たい‐がん【対岸】例文一覧 30件

  1. ・・・ 対岸の山は半ばは同じ紅葉につつまれて、その上はさすがに冬枯れた草山だが、そのゆったりした肩には紅い光のある靄がかかって、かっ色の毛きらずビロードをたたんだような山の肌がいかにも優しい感じを起させる。その上に白い炭焼の煙が低く山腹をはっ・・・<芥川竜之介「日光小品」青空文庫>
  2. ・・・長い廊下の一方は硝子障子で、庭の刀柏や高野槙につもった雪がうす青く暮れた間から、暗い大川の流れをへだてて、対岸のともしびが黄いろく点々と数えられる。川の空をちりちりと銀の鋏をつかうように、二声ほど千鳥が鳴いたあとは、三味線の声さえ聞えず戸外・・・<芥川竜之介「老年」青空文庫>
  3. ・・・ 昨夕もよ、空腹を抱えて対岸のアレシキに行って見るとダビドカの野郎に遇った。懐をあたるとあるから貸せと云ったら渋ってけっかる。いまいましい、腕づくでもぎ取ってくれようとすると「オオ神様泥棒が」って、殉教者の様な真似をしやあがる。擦った揉・・・<有島武郎「かんかん虫」青空文庫>
  4. ・・・果して、対岸に真紅な鳥が居る。撃ったであります。銃の命中したその鳥は、沼の中心へ落ちたであります。従って高級なる猟犬として泳いだのであります。」 と明確に言った。 のみならず、紳士の舌には、斑がねばりついていた。 一人として事件・・・<泉鏡花「神鷺之巻」青空文庫>
  5. ・・・ときどき波が来て私たちの坐っている床がちょっと揺れたり、川に映っている対岸の灯が湯気曇りした硝子障子越しにながめられたり、ほんとうに許嫁どうしが会うているというほのぼのした気持を味わうのにそう苦心は要らなかったほど、思いがけなく心愉しかった・・・<織田作之助「天衣無縫」青空文庫>
  6. ・・・ この辺一帯に襲われているという毒蛾を捕える大篝火が、対岸の河原に焚かれて、焔が紅く川波に映っていた。そうしたものを眺めたりして、私たちはいつまでしても酔の発してこない盃を重ねていた。・・・<葛西善蔵「父の葬式」青空文庫>
  7. ・・・これを対岸から写すので、自分は堤を下りて川原の草原に出ると、今まで川柳の蔭で見えなかったが、一人の少年が草の中に坐って頻りに水車を写生しているのを見つけた。自分と少年とは四、五十間隔たっていたが自分は一見して志村であることを知った。彼は一心・・・<国木田独歩「画の悲み」青空文庫>
  8. ・・・敵は靉河右岸に沿い九連城以北に工事を継続しつつあり、二十八日も時々砲撃しつつあり、二十六日九里島対岸においてたおれたる敵の馬匹九十五頭、ほかに生馬六頭を得たり――「どうです、鴨緑江大捷の前触れだ、うれしかったねえ、あの時分は。胸がどきど・・・<国木田独歩「号外」青空文庫>
  9. ・・・三人は大声で笑い興じながらちょうど二人の対岸まで来た二人の此処に蹲居んでいることは無論気がつかない。「だって貴様は富岡のお梅嬢に大変熱心だったと言いますぜ」これは黒田の番頭の声である。「嘘サ、大嘘サ、お梅さんは善いにしてもあの頑固爺・・・<国木田独歩「富岡先生」青空文庫>
  10. ・・・ 河は、海峡よりはもっと広いひろがりをもって海のように豊潤に、悠々と国境を流れている。 対岸には、搾取のない生産と、新しい社会主義社会の建設と、労働者が、自分たちのための労働を、行いうる地球上たった一つのプロレタリアートの国があった・・・<黒島伝治「国境」青空文庫>
