たくまし・い【×逞しい】例文一覧 30件

  1. ・・・――もしこの時、良雄の後の障子に、影法師が一つ映らなかったなら、そうして、その影法師が、障子の引手へ手をかけると共に消えて、その代りに、早水藤左衛門の逞しい姿が、座敷の中へはいって来なかったなら、良雄はいつまでも、快い春の日の暖さを、その誇・・・<芥川竜之介「或日の大石内蔵助」青空文庫>
  2. ・・・彼等は二人とも赤褌をしめた、筋骨の逞しい男だった。が、潮に濡れ光った姿はもの哀れと言うよりも見すぼらしかった。Nさんは彼等とすれ違う時、ちょっと彼等の挨拶に答え、「風呂にお出で」と声をかけたりした。「ああ言う商売もやり切れないな。」・・・<芥川竜之介「海のほとり」青空文庫>
  3. ・・・体格の逞しい谷村博士は、すすめられた茶を啜った後、しばらくは胴衣の金鎖を太い指にからめていたが、やがて電燈に照らされた三人の顔を見廻すと、「戸沢さんとか云う、――かかりつけの医者は御呼び下すったでしょうな。」と云った。「ただ今電話を・・・<芥川竜之介「お律と子等と」青空文庫>
  4. ・・・桶の後ろには小山のように、これもまた逞しい男が一人、根こぎにしたらしい榊の枝に、玉だの鏡だのが下ったのを、悠然と押し立てているのを見た。彼等のまわりには数百の鶏が、尾羽根や鶏冠をすり合せながら、絶えず嬉しそうに鳴いているのを見た。そのまた向・・・<芥川竜之介「神神の微笑」青空文庫>
  5. ・・・仁右衛門は農場に帰るとすぐ逞しい一頭の馬と、プラオと、ハーローと、必要な種子を買い調えた。彼れは毎日毎日小屋の前に仁王立になって、五カ月間積り重なった雪の解けたために膿み放題に膿んだ畑から、恵深い日の光に照らされて水蒸気の濛々と立上る様を待・・・<有島武郎「カインの末裔」青空文庫>
  6. ・・・大温にして小毒あり、というにつけても、普通、私どもの目に触れる事がないけれども、ここに担いだのは五尺に余った、重量、二十貫に満ちた、逞しい人間ほどはあろう。荒海の巌礁に棲み、鱗鋭く、面顰んで、鰭が硬い。と見ると鯱に似て、彼が城の天守に金銀を・・・<泉鏡花「貝の穴に河童の居る事」青空文庫>
  7. ・・・ 三声を続けて鳴いたと思うと……雪をかついだ、太く逞しい、しかし痩せた、一頭の和犬、むく犬の、耳の青竹をそいだように立ったのが、吹雪の滝を、上の峰から、一直線に飛下りたごとく思われます。たちまち私の傍を近々と横ぎって、左右に雪の白泡を、・・・<泉鏡花「雪霊続記」青空文庫>
  8. ・・・ぶるぶると腕に力の漲った逞しいのが、「よし、石も婉軟だろう。きれいなご新姐を抱くと思え。」 というままに、頸の手拭が真額でピンと反ると、棒をハタと投げ、ずかと諸手を墓にかけた。袖の撓うを胸へ取った、前抱きにぬっと立ち、腰を張って土手・・・<泉鏡花「縷紅新草」青空文庫>
  9. ・・・何か圧倒的に迫って来る逞しい迫力が感じられるのだ。ぐいぐい迫って来る。襲われているといった感じだ。焼けなかった幸福な京都にはない感じだ。既にして京都は再び大阪の妾になってしまったのかも知れない。 東京の闇市場は商人の掛声だけは威勢はいい・・・<織田作之助「大阪の憂鬱」青空文庫>
  10. ・・・ 彼が風変りな題材と粘り強い達者な話術を持って若くして文壇へ出た時、私は彼の逞しい才能にひそかに期待して、もし彼が自重してその才能を大事に使うならば、これまでこの国の文壇に見られなかったような特異な作家として大成するだろうと、その成長を・・・<織田作之助「鬼」青空文庫>
