たい‐せん【大戦】例文一覧 30件

  1. ・・・何しろ貴方、先の二十七年八年の日清戦争の時なんざ、はじめからしまいまで、昨日はどこそこの城が取れた、今日は可恐しい軍艦を沈めた、明日は雪の中で大戦がある、もっともこっちがたが勝じゃ喜びなさい、いや、あと二三ヶ月で鎮るが、やがて台湾が日本のも・・・<泉鏡花「政談十二社」青空文庫>
  2. ・・・ 二十五年前には日清、日露の二大戦役が続いて二十年間に有ろうと想像したものは一人も無かった。戦争を予期しても日本が大勝利を得て一躍世界の列強に伍すようになると想像したものは一人も無かった。それを反対にいつかは列強の餌食となって日本全国が・・・<内田魯庵「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」青空文庫>
  3.  僕は終戦後間もなくケストネルの「ファビアン」という小説を読んだ。「ファビアン」は第一次大戦後の混乱と頽廃と無気力と不安の中に蠢いている独逸の一青年を横紙破りの新しいスタイルで描いたもので、戦後の日本の文学の一つの行き方を、・・・<織田作之助「土足のままの文学」青空文庫>
  4. ・・・欧洲大戦当時、フランスとイギリスのブルジョアジーは、ベルギーと、その他の国民の解放のために戦争を行っていると主張して民衆を欺いた。ほんとは、自分の掠奪した植民地を保持するために戦争をやっていたのだ。独逸の帝国主義者は、又、イギリスやフランス・・・<黒島伝治「反戦文学論」青空文庫>
  5. ・・・それに国との手紙の往復にも多くの日数がかかり世界大戦争の始まってからはことに事情も通じがたいもどかしさに加えて、三年の月日の間には国のほうで起こった不慮な出来事とか種々の故障とかがいっそう旅を困難にした。私も、外国生活の不便はかねて覚悟して・・・<島崎藤村「分配」青空文庫>
  6. ・・・ディオニシアスは遂にシラキュース人を率いて、それらのアフリカ人と大戦をしました。そして手ひどく打ち負してしまいました。 そんなわけで、ディオニシアスはシラキュース中で第一ばんの幅利きになりました。それでだんだんにほかの議政官たちを押しの・・・<鈴木三重吉「デイモンとピシアス」青空文庫>
  7. ・・・世界的なんだ。いまは、数学が急激に、どんどん変っているときなんだ。過渡期が、はじまっている。世界大戦の終りごろ、一九二〇年ごろから今日まで、約十年の間にそれは、起りつつある。」きのう学校で聞いて来たばかりの講義をそのまま口真似してはじめるの・・・<太宰治「愛と美について」青空文庫>
  8. ・・・私どもも、大戦中から闇の商売などして、その罰が当って、こんな化け物みたいな人間を引受けなければならなくなったのかも知れませんが、しかし、今晩のような、ひどい事をされては、もう詩人も先生もへったくれもない、どろぼうです、私どものお金を五千円ぬ・・・<太宰治「ヴィヨンの妻」青空文庫>
  9. ・・・しかし、それから五年経ち、大戦の辛苦を嘗めるに及んで、あの「東京八景」だけでは、何か足りないような気がして、こんどは一つ方向をかえ、私がこれまで東京に於いて発表して来た作品を主軸にして、私という津軽の土百姓の血統の男が、どんな都会生活をして・・・<太宰治「十五年間」青空文庫>
  10. ・・・あの人たちは、大戦中でも、私たちの、何の頼りにもならなかった。私は、あの時、あの人たちの正体を見た、と思った。 あやまればいいのに、すみませんとあやまればいいのに。もとの姿のままで死ぬまで同じところに居据ろうとしている。 所謂「若い・・・<太宰治「如是我聞」青空文庫>
  11. ・・・兄は、前からずっとこの土地にいたのだから、あのひとは、べつだけれども、あたしは父とふたりで東京へ出て、大戦がはじまる前だってちっとも楽じゃ無かったし、いよいよ大戦がはじまって、あたしも父の工場に出て職工さんたちと一緒に働くようになった頃から・・・<太宰治「春の枯葉」青空文庫>
  12. ・・・島田の小説がこの数年来ちっとも発表されなくなったのも、この大戦で、小説家たちも軍需工場か何かに進出して行かざるを得なくなったからだろうくらいに考えていました。しかし、新作の小説が出なくても、私の手許には、以前の島田の本が何冊も残っています。・・・<太宰治「冬の花火」青空文庫>
  13. ・・・私たちはこの大戦争に於いて、日本に味方した。私たちは日本を愛している、と。 そうして、日本は大敗北を喫しました。まったく、あんな有様でしかもなお日本が勝ったら、日本は神の国ではなくて、魔の国でしょう。あれでもし勝ったら、私は今ほど日本を・・・<太宰治「返事」青空文庫>
  14. ・・・ 細田氏は、大戦の前は、愛国悲詩、とでもいったような、おそろしくあまい詩を書いて売ったり、またドイツ語も、すこし出来るらしく、ハイネの詩など訳して売ったり、また女学校の臨時雇いの教師になったりして、甚だ漠然たる生活をしていた人物であった・・・<太宰治「女神」青空文庫>
  15. ・・・一九一一年にはプラーグの正教授に招聘され、一九一二年に再びチューリヒのポリテキニクムの教授となった。大戦の始まった一九一四年の春ベルリンに移ってそこで仕事を大成したのである。 ベルリン大学にける彼の聴講生の数は従来のレコードを破っている・・・<寺田寅彦「アインシュタイン」青空文庫>