  11. ・・・ 衛兵にまもられた橇が黒龍江を横切って静かに対岸の林へ辷って行く。それが丘の上の病院の眼に映った。黒龍江は氷の丘陵をきずいていた。 橇は、向うの林の方へ、二三枚の木葉舟のように小さく、遠くなって行った。列車の顛覆と同時に、弾丸の餌食・・・<黒島伝治「氷河」青空文庫>
  12. ・・・づきで、ちょうどその峰通りは西山梨との郡堺になっているほどであるから、もちろん樵夫や猟師でさえ踏み越さぬ位の仕方の無い勾配の急な地で、さて前はというと、北から南へと流れている笛吹川の低地を越してのその対岸もまた山々の連続である。そしてこの村・・・<幸田露伴「雁坂越」青空文庫>
  13. ・・・或場処は路が対岸に移るようになっているために、危い略※に片手をかけて今や舟を出そうとしていながら、片手を挙げて、乗らないか乗らないかといって人を呼んでいる。その顔がハッキリ分らないから、大噐氏は燈火を段と近づけた。遠いところから段と歩み近づ・・・<幸田露伴「観画談」青空文庫>
  14. ・・・ 奥戸というのは対岸で、なるほどそこには浮子釣に適すべき池があることを自分も知っていた。しかし今時分の鮒を釣っても、それが釣という遊びのためでなくって何の意味を為そう。桜の花頃から菊の花過ぎまでの間の鮒は全く仕方のないものである。自分に・・・<幸田露伴「蘆声」青空文庫>
  15. ・・・ 対岸に見える村落、野趣のある釣橋、河原つづきの一帯の平地、遠い近い山々――それらの眺望は先生方を悦ばせた。日あたりの好いことも先生方を悦ばせた。この谷間は割合に豊饒で、傾斜の上の方まで耕されている。眼前に連なる青田は一面緑の波のように・・・<島崎藤村「岩石の間」青空文庫>
  16. ・・・「いいえ、あの娘だけは二た月ばかり前から、この対岸にいるんです。あなたでも同じですけれど、こんなになると、情合はまったく本当の親子と変りませんわ」「それだのにこの夏には、あの人の話はちょっとも出ませんでしたね」「そうでしたかね。・・・<鈴木三重吉「千鳥」青空文庫>
  17. ・・・近づくにつれて、晴川歴々たり漢陽の樹、芳草萋々たり鸚鵡の洲、対岸には黄鶴楼の聳えるあり、長江をへだてて晴川閣と何事か昔を語り合い、帆影点々といそがしげに江上を往来し、更にすすめば大別山の高峰眼下にあり、麓には水漫々の月湖ひろがり、更に北方に・・・<太宰治「竹青」青空文庫>
  18. ・・・押し流されつつも、見事、対岸の樹木の幹に、すがりつく事が出来たのである。ありがたい。メロスは馬のように大きな胴震いを一つして、すぐにまた先きを急いだ。一刻といえども、むだには出来ない。陽は既に西に傾きかけている。ぜいぜい荒い呼吸をしながら峠・・・<太宰治「走れメロス」青空文庫>
  19. ・・・住み難き世を人一倍に痛感しまことに受難の子とも呼ぶにふさわしい、佐藤春夫、井伏鱒二、中谷孝雄、いまさら出家遁世もかなわず、なお都の塵中にもがき喘いでいる姿を思うと、――いやこれは対岸の火事どころの話でない。おのれの作品のよしあしをひ・・・<太宰治「もの思う葦」青空文庫>
  20. ・・・其頃は屹度空が深い碧で、沼には蘆の新芽が風に吹かれて、対岸の丘には躑躅が赤く咲いて居た。 初夏の空の碧! それに、欅の若芽の黄に近い色が捺すように印せられているさまは実に感じが好い。何となく心が浮き立って、思わず詩でも低誦したくなる。物・・・<田山花袋「新茶のかおり」青空文庫>