  11. ・・・バルザックの逞しいあらくれの手を忘れ、こそこそと小河で手をみそいでばかりいて皮膚の弱くなる潔癖は、立小便すべからずの立札にも似て、百七十一も変名を持ったスタンダールなどが現れたら、気絶してしまうほどの弱い心臓を持ちながら、冷水摩擦で赤くした・・・<織田作之助「可能性の文学」青空文庫>
  12. ・・・ちょっと、普通の人間に出来る芸当ではないと、その図々しいといおうか。逞しいといおうか、人並みはずれた実行力におれは惚れこんだのだ。 それに、貧相な面ながら、けいけいたる光を放っているあの眼、ただ世渡りをする男ではないと、おれには興味ふか・・・<織田作之助「勧善懲悪」青空文庫>
  13. ・・・鑵の凹みは、Yが特に、毎朝振り慣れた鉄唖鈴で以て、左りぎっちょの逞しい腕に力をこめて、Kの口調で云うと、「えゝ憎き奴め!」とばかり、殴りつけて寄越したのだそうであった。「……K君そりゃ本当の話かね? 何でまたそれ程にする必要があったんか・・・<葛西善蔵「子をつれて」青空文庫>
  14. ・・・城の崖からは太い逞しい喬木や古い椿が緑の衝立を作っていて、井戸はその蔭に坐っていた。 大きな井桁、堂々とした石の組み様、がっしりしていて立派であった。 若い女の人が二人、洗濯物を大盥で濯いでいた。 彼のいた所からは見えなかったが・・・<梶井基次郎「城のある町にて」青空文庫>
  15. ・・・船員の腕にふさわしい逞しい健康そうな女だった。その一人は私に婬をすすめた。私はその金を払ったまま、港のありかをきいて外へ出てしまったのである。 私は近くの沖にゆっくり明滅している廻転燈台の火を眺めながら、永い絵巻のような夜の終わりを感じ・・・<梶井基次郎「冬の蠅」青空文庫>
  16. ・・・熊本という逞しい名前の感じは全然、無かったのである。白くまんまるい顔で、ロイド眼鏡の奥の眼は小さくしょぼしょぼして、問題の鼻は、そういえば少し薄赤いようであったが、けれども格別、悲惨な事もなかった。からだは、ひどく、でっぷり太っている。背丈・・・<太宰治「乞食学生」青空文庫>
  17. ・・・かれの眼にはその兵士の黒く逞しい顔と軍隊手帖を読むために卓上の蝋燭に近く歩み寄ったさまが映った。三河国渥美郡福江村加藤平作……と読む声が続いて聞こえた。故郷のさまが今一度その眼前に浮かぶ。母の顔、妻の顔、欅で囲んだ大きな家屋、裏から続いた滑・・・<田山花袋「一兵卒」青空文庫>
  18. ・・・一体に逞しい骨骼で顔はいつも銅のように光っている。頭はむさ苦しく延び煤けているかと思うと、惜しげもなくクリクリに剃りこぼしたままを、日に当てても平気でいる。 着物は何処かの小使のお古らしい小倉の上衣に、渋色染の股引は囚徒のかと思われる。・・・<寺田寅彦「嵐」青空文庫>
  19. ・・・門の鉄扉の外側に子守が二、三人立って門内の露人の幼児と何か言葉のやりとりをしていると、玄関から逞しいロシア婦人が出て来て、逞しいむき出しの腕でその幼児を軽々と引っかかえて引込んで行った。ソビエトの幼児が函館の町っ児の感化に染まることを恐れる・・・<寺田寅彦「札幌まで」青空文庫>
  20. ・・・ある意味では野蛮でブルータルであると同時に一方ではまた新鮮で明朗で逞しい美しさがないとは云われない。 踊る人間の肉体の立派さは神の作った芸術でこれだけはどうにもしようがない。特にあのアラビア人のような名前のついた一団の自由自在に跳躍する・・・<寺田寅彦「マーカス・ショーとレビュー式教育」青空文庫>
