たった例文一覧 41件

  1. ・・・が、日本人が中へはいって見ると、そこには印度人の婆さんがたった一人立っているばかり、もう支那人の女の子は、次の間へでも隠れたのか、影も形も見当りません。「何か御用ですか?」 婆さんはさも疑わしそうに、じろじろ相手の顔を見ました。・・・<芥川竜之介「アグニの神」青空文庫>
  2. ・・・ 四里にわたるこの草原の上で、たった一度妻はこれだけの事をいった。慣れたものには時刻といい、所柄といい熊の襲来を恐れる理由があった。彼れはいまいましそうに草の中に唾を吐き捨てた。 草原の中の道がだんだん太くなって国道に続く所まで来た・・・<有島武郎「カインの末裔」青空文庫>
  3. ・・・ たった一度人が彼に憫みを垂れたことがある。それは百姓で、酒屋から家に帰りかかった酔漢であった。この男は目にかかる物を何でも可哀がって、憐れで、ああ人間というものは善いものだ、善い人間が己れのために悪いことをするはずがない、などと口の中・・・<著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外「犬」青空文庫>
  4. ・・・おれはどうも初め思いたった時、君のやりそうなこったと思った。A 今でもやりたいと思ってる。たった一月でも可い。B どうだ、おれん処へ来て一緒にやらないか。可いぜ。そして飽きたら以前に帰るさ。A しかし厭だね。B 何故。おれと・・・<石川啄木「一利己主義者と友人との対話」青空文庫>
  5. ・・・肩も脛も懐も、がさがさと袋を揺って、「こりゃ、何よ、何だぜ、あのう、己が嫁さんに遣ろうと思って、姥が店で買って来たんで、旨そうだから、しょこなめたい。たった一ツだな。みんな嫁さんに遣るんだぜ。」 とくるりと、はり板に並んで向をかえ、・・・<泉鏡花「海異記」青空文庫>
  6. ・・・ときく様子は腰や足がとくにちゃんと止まって居られない様にフラフラして気味がわるいので皆んな何とも云わずに家へ逃げかえってしまった、その中にたった一人岩根村の勘太夫の娘の小吟と云うのはまだ九つだったけれ共にげもしないでおとなしく、「もう少し行・・・<著:井原西鶴 訳:宮本百合子「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」青空文庫>
  7. ・・・十二枚袋入がたった一朱であった。袋の文字は大河内侯の揮毫を当時の浅草区長の町田今輔が雕板したものだそうだ。慾も得もない書放しで、微塵も匠気がないのが好事の雅客に喜ばれて、浅草絵の名は忽ち好事家間に喧伝された。が、素人眼には下手で小汚なかった・・・<内田魯庵「淡島椿岳」青空文庫>
  8. ・・・なんだか女学生が、今死んでいるあたりから、冷たい息が通って来て、自分を凍えさせるようである。たった今まで、草原の上をよろめきながら飛んでいる野の蜜蜂が止まったら、羽を焦してしまっただろうと思われる程、赤く燃えていた女房の顳が、大理石のように・・・<著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外「女の決闘」青空文庫>
  9. ・・・ふたりは、町を距たった、林の下にあった寺の墓地へまいりました。墓地は雪に埋まっていましたけれど、勇ちゃんは、木に見覚えがあったので、この下にお姉さんが眠っていると教えたのでした。「先生、私はお約束を守っておあいしにまいりました。それだの・・・<小川未明「青い星の国へ」青空文庫>
  10. ・・・可哀そうに、わたくしのたった一人の孫は、こんな酷たらしい姿になってしまいました。ああ、可哀そうに。可哀そうに。」 爺さんはこう言って、わあわあ泣きながら、子供の首を抱きしめました。 そうしてる内に、手が両方ばらばらになって落ちて来ま・・・<小山内薫「梨の実」青空文庫>
  11. ・・・あとでこの温泉には宿屋はたった一軒しかないことを知った。 右肩下りの背中のあとについて、谷ぞいの小径を歩きだした。 しかし、ものの二十間も行かぬうちに、案内すると見せかけた客引きは、押していた自転車に飛び乗って、「失礼しやして、・・・<織田作之助「秋深き」青空文庫>
  12. ・・・でも嬉やたった一ヵ所窓のように枝が透いて遠く低地を見下される所がある。あの低地には慥か小川があって戦争前に其水を飲だ筈。そう云えばソレ彼処に橋代に架した大きな砂岩石の板石も見える。多分是を渡るであろう。もう話声も聞えぬ。何国の語で話ていたか・・・<著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷「四日間」青空文庫>