  16. ・・・そういう場合のあることは昔からも知られていたであろうが、それが欧州大戦以後、特に外科医の方で注意され問題にされ研究されて、今日では一つの新療法として、特殊な外科的結核症や真珠工病などというものの治療に使う人が出てきた。こうなると今度は、それ・・・<寺田寅彦「蛆の効用」青空文庫>
  17. ・・・「大戦」と、ルパートのいわゆる「戦いはこれから始まるのだ」のその「戦い」との間に、この楽しい球技の戦いが挿入されている。そうして球技場の眩しい日照の下に、人知れず悩む思いを秘めた白衣のヒロインの姿が描出されるのである。 つまらない事では・・・<寺田寅彦「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」青空文庫>
  18. ・・・ 現今大戦の影響であらゆる科学は応用の方面に徴発されている。応用方面の刺戟で科学の進歩する事は日常の事であるから、このために科学が各方面に進歩する事は疑いを容れない。これは誠に喜ぶべき事である。しかしその半面の随伴現象としていわゆる骨董・・・<寺田寅彦「科学上の骨董趣味と温故知新」青空文庫>
  19. ・・・電燈でも、飛行機でも、潜水艇でもまたタンク戦車のごときものすら欧州大戦よりずっと以前に小説家によって予想されている。市井の流行風俗、生活状態のようなものはもちろん、いろいろな時代思潮のごときものでも、すぐれた作者の鋭利な直観の力で未然に洞察・・・<寺田寅彦「科学と文学」青空文庫>
  20. ・・・      二 二千年前に電波通信法があった話 欧洲大戦の正に酣なる頃、アメリカのイリノイス大学の先生方が寄り集まって古代ギリシアの兵法書の翻訳を始めた。その訳は、人間の頭で考え得られる大概の事は昔のギリシア人が考えてしまっ・・・<寺田寅彦「変った話」青空文庫>
  21. ・・・しかし大戦後のベルリンでこのシガーの供待所がどういう運命に見舞われたかはまだ誰からも聞く機会がない。 ベルリンでも電車の内は禁煙であったが車掌台は喫煙者のために解放されていた。山高帽を少し阿弥陀に冠った中年の肥大った男などが大きな葉巻を・・・<寺田寅彦「喫煙四十年」青空文庫>
  22. ・・・これが第一次世界大戦の原因である。十九世紀は国家的自覚の時代、所謂帝国主義の時代であった。各国家が何処までも他を従えることによって、自己自身を強大にすることが歴史的使命と考えた。そこには未だ国家の世界史的使命の自覚というものに至らなかった。・・・<西田幾多郎「世界新秩序の原理」青空文庫>
  23. ・・・それによつてアメリカ人は、世界大戦の責任者をカイゼルとニイチェとの罪に帰した。 日本に於けるニイチェの影響は、しかしながら皆無と言ふ方が当つて居る。日本の詩人で、多少でもニイチェの影響を受けたと思はれる人は、過去にも現在にも一人も居ない・・・<萩原朔太郎「ニイチェに就いての雑感」青空文庫>
  24.           一 第二次ヨーロッパ大戦は、私たち現世紀の人間にさまざまの深刻な教訓をあたえた。そのもっとも根本的な点は国際間の複雑な利害矛盾の調整は、封建的で、また資本主義的な強圧であるナチズムやファシズムでは・・・<宮本百合子「明日の知性」青空文庫>
  25. ・・・          二 日本の新聞の歴史は、こうして忽ち、反動的な強権との衝突の歴史となったのであるが、大正前後、第一次欧州大戦によって日本の経済の各面が膨脹したにつれて、いくつかの大新聞は純然たる一大企業として、経営される・・・<宮本百合子「明日への新聞」青空文庫>
  26. ・・・ 第二次世界大戦ののち、アジアとアフリカの民族は、こののろわしい関係を変更するために立ちました。中国の人々が、日本その他の国の帝国主義を排除して中華人民共和国となったばかりではありません。耐えがたい隷属の生活であればこそ、世界平和と民族・・・<宮本百合子「新しいアジアのために」青空文庫>
  27. ・・・日本の近代の歴史には本当に自分の階級の力で封建権力にとりかわった市民社会がなかったということ、第二次大戦でこのように破滅するまでの日本の歴史に、わたしたちみんなが民主的に生きる生き方を知っていなかったということは、この四年の間に、特権階級の・・・<宮本百合子「新しい抵抗について」青空文庫>
  28. ・・・ どの新聞雑誌を見ても、銃後の婦人の力の実質が、この頃は生産拡充への直接間接の参加というところに重点をおかれており、常に欧州大戦当時の欧州婦人の活動が引きあわされている。「今から女工を養成して置くように」という言葉は、すでに去る五月杉山・・・<宮本百合子「新しい婦人の職場と任務」青空文庫>
  29. 「伸子」は、一九二四年頃から三年ほどかかって書かれた。丁度、第一次ヨーロッパ大戦が終った時から、その後の数年間に亙る時期に、日本の一人の若い女性が、人及び女として、ひたすら成長したい熱望につき動かされて、与えられた中流的な環・・・<宮本百合子「あとがき(『伸子』第一部)」青空文庫>
  30. ・・・二十世紀に入ってから世界の文学は、絶えず自身を新しく生れかわらそうとして七転八倒しつづけて来たが、その意味では第一次大戦後におこったシュール・リアリズムさえも、古い資本主義社会の機能のもとで苦しむ小市民の魂の反抗の影絵でしかなかった。社会主・・・<宮本百合子「あとがき(『宮本百合子選集』第九巻)」青空文庫>