  21. ・・・ 中景の右の方は樫か何かの森で、灰色をした逞しい大きな幹はスクスクと立ち並んで次第に暗い奥の方へつづく。隙間もない茂りの緑は霜にややさびて得も云われぬ色彩が梢から梢へと柔らかに移り変っている。コバルトの空には玉子色の綿雲が流れて、遠景の・・・<寺田寅彦「森の絵」青空文庫>
  22. ・・・ が、秋山も小林も、決して、その逞しい足を動かし、その手を延ばそうとはしなかった。僅に、滅茶苦茶に涙を流しながら、引き起そうとする子供の力だけ、その冷たい首を上げるだけであった。 それでも、子供たちは、その小さな心臓がハチ切れるよう・・・<葉山嘉樹「坑夫の子」青空文庫>
  23. ・・・お前のその骨に内攻した梅毒がそれ以上進行しないってことになれば、まだまだ大丈夫だ。 お前の手、腕、はますます鍛われて来た。お前の足は素晴らしいもんだ。お前の逞しい胸、牛でさえ引き裂く、その広い肩、その外観によって、内部にあるお前自身の病・・・<葉山嘉樹「牢獄の半日」青空文庫>
  24. ・・・阿蘭が農奴として育ち農婦として大地を愛して生きる強さ、農民的な粘着力、粗野な逞しい、謂わば必死な生活力をライナーの阿蘭は全面的に活かし得ているかどうかということについても、性格というものの解釈に附随するこの映画製作者関係者一同の或る心持が反・・・<宮本百合子「映画の語る現実」青空文庫>
  25. ・・・ 私は、こういう境遇にいる一人の母である作者が、永い将来の努力によって、次第に子供のための文学として、質量ともに逞しい生産をされることを切望する。その期待につれ、「村の月夜」で、私に印象された一つの疑問に触れたい。それは、この作者が、「・・・<宮本百合子「子供のために書く母たち」青空文庫>
  26. ・・・著者が益々、文芸批評の本来性として在る極々の要因を、情熱の源泉として身につけて、細密にして柔軟、逞しい成長をとげてくれることを切望するのは、作家としても決して私一人ではなかろうと思っている。〔一九四〇年三月〕・・・<宮本百合子「作家に語りかける言葉」青空文庫>
  27. ・・・沈着で口数をきかぬ、筋骨逞しい叔父を見たばかりで、姉も弟も安堵の思をしたのである。「まだこっちではお許は出んかい」と、九郎右衛門は宇平に問うた。「はい。まだなんの御沙汰もございません。お役人方に伺いましたが、多分忌中だから御沙汰がな・・・<森鴎外「護持院原の敵討」青空文庫>
  28. ・・・ 緞帳の間から逞しい一本の手が延びると、床の上にはみ出ていた枕を中へ引き摺り込んだ。「陛下、今宵は静にお休みなされませ。陛下はお狂いなされたのでございます」 ペルシャの鹿の模様は鎮まった。彫刻の裸像はひとり円柱の傍で光った床の上・・・<横光利一「ナポレオンと田虫」青空文庫>
  29. ・・・息子はペタルを踏み馴らした逞しい片足で果物を蹴っていた。果物屋の横には外科医があった。そこの白い窓では腫れ上った首が気惰るそうに成熟しているのが常だった。 彼はこれらの店々の前を黙って通り、毎日その裏の青い丘の上へ登っていった。丘は街の・・・<横光利一「街の底」青空文庫>
  30. ・・・薄明かりの坂路から怪物のように現われて来る逞しい牛の姿、前景に群がれる小さき雑草、頂上を黄橙色に照らされた土坡、――それらの形象を描くために用いた荒々しい筆使いと暗紫の強い色調とは、果たして「力強い」と呼ばるべきものだろうか。また自然への肉・・・<和辻哲郎「院展遠望」青空文庫>