そき【退き】例文一覧 28件

  1. ・・・家の修覆さえ全ければ、主人の病もまた退き易い。現にカテキスタのフヮビアンなどはそのために十字架を拝するようになった。この女をここへ遣わされたのもあるいはそう云う神意かも知れない。「お子さんはここへ来られますか。」「それはちと無理かと・・・<芥川竜之介「おしの」青空文庫>
  2. ・・・』そこで私は徐に赤いモロッコ皮の椅子を離れながら、無言のまま、彼と握手を交して、それからこの秘密臭い薄暮の書斎を更にうす暗い外の廊下へ、そっと独りで退きました。すると思いがけなくその戸口には、誰やら黒い人影が、まるで中の容子でも偸み聴いてい・・・<芥川竜之介「開化の良人」青空文庫>
  3. ・・・ 正純はまた次ぎの間へ退き、母布をかけた首桶を前にいつまでもじっと坐っていた。「早うせぬか。」 家康は次ぎの間へ声をかけた。遠州横須賀の徒士のものだった塙団右衛門直之はいつか天下に名を知られた物師の一人に数えられていた。のみなら・・・<芥川竜之介「古千屋」青空文庫>
  4. ・・・「業畜、急々に退き居ろう。」 すると、翁は、黄いろい紙の扇を開いて、顔をさしかくすように思われたが、見る見る、影が薄くなって、蛍ほどになった切り燈台の火と共に、消えるともなく、ふっと消える――と、遠くでかすかながら、勇ましい一番鶏の・・・<芥川竜之介「道祖問答」青空文庫>
  5. ・・・「えい、退きねえ」 といって、内職に配達をやっている書生とも思わしくない、純粋の労働者肌の男が……配達夫が、二、三人の子供を突き転ばすようにして人ごみの中に割りこんで来た。 彼はこれから気のつまるようないまいましい騒ぎがもちあが・・・<有島武郎「卑怯者」青空文庫>
  6. ・・・ 一足退きつつ、「そんな、そんな意地の悪いことをするもんじゃありません、お前さん、何が、そう気に入らないんです。」 と屹といったが、腹立つ下に心弱く、「御坊さんに、おむすびなんか、差上げて、失礼だとおっしゃるの。 それで・・・<泉鏡花「海異記」青空文庫>
  7. ・・・式は別に謂わざるべし、媒妁の妻退き、介添の婦人皆罷出つ。 ただ二人、閨の上に相対し、新婦は屹と身体を固めて、端然として坐したるまま、まおもてに良人の面を瞻りて、打解けたる状毫もなく、はた恥らえる風情も無かりき。 尉官は腕を拱きて、こ・・・<泉鏡花「琵琶伝」青空文庫>
  8. ・・・に触れたので、昼間は鉄の鍋で煮上げたような砂が、皆ずぶずぶに濡れて、冷こく、宛然網の下を、水が潜って寄せ来るよう、砂地に立ってても身体が揺ぎそうに思われて、不安心でならぬから、浪が襲うとすたすたと後へ退き、浪が返るとすたすたと前へ進んで、砂・・・<泉鏡花「星あかり」青空文庫>
  9. ・・・両手を静かにふり払いて、「お退き」「え、どうするの」 とお香は下より巡査の顔を見上げたり。「助けてやる」「伯父さんを?」「伯父でなくってだれが落ちた」「でも、あなた」 巡査は儼然として、「職務だ」「だ・・・<泉鏡花「夜行巡査」青空文庫>
  10. ・・・ 珍客に驚きて、お通はあれと身を退きしが、事の余りに滑稽なるにぞ、老婆も叱言いう遑なく、同時に吻々と吹き出しける。 蝦蟇法師はあやまりて、歓心を購えりとや思いけむ、悦気満面に満ち溢れて、うな、うな、と笑いつつ、頻りにものを言い懸けた・・・<泉鏡花「妖僧記」青空文庫>
  11. ・・・ で、葬式の済むまでは、ただワイワイと傍のやかましいのに、お光は悲しさも心細さも半ば紛らされていたのであるが、寺から還って、舅の新五郎も一まず佃の家へ帰るし、親類親内もそれぞれ退き取って独り新しい位牌に向うと、この時始めて身も世もあられ・・・<小栗風葉「深川女房」青空文庫>
  12. ・・・潮退きて洲あらわれ鳥の群、飛び回る。水門を下ろす童子あり。灘村に舟を渡さんと舷に腰かけて潮の来るを待つらん若者あり。背低き櫨堤の上に樹ちて浜風に吹かれ、紅の葉ごとに光を放つ。野末はるかに百舌鳥のあわただしく鳴くが聞こゆ。純白の裏羽を日にかが・・・<国木田独歩「小春」青空文庫>
  13. ・・・そしてその地図に入間郡「小手指原久米川は古戦場なり太平記元弘三年五月十一日源平小手指原にて戦うこと一日がうちに三十余たび日暮れは平家三里退きて久米川に陣を取る明れば源氏久米川の陣へ押寄せると載せたるはこのあたりなるべし」と書きこんであるのを・・・<国木田独歩「武蔵野」青空文庫>
  14. ・・・ 二十三歳で一高を退き、病いを養いつつ、海から、山へ、郷里へと転地したり入院したりしつつ、私は殉情と思索との月日を送った。そして二十七歳のときあの作を書いた。 私の青春の悩みと憧憬と宗教的情操とがいっぱいにあの中に盛られている。うる・・・<倉田百三「『出家とその弟子』の追憶」青空文庫>
