そ‐ぼく【素朴/素×樸】例文一覧 30件

  1. ・・・伝右衛門の姿を見ると、良雄に代って、微笑しながらこう云った。伝右衛門の素朴で、真率な性格は、お預けになって以来、夙に彼と彼等との間を、故旧のような温情でつないでいたからである。「早水氏が是非こちらへ参れと云われるので、御邪魔とは思いなが・・・<芥川竜之介「或日の大石内蔵助」青空文庫>
  2. ・・・おぎんの心は両親のように、熱風に吹かれた沙漠ではない。素朴な野薔薇の花を交えた、実りの豊かな麦畠である。おぎんは両親を失った後、じょあん孫七の養女になった。孫七の妻、じょあんなおすみも、やはり心の優しい人である。おぎんはこの夫婦と一しょに、・・・<芥川竜之介「おぎん」青空文庫>
  3. ・・・それはいずれも見慣れない、素朴な男女の一群だった。彼等は皆頸のまわりに、緒にぬいた玉を飾りながら、愉快そうに笑い興じていた。内陣に群がった無数の鶏は、彼等の姿がはっきりすると、今までよりは一層高らかに、何羽も鬨をつくり合った。同時に内陣の壁・・・<芥川竜之介「神神の微笑」青空文庫>
  4. ・・・ 矢部は父のあまりの素朴さにユウモアでも感じたような態度で、にこやかな顔を見せながら、「そりゃ……しかしそれじゃ全く開墾費の金利にも廻りませんからなあ」 と言ったが、父は一気にせきこんで、「しかし現在、そうした売買になってる・・・<有島武郎「親子」青空文庫>
  5. ・・・ただ一言いっておきたいのは僕たちは第四階級というと素朴的に一つの同質な集団だと極める傾向があるが、これはあまりに素朴過ぎると思う。ブルジョア階級と擬称せられる集団の中にも、よく検察してみるとブルジョア風のプロレタリアもいれば、プロレタリア風・・・<有島武郎「片信」青空文庫>
  6. ・・・――少い経験にしろ、数の場合にしろ、旅籠でも料理屋でも、給仕についたものから、こんな素朴な、実直な、しかも要するに猪突な質問を受けた事はかつてない。 ところで決して不味くはないから、「ああ、おいしいよ。」 と言ってまた箸を付けた・・・<泉鏡花「みさごの鮨」青空文庫>
  7. ・・・第一言い伝えの話が非常に詩的だし、期節はすがすがしい若葉の時だし、拵えようと云い、見た風と云い、素朴の人の心其のままじゃないか。淡泊な味に湯だった笹の香を嗅ぐ心持は何とも云えない愉快だ」「そりゃ東京者の云うことだろう。田舎に生活してる者・・・<伊藤左千夫「浜菊」青空文庫>
  8. ・・・スコットランドの素朴な風景や、居酒屋に集る人々等は、バーンズによって、永久に芸術に生かされている。 北方派の画家等にして、南欧の明るい風光に、一たび浴さんとしないものはない。彼等は、仏蘭西に行き、伊太利に行くを常とした。しかし、そこはま・・・<小川未明「彼等流浪す」青空文庫>
  9. ・・・この人達の、質実、素朴な生活の有様を、今から思い起すと、何となしになつかしい気がするばかりでなく、そこにのみ本当の生活があったような気さえされるのである。 もし、人々がすべてかくのごとく、自から耕し、自から織り、それによって生活すべく信・・・<小川未明「単純化は唯一の武器だ」青空文庫>
  10. ・・・ 私達の希望する児童文学は、子供の世界のごとく、純情、素朴にして、その内部に、自から発達の機能を有する、純一の文学でなければならない。この意味において、既成の感情、常識を基礎とする、しかも廃頽的な大人の文学と対立するものでなければな・・・<小川未明「近頃感じたこと」青空文庫>
  11. ・・・は素直ではないが素朴である。フランスのように人間の可能性を描く近代小説が爛熟期に達している国で、サルトルが極度に追究された人間の可能性を、一度原始状態にひき戻して、精神や観念のヴェールをかぶらぬ肉体を肉体として描くことを、人間の可能性を追究・・・<織田作之助「可能性の文学」青空文庫>
  12. ・・・そして最も素朴な真実な芸術を作ろう……」などと、それからそれと楽しい空想に追われて、数日来の激しい疲労にもかかわらず、彼は睡むることができなかった。二 翌朝彼は本線から私線の軽便鉄道に乗替えて、秋田のある鉱山町で商売をしてい・・・<葛西善蔵「贋物」青空文庫>
  13. ・・・百姓のずるさも持って居る。百姓の素朴さも持って居る。百姓らしくまぬけでもある。そのくせ、ぬけめがないところもあるんだ。このせち辛い世の中に、まるで、自給自足時代の百姓のように、のんきらしく、──何を食って居るのかしらんがともかく暮して居る。・・・<黒島伝治「自画像」青空文庫>
  14. ・・・が、上れとも云わなければ茶一つ出そうともしない代り、自分も付合って家へ上りもしないでいるのは、一つはお浪の心安立からでもあろうが、やはりまだ大人びぬ田舎娘の素樸なところからであろう。 源三の方は道を歩いて来たためにちと脚が草臥ているから・・・<幸田露伴「雁坂越」青空文庫>
  15. ・・・俺は運動に出ると、何時でも、その速力の出し工合と、身体の疲労の仕方によって、自分の健康に見当をつける素朴な方法を注意深く実行している。 走りながら、こっちでワザと大きな声をあげると、隣りを走っている同志も大きな声を出した。エヘンとせき払・・・<小林多喜二「独房」青空文庫>