  21. ・・・ スイスあたりの山のホテルを想わせるような帝国ホテルは外側から観賞しただけで梓川の小橋を渡り対岸の温泉ホテルという宿屋に泊った。新築別館の二階の一室に落ちついた頃は小雨が一時止んで空が少し明るくなった。 窓際の籐椅子に腰かけて、正面・・・<寺田寅彦「雨の上高地」青空文庫>
  22. ・・・誰か旧魚河岸の方の側で手鏡を日光に曝らしてそれで反射された光束を対岸のビルディングに向けて一人で嬉しがっているものと思われた。こういういたずらがいかに面白いものであるかはそれを経験したもののよく知るところである。小学や中学時代に校舎の二階の・・・<寺田寅彦「異質触媒作用」青空文庫>
  23. ・・・河原も道路も蒼白い月影を浴びて、真白に輝いていた。対岸の黒い松原蔭に、灯影がちらほら見えた。道路の傍には松の生い茂った崖が際限もなく続いていた。そしてその裾に深い叢があった。月見草がさいていた。「これから夏になると、それあ月がいいですぜ・・・<徳田秋声「蒼白い月」青空文庫>
  24. ・・・ 船はいつか小名木川の堀割を出で、渺茫たる大河の上に泛んでいる。対岸は土地がいかにも低いらしく、生茂る蘆より外には、樹木も屋根も電柱も見えない。此方の岸から水の真中へかけて、草も木もない黄色の禿山が、曇った空に聳えて眺望を遮っている。今・・・<永井荷風「放水路」青空文庫>
  25. ・・・静軒は花も既に散尽した晩春の静なる日、対岸に啼く鶯の声の水の上を渡ってかすかに聞えてくる事のいかに幽趣あるかを説いて下の如くに言っている。「凡ソ物ノ声、大抵隔ツテ聴クヲ好シトス。読書木魚琴瑟等ノ声最然リトナス。鳩ノ雨ヲ林中ニ喚ビ、雁ノ霜ヲ月・・・<永井荷風「向嶋」青空文庫>
  26. ・・・余が桜の杖に頤を支えて真正面を見ていると、遥かに対岸の往来を這い廻る霧の影は次第に濃くなって五階立の町続きの下からぜんぜんこの揺曳くものの裏に薄れ去って来る。しまいには遠き未来の世を眼前に引き出したるように窈然たる空の中にとりとめのつかぬ鳶・・・<夏目漱石「カーライル博物館」青空文庫>
  27. ・・・ それは、鑿岩機さえ運転していないで、吹雪さえなければ、対岸までも聞える程の大声であった。そして、その小林は、秋山と三尺も離れないで、鑿の尖の太さを較べているのだった。「駄目だよ。あのインダラ鍛冶屋は。見ろよ、三尺鑿よりゃ六尺鑿の方・・・<葉山嘉樹「坑夫の子」青空文庫>
  28. ・・・ 五色のイルミネーションは対岸のモスクワ市発電所にもあって、三百六十四日はむっつり暗いモスクワ河の水を色とりどりにチラつかせている。 モスクワの群集はイルミネーションに対しては素朴である。群集の中から満足した笑いごえがし、或る者はそ・・・<宮本百合子「子供・子供・子供のモスクワ」青空文庫>
  29. ・・・ C先生、 斯うやって物を書いて居る私の窓から瞳を遠く延すと、光る湖面を超えて、対岸の連山と、色絵具で緑に一寸触れたような別荘とが見えます。其等の漠然とした遠景の裡から仄白く光って延びる道路に連れて目を動かすと、村で一番大きな旅舎の・・・<宮本百合子「C先生への手紙」青空文庫>
  30. ・・・柔らかに枝を垂れている濠側の柳、淀んだ濠の水、さびた石垣の色、そうして古風な門の建築、――それらは一つのまとまった芸術品として、対岸の高層建築を威圧し切るほどの品位を見せている。自分は以前に幾度となくこの門の前を通ったのであるが、しかしここ・・・<和辻哲郎「城」青空文庫>