  15. ・・・さすがの女ギョッとして身を退きしが、四隣を見まわしてさて男の面をジッと見、その様子をつくづく見る眼に涙をにじませて、恐る恐る顔を男の顔へ近々と付けて、いよいよ小声に、「金さん汝情無い、わたしにそんなことを聞かなくちゃアならない事をしてお・・・<幸田露伴「貧乏」青空文庫>
  16. ・・・頭丈八が昔語り頸筋元からじわと真に受けお前には大事の色がと言えばござりますともござりますともこればかりでも青と黄と褐と淡紅色と襦袢の袖突きつけられおのれがと俊雄が思いきって引き寄せんとするをお夏は飛び退きその手は頂きませぬあなたには小春さん・・・<斎藤緑雨「かくれんぼ」青空文庫>
  17. ・・・続いて出でける男は、『しれ者かな』とて馬の口に取り附く処を、同じ様に斬り給えば、籠手の覆より打ちて、打ち落されて退きにけり。その後、近附く者もなければ、云々。」とあって、未だ十三歳と雖も、その手練の程は思いやられる。私が十三歳の時には、女中・・・<太宰治「花吹雪」青空文庫>
  18. ・・・王子は、四年前の恐怖を語り、また此度の冒険を誇り、王さまはその一語一語に感動し、深く首肯いてその度毎に祝盃を傾けるので、ついには、ひどく酔いを発し、王妃に背負われて別室に退きました。王子と二人きりになってから、ラプンツェルは小さい声で言いま・・・<太宰治「ろまん燈籠」青空文庫>
  19. ・・・を悟るといえども、特立特行、世の毀誉をかえりみざることは容易にでき難きことにて、その生徒の魂気の続くかぎりをつくさしめ、あえて他の能力の発育をかえりみるにいとまなく、これがために業成り課程を終て学校を退きたる者は、いたずらに難字を解し文字を・・・<福沢諭吉「文明教育論」青空文庫>
  20. ・・・ ホモイはそれを見るとぞっとして、いきなり跳び退きました。そして声をたてて逃げました。 その時、空からヒュウと矢のように降りて来たものがあります。ホモイは立ちどまって、ふりかえって見ると、それは母親のひばりでした。母親のひばりは、物・・・<宮沢賢治「貝の火」青空文庫>
  21. ・・・水はどんどん退き、オリザの株は見る見る根もとまで出て来ました。すっかり赤い斑ができて焼けたようになっています。「さあおれの所ではもうオリザ刈りをやるぞ。」 主人は笑いながら言って、それからブドリといっしょに、片っぱしからオリザの株を・・・<宮沢賢治「グスコーブドリの伝記」青空文庫>
  22. ・・・けれども水が退きますと、もとのきれいな、白い河原があらわれました。その河原のところどころには、蘆やがまなどの岸に生えた、ほそ長い沼のようなものがありました。 それは昔の川の流れたあとで、洪水のたびにいくらか形も変るのでしたが、すっかり無・・・<宮沢賢治「毒もみのすきな署長さん」青空文庫>
  23. ・・・ ネネムはよろこんで叮寧におじぎをして先生の処から一足退きますと先生が低く、「もう藁のオムレツが出来あがった頃だな。」と呟やいてテーブルの上にあった革のカバンに白墨のかけらや講義の原稿やらを、みんな一緒に投げ込んで、小脇にかかえ、さ・・・<宮沢賢治「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」青空文庫>
  24. ・・・ 波は細かい砂を打ってその歓声に合わせるようさしては退き、退いてはさし、轟いている。陽子は嬉しいような、何かに誘われるような高揚した心持になって来た。彼女は男たちから少し離れたところへ行って、確り両方の脚を着物の裾で巻きつけた。「ワ・・・<宮本百合子「明るい海浜」青空文庫>
  25. ・・・ 進みも退きもしない容態で十日ほど立ったけれども医師の診断はどうしても違わないと云う事になって来た。 チブスならパラチブスで極く軽いのだけれどもお家へお置きなさるのはどうでしょうと、主婦が神経質なのを知って居る医師が病院送りの相談を・・・<宮本百合子「黒馬車」青空文庫>
  26. ・・・お茶の水の卒業後暫く目白の女子大学に学び、先年父の外遊に随って渡米、コロムビア大学に留まって社会学と英文学研究中、病気に罹り中途で退きましたが、その時、荒木と結婚することになり、大正九年に帰朝いたしまして、その後は家事のひまひまに筆にいそし・・・<宮本百合子「処女作より結婚まで」青空文庫>
  27. ・・・ いかにも口惜しげで、石川の心に同情が湧いた。幸雄の二の腕を背広の男が捉えた。「何する!」「おとなしく君が病院へさえ来れば何でもないんだ」「騙したな? よくも此奴! 退け! 退きゃがれったら!」 幸雄が藻掻けば藻掻くほど、腕・・・<宮本百合子「牡丹」青空文庫>
  28. ・・・それは阿部権兵衛が殉死者遺族の一人として、席順によって妙解院殿の位牌の前に進んだとき、焼香をして退きしなに、脇差の小柄を抜き取って髻を押し切って、位牌の前に供えたことである。この場に詰めていた侍どもも、不意の出来事に驚きあきれて、茫然として・・・<森鴎外「阿部一族」青空文庫>