  16. ・・・なんとなく次郎の求めているような素朴さは、私自身の求めているものでもある。最後からでも歩いて行こうとしているような、ゆっくりとおそい次郎の歩みは、私自身の踏もうとしている道でもある。三郎はまた三郎で、画面の上に物の奥行きなぞを無視し、明快に・・・<島崎藤村「嵐」青空文庫>
  17. ・・・彼はしばらくこの地方に足を留め、心易い先生方の中で働いて、もっともっと素朴な百姓の生活をよく知りたいと言った。谷の向うの谷、山の向うの山に彼の心は馳せた。 それから二年ばかりの月日が過ぎた。約束の任期が満ちても高瀬は暇を貰って帰ろう・・・<島崎藤村「岩石の間」青空文庫>
  18. ・・・これとても、ゲエテの素朴な詩精神に敬服しているのではなく、ゲエテの高位高官に傾倒しているらしい、ふしが、無いでもない。あやしいものである。けれども、兄妹みんなで、即興の詩など、競作する場合には、いつでも一ばんである。できている。俗物だけに、・・・<太宰治「愛と美について」青空文庫>
  19. ・・・人間は、素朴に生きるより、他に、生きかたがないものだ。 かたわらに寝ているかず枝の髪の、杉の朽葉を、一つ一つたんねんに取ってやりながら、 おれは、この女を愛している。どうしていいか、わからないほど愛している。そいつが、おれの苦悩のは・・・<太宰治「姥捨」青空文庫>
  20. ・・・たいへん素朴な疑念であった。求めて職が得られないならば、そのときには、純粋に無報酬の行為でもよい。拙なくても、努力するのが、正しいのではないのか。世の中は、それをしなければ、とても生きて居れないほどきびしいところではないのか。生活の基本には・・・<太宰治「花燭」青空文庫>
  21. ・・・ 玉のほうは三毛とは反対に神経が遅鈍で、おひとよしであると同時に、挙動がなんとなく無骨で素樸であった。どうかするとむしろ犬のある特性を思い出させるところがあった。宅へ来た当座は下性が悪くて、食い意地がきたなくて、むやみにがつがつしていた・・・<寺田寅彦「子猫」青空文庫>
  22. ・・・青や朱や黄の顔料の色の美しいあざやかさと、古雅な素朴な筆致とは思いのほかのものであった。そこには少しもある暗い恐ろしさがなかった。 少し喘息やみらしい案内者が No time, Sir ! と追い立てるので、フォーラムの柱の列も陳列館の・・・<寺田寅彦「旅日記から(明治四十二年)」青空文庫>
  23. ・・・中川一政氏の素朴な静物も今日よく見直してみてもやはり何とも説明し難い実に愉快なすがすがしさをもっている。これらの絵はみんな附焼刃でない本当に自分の中にあるものを真正面に打出したものとしか思われない。これに反して今時の大多数の絵は、最初には自・・・<寺田寅彦「二科展院展急行瞥見記」青空文庫>
  24. ・・・木は何の木か知らぬが細工はただ無器用で素朴であるというほかに何らの特色もない。その上に身を横えた人の身の上も思い合わさるる。傍らには彼が平生使用した風呂桶が九鼎のごとく尊げに置かれてある。 風呂桶とはいうもののバケツの大きいものに過ぎぬ・・・<夏目漱石「カーライル博物館」青空文庫>
  25.  世に伝うるマロリーの『アーサー物語』は簡浄素樸という点において珍重すべき書物ではあるが古代のものだから一部の小説として見ると散漫の譏は免がれぬ。まして材をその一局部に取って纏ったものを書こうとすると到底万事原著による訳には・・・<夏目漱石「薤露行」青空文庫>
  26. ・・・かりに帝堯をして今日にあらしめなば、いかに素朴節倹なりといえども、段階に木石を用い、屋もまた瓦をもって葺くことならん。また徳川の時代に、江戸にいて奥州の物を用いんとするに、飛脚を立てて報知して、先方より船便に運送すれば、到着は必ず数月の後な・・・<福沢諭吉「教育の目的」青空文庫>
  27. ・・・それでも、まだ素朴な感傷でだけ結果的にそれにふれている尾崎氏よりは山本氏の記述の方が事件の背後の錯綜にふれ得ているのである。 作家が社会化し、大人になるということは単に踏む土と聞く音が変り、異常事の只中に在るというだけでは尽されない。そ・・・<宮本百合子「明日の言葉」青空文庫>
  28. ・・・性的な欲望を満たすことは喉の干いた時一杯の水をのむにひとしいという言葉の最も素朴な理解が、恋愛、結婚に対する過去の神秘主義的封建的宿命論の反撥として、勇敢に実行にうつされた。個人生活と階級人としての連帯的活動とが二元的な互に遊離したものとし・・・<宮本百合子「新しい一夫一婦」青空文庫>
  29. ・・・乾けば素焼のように素朴な白色を現した。だが、その表面に一度爪が当ったときは、この湿疹性の白癬は、全図を拡げて猛然と活動を開始した。 或る日、ナポレオンは侍医を密かに呼ぶと、古い太鼓の皮のように光沢の消えた腹を出した。侍医は彼の傍へ、恭謙・・・<横光利一「ナポレオンと田虫」青空文庫>
  30. ・・・そうして身震いの出るような烈しい感動の内に、ただただその素朴な頭を下げたことであろう。しかもこの際彼らの意識に上る唯一のものは、三宝を尊奉するという漠然たる敬虔の念であったに相違ない。彼らの知っているのは、ただ新しく彼らに襲来した「仏教」が・・・<和辻哲郎「偶像崇拝の心理」青空文庫>