たい‐えい【退×嬰】例文一覧 14件

  1. ・・・この甲型の人の目から見ると乙型の人間は消極的退嬰的な利己主義者に見える。しかし乙はその自由のためにかえって甲の先をくぐって積極的に進出する事もあるし、自分の自由を尊重すると同時に人の自由を尊重するという意味では利他的である。反対に乙型の人間・・・<寺田寅彦「蒸発皿」青空文庫>
  2. ・・・ しかし本来の風雅の道は決して人を退嬰的にするためのものではなかったと思う。上は摂政関白武将より下は士農工商あらゆる階級の間に行なわれ、これらの人々の社会人としての活動生活の侶伴となってそれを助け導いて来たと思われる。風雅の心のない武将・・・<寺田寅彦「俳諧の本質的概論」青空文庫>
  3. ・・・ 俳句を修業するということは、以上の見地から考えると、退嬰的な無常観への逃避でもなければ、消極的なあきらめの哲学の演習でもなく、またひとりよがりの自慰的お座敷芸でもない。それどころか、ややもすればわれわれの中のさもしい小我のために失われ・・・<寺田寅彦「俳句の精神」青空文庫>
  4. ・・・ 日本の歴史は少年のころよりわたくしに対しては隠棲といい、退嬰と称するが如き消極的処世の道を教えた。源平時代の史乗と伝奇とは平氏の運命の美なること落花の如くなることを知らしめた。『太平記』の繙読は藤原藤房の生涯について景仰の念を起させた・・・<永井荷風「西瓜」青空文庫>
  5. ・・・最も退嬰的であると考えられていた教員、全逓・官公庁の職員も婦人をこめて今は前線に進んでいます。農民組合は日本全国にわたって供出の合理化と公正な農地調整法の実現のために闘っており、日本でははじめて全国的な農民組合婦人部の大会が近々にもたれよう・・・<宮本百合子「国際民婦連へのメッセージ」青空文庫>
  6. ・・・このような形で残されている日本的なものの中の知的ならざる影は、今日のような作家の受動的気分の時期に案外にもゆるがせに出来ない退嬰性、無批判性となって甦っていることが認められる。近代日本が、政治経済に於て官製であったと同じように文化も官製の性・・・<宮本百合子「今日の文学の鳥瞰図」青空文庫>
  7. ・・・生活の内部の矛盾は、行動主義文学者によってブルジョアジーと知識階級人一般の良心との激化する対立としてとりあげられたのであるが、日本におけるヒューマニズムの文学が提唱後四年経た今日に至っても未だ一種模糊退嬰の姿におかれているのは、社会情勢によ・・・<宮本百合子「今日の文学の展望」青空文庫>
  8. ・・・第一は、只さえも保守的な退嬰主義に堕し易い女性一般の傾向を暗々裡に称揚する事になると同時に、他方では、一層反動的、爆発的の急進を促す事になるからでございます。其で、私は此から、私の出来る丈の細密な思考を廻らして、私の出来る丈公平な、出来る丈・・・<宮本百合子「C先生への手紙」青空文庫>
  9. ・・・ 若し、東洋の女性が不当に圧迫せられ、退嬰した状態を、男尊女卑と云うならば、確に西洋の人間は、女尊男卑であると云えましょう。まして、米国人は、その点を、特に強調して伝えられていると思います。 過去に於て中世の騎士気質の伝統を受けてい・・・<宮本百合子「男女交際より家庭生活へ」青空文庫>
  10. ・・・保守的 退嬰的 非進歩的 非理知的 偏狭固陋であればある程、それだけ正しいのである。大言壮語家! p.281○理性よ、下れ! ロシアは矛盾なく 公言される信条である。「人はロシアを理性をもってではなく、信仰をもって理解しなければならぬ」・・・<宮本百合子「ツワイク「三人の巨匠」」青空文庫>
  11. ・・・ 近代日本のブルジョア文学において、常に綯いまぜられて来た退嬰的な妥協的な封建的戯作者風の残りものとの関係においては、進歩的面のバトンの運び手であった自我の探求は今日、未開のまま外ならぬ生みの親のブルジョア文学者の手でむしられるとい・・・<宮本百合子「文学における今日の日本的なるもの」青空文庫>
  12. ・・・その欲望は、男にのこされている生涯がそう永いものではないという見透しや、男一生の思い出にという熱情の爆発やによって甚しく強烈であり、過去の全生活に対して今や負担と退嬰的な要素しか見出せない状態に陥ったとする。人生の或る深刻な危機、モメントと・・・<宮本百合子「もう少しの親切を」青空文庫>
  13. ・・・道学流の見地からでなく、人間がこの社会に生きてゆく生活力、人間性そのもののもつ合理性によってさばけることで目先にもたらされるゆとりの皮相さと退嬰とを大局から理解している娘も、今日の日本にいる。それもやはり一つの現実の娘時代の姿ではあるまいか・・・<宮本百合子「若い婦人の著書二つ」青空文庫>
  14. ・・・の感覚などのうちに退嬰し、徳川末期に到っては身分制に属しながら実力はそれを凌駕している町人階級の文学としてそこでだけは武士の力がものをいわぬ遊里、花柳界遊蕩の文学が発生したのであった。この種の文学の世界では近松の作品にあっては人間性の悲劇の・・・<宮本百合子「私たちの建設」青空文庫>