ぞく‐ぶつ【俗物】例文一覧 20件

  1. ・・・由来西洋人の教師と云うものはいかなる俗物にも関らずシェクスピイアとかゲエテとかを喋々してやまないものである。しかし幸いにタウンゼンド氏は文芸の文の字もわかったとは云わない。いつかウワアズワアスの話が出たら、「詩と云うものは全然わからぬ。ウワ・・・<芥川竜之介「保吉の手帳から」青空文庫>
  2. ・・・花田  おまえたちは始終俺のことを俗物俗物だといっていやがったな。若様どうだ。瀬古  僕は汚されたミューズの女神のために今命がけの復讐をしているところだ。待ってくれ。花田  貴様、俺のチョコレットを食ってるな。この画室には・・・<有島武郎「ドモ又の死」青空文庫>
  3. ・・・「ナニ最早大概吐き尽したんですよ、貴様は我々俗物党と違がって真物なんだから、幸貴様のを聞きましょう、ね諸君!」 と上村は逃げかけた。「いけないいけない、先ず君の説を終え給え!」「是非承わりたいものです」と岡本はウイスキーを一・・・<国木田独歩「牛肉と馬鈴薯」青空文庫>
  4. ・・・丹泉の俗物でないことを知って交っていた唐氏は喜んで引見して、そしてその需に応じた。丹泉はしきりに称讃してその鼎をためつすがめつ熟視し、手をもって大さを度ったり、ふところ紙に鼎の紋様を模したりして、こういう奇品に面した眼福を喜び謝したりして帰・・・<幸田露伴「骨董」青空文庫>
  5. ・・・これは、俗物であった。帝大の医学部に在籍。けれども、あまり学校へは行かなかった。からだが弱いのである。これは、ほんものの病人である。おどろくほど、美しい顔をしていた。吝嗇である。長兄が、ひとにだまされて、モンテエニュの使ったラケットと称する・・・<太宰治「愛と美について」青空文庫>
  6. ・・・謂わば赤黒い散文的な俗物に、少しずつ移行していたのである。それは、人間の意志に依る変化ではなかった。一朝めざめて、或る偶然の事件を目撃したことに依って起った変化でもなかった。自然の陽が、五年十年の風が、雨が、少しずつ少しずつかれの姿を太らせ・・・<太宰治「花燭」青空文庫>
  7. ・・・断片と断片の間をつなごうとして、あの思想家たちは、嘘の白々しい説明に憂身をやつしているが、俗物どもには、あの間隙を埋めている悪質の虚偽の説明がまた、こたえられずうれしいらしく、俗物の讃歎と喝采は、たいていあの辺で起るようだ。全くこちらは、い・・・<太宰治「苦悩の年鑑」青空文庫>
  8. ・・・「そうだね。僕もあまり人の身の上に立ちいることは好まない。深く立ちいって聞いてみたって、僕には何も世話の出来ない事が、わかっているんだから。」「俗物だね、君は。申しわけばかり言ってやがる。目茶苦茶や。」「ああ、目茶苦茶なんだ。た・・・<太宰治「乞食学生」青空文庫>
  9. ・・・そうしてかえって、俗物の偽善に支持を与えるのはこの人たちである。日本には、半可通ばかりうようよいて、国土を埋めたといっても過言ではあるまい。 もっと気弱くなれ! 偉いのはお前じゃないんだ! 学問なんて、そんなものは捨てちまえ! おの・・・<太宰治「十五年間」青空文庫>
  10. ・・・「あなたは俗物ね。」平気な顔をして言った。「草田のほうが、まだ理解があります。」 僕に対して、こんな失敬なことを言うお客には帰ってもらうことにしている。僕には、信じている一事があるのだ。誰かれに、わかってもらわなくともいいのだ。いや・・・<太宰治「水仙」青空文庫>
  11. ・・・偉そうな事を言ったって、こいつは、どうせ俗物に違いないんだ。この次には、うんと引っぱり歩いて、こづきまわして、面皮をひんむいてやろうと思った。 いつでもお相手をするから、気のむいたときに、このおでんやに来て、そうして女中を使って僕を呼び・・・<太宰治「父」青空文庫>
  12. ・・・ あいつも、だんだん俗物になって来たね。そのような無智な陰口が、微風と共に、ひそひそ私の耳にはいって来る。私は、その度毎に心の中で、強く答える。僕は、はじめから俗物だった。君には、気がつかなかったのかね。逆なのである。文学を一生の業とし・・・<太宰治「東京八景」青空文庫>
  13. ・・・ なお、その老人に茶坊主の如く阿諛追従して、まったく左様でゴゼエマス、大衆小説みたいですね、と言っている卑しく痩せた俗物作家、これは論外。       四 或る雑誌の座談会の速記録を読んでいたら、志賀直哉というのが、妙に・・・<太宰治「如是我聞」青空文庫>
  14. ・・・ もし、私のその時の行いが俗物どもから、多少でも優しい仕草と見られたとしたら、私はヴァレリイにどんなに軽蔑されても致し方なかったんです。 ヴァレリイの言葉、――善をなす場合には、いつも詫びながらしなければいけない。善ほど他人を傷ける・・・<太宰治「美男子と煙草」青空文庫>
  15. ・・・ 私にはその時突然、東京の荻窪あたりのヤキトリ屋台が、胸の焼き焦げるほど懐しく思い出され、なんにも要らない、あんな屋台で一串二銭のヤキトリと一杯十銭のウィスケというものを前にして思うさま、世の俗物どもを大声で罵倒したいと渇望した。しかし・・・<太宰治「やんぬる哉」青空文庫>
  16. ・・・これは、俗物であった。帝大の医学部に在籍。けれども、あまり学校へは行かなかった。からだが弱いのである。これは、ほんものの病人である。おどろくほど、美しい顔をしていた。吝嗇である。長兄が、ひとにだまされて、モンテエニュの使ったラケットと称する・・・<太宰治「ろまん燈籠」青空文庫>
  17. ・・・ 我輩も時には禅坊主みたような変哲学者のような悟りすました事も云って見るが、やはり大体のところが御存じのごとき俗物だからこんな窮屈な暮しをして回やその楽をあらためず賢なるかなと褒められる権利は毛頭ないのだよ。そんならなぜもっと愉快な所へ・・・<夏目漱石「倫敦消息」青空文庫>
  18. ・・・偉大な俗物というゲーテへの判断をうなずいた。 おかぼの穂がみのり、背高いキビが野趣にみちて色づき初冬に近づいたこの頃、大理石の鴎外はべつのかぶりものをもった。それはアンペラである。丁寧に、繩の結びめも柔かくアンペラで頭部をかくまわれた。・・・<宮本百合子「田端の汽車そのほか」青空文庫>
  19. ・・・ 漱石は、飾らない言葉で一面では日露戦争後の日本人の盲目的なヨーロッパ崇拝を罵倒し、他の一面ではヨーロッパの文物にある俗物根性を批判した。より高い人間的水準の上に立つものとしての知識人の矜恃を求めている。漱石の自覚にあった、このより高い・・・<宮本百合子「「迷いの末は」」青空文庫>
  20. ・・・漱石は家庭の考えかた形づくられかたに対しては根本的な疑問は表面に出さず、その枠内でいつも人間性、智性と俗物性の葛藤、自我の相剋をとりあげている。これは漱石の芸術と生活態度との歴史的な特色の一つである。荷風が今日においてもそれと正面にとりくむ・・・<宮本百合子「歴史の落穂」青空文庫>