たか‐びしゃ【高飛車】例文一覧 8件

  1. ・・・葉書一杯の筆太の字は男の手らしく、高飛車な文調はいずれは一代を自由にしていた男に違いない。去年と同じ場所という葉書はふといやな聯想をさそい、競馬場からの帰り昂奮を新たにするために行ったのは、あの蹴上の旅館だろうかと、寺田は真蒼になった。一代・・・<織田作之助「競馬」青空文庫>
  2. ・・・といっても一々疑ってからの不信とは思えんね」と高飛車だった。「だから、消極的な不信だといってるじゃないですか」 思わず声が大きくなり、醜態であった。「それが何の自慢になる」 海老原はマダムに色目を使いながら言った。私は黙った・・・<織田作之助「世相」青空文庫>
  3. ・・・と驚くと同時に、遊びではないといっても遊びにもなっておらぬような事をしていながら、遊びではないように高飛車に出た少年のその無智無思慮を自省せぬ点を憫笑せざるを得ぬ心が起ると、殆どまた同時に引続いてこの少年をして是の如き語を突嗟に発するに至ら・・・<幸田露伴「蘆声」青空文庫>
  4. ・・・説をするに当っても、その個々の作品にまつわる私自身の追憶、或いは、井伏さんがその作品を製作していらっしゃるところに偶然私がお伺いして、その折の井伏さんの情景など記すにとどめるつもりであって、そのほうが高飛車に押しつける井伏論よりも、この選集・・・<太宰治「『井伏鱒二選集』後記」青空文庫>
  5. ・・・でその気分は極めて率直と云えば率直、高飛車と云えば高飛車に云われているのである。 石坂氏のように、さア、返事はどうだというような気持も、主観的には壮快なるものがあるかもしれない。だが、今日の文学が、過去の或る期間においては十分云い切る自・・・<宮本百合子「落ちたままのネジ」青空文庫>
  6. ・・・ある時は高飛車なところもある。 ボルシェビキ的批評というものは、本質においてそうではない。 どっちの陣営の作品でも、それをひろい客観的条件の前にはっきり浮き上らせて、見なおさせ、比べ、それが評価されるべき評価をうけていることを、静か・・・<宮本百合子「こういう月評が欲しい」青空文庫>
  7. ・・・一人の作家伊藤整がいたましいというような高飛車な感想ではなく、日本よ! こういうもの云いのある一九五〇年の日本よ。小説を書くかかないにかかわりなくそこに生きているわたしたちみんなよ! と痛ましいのである。 近代的な小説の成立という問・・・<宮本百合子「人間性・政治・文学(1)」青空文庫>
  8. ・・・その内輪で、どちらかと云えば神経質な交渉の反覆を日頃経験している人々が、そういうこまかい利害からは埒外にあって、しかも今日の世の中では文学の仕事にたずさわる者に対して高飛車な朗らかさと率直さを示し得る背景の前にいる人々を眺めたら、一応それら・・・<宮本百合子「文学の大衆化論について」青空文庫>