきことでは勿論ない・・・<横光利一「新感覚論」青空文庫>