  13. ・・・伯母はもう一汽車前の汽車で来ていて、茶の間で和尚さんと茶を飲んでいた。たった一人残った父の姉なのだが、伯母は二カ月ほど前博覧会見物に上京して、父のどこやら元気の衰えたのを気にしながらも、こう遠くに離れてはお互いに何事があっても往ったり来たり・・・<葛西善蔵「父の葬式」青空文庫>
  14. ・・・その男はしばらくその夜景に眺め耽っていたが、彼はふと闇のなかにたった一つ開け放された窓を見つける。その部屋のなかには白い布のような塊りが明るい燈火に照らし出されていて、なにか白い煙みたようなものがそこから細くまっすぐに立ち騰っている。そして・・・<梶井基次郎「ある崖上の感情」青空文庫>
  15. ・・・両親に早く死に別れて、たった二人の姉弟ですから、互いに力にしていたのが、今では別れ別れになって、生き死にさえわからんようになりました。それに、わたしも近いうち朝鮮につれて行かれるのだから、もうこの世で会うことができるかできないかわかりません・・・<国木田独歩「少年の悲哀」青空文庫>
  16. ・・・ 対岸には、搾取のない生産と、新しい社会主義社会の建設と、労働者が、自分たちのための労働を、行いうる地球上たった一つのプロレタリアートの国があった。赤い布で髪をしばった若い女が、男のような活溌な足どりで歩いている。ポチカレオへ赤い貨車が・・・<黒島伝治「国境」青空文庫>
  17. ・・・その時やや隔たった圃の中からまた起った歌の声は、わたしぁ桑摘む主ぁまんせ、春蚕上簇れば二人着る。という文句を追いかけるように二人の耳へ送った。それは疑いも無くお近の声で、わざと二人に聞かせるつもりで唱ったらしかった。・・・<幸田露伴「雁坂越」青空文庫>
  18. ・・・ 母親はたった一言も聞き洩さないように聞いていた。――それから二人は人前もはゞからずに泣出してしまった。         * それから半年程して、救援会の女の人が、田舎から鉛筆書きの手紙を受取った――それはお安が書いた手紙だった・・・<小林多喜二「争われない事実」青空文庫>
  19. ・・・知らない旅客、荷を負った商人、草鞋掛に紋附羽織を着た男などが此方を覗き込んでは日のあたった往来を通り過ぎた。「広岡先生が上田から御通いなすった時分から見やすと、御蔭で吾家でもいくらか広くいたしやした」 こう内儀さんも働きながら言った・・・<島崎藤村「岩石の間」青空文庫>
  20. 一 私は今ここに自分の最近両三年にわたった芸術論を総括し、思想に一段落をつけようとするにあたって、これに人生観論を裏づけする必要を感じた。 けれども人生観論とは畢竟何であろう。人生の中枢意義は言うまでもなく実行である。人生観・・・<島村抱月「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」青空文庫>
  21. ・・・ ところが、その家には窓が一つもなくて、ただ屋根の下の、高いところに戸口がたった一つついているきりです。その戸口には錠がかかっています。双親は、どうしてこんな家がひょっこり建ったのだろうとふしぎでたまりませんでした。ウイリイは、「こ・・・<鈴木三重吉「黄金鳥」青空文庫>
  22. ・・・そう、そう、私共のス、あの宝石の光り輝く市の王様の、たった一人娘のスを! けれども、其那工合には行きません。それは出来ないことでした。真個にそれ等の事も出来ないと云うのではありませんが、スは、水の世界パタルプールの宮殿へ生れないで、バニカン・・・<著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子「唖娘スバー」青空文庫>
  23. ・・・一面の焼野原、市松の浴衣着た女が、たったひとり、疲れてしゃがんでいた。私は、胸が焼き焦げるほどにそのみじめな女を恋した。おそろしい情慾をさえ感じました。悲惨と情慾とはうらはらのものらしい。息がとまるほどに、苦しかった。枯野のコスモスに行き逢・・・<太宰治「ア、秋」青空文庫>
  24.  襟二つであった。高い立襟で、頸の太さの番号は三十九号であった。七ルウブル出して買った一ダズンの残りであった。それがたったこの二つだけ残っていて、そのお蔭でおれは明日死ななくてはならない。 あの襟の事を悪くは言いたくない・・・<著:ディモフオシップ 訳:森鴎外「襟」青空文庫>
  25. ・・・そのかわりに去年はたった一匹しかいなかったあひるがことしは十三羽に増殖している。鴨のような羽色をしたひとつがいのほかに、純白の雌が一羽、それからその「白」の孵化したひなが十羽である。ひなは七月に行った時はまだ黄色い綿で作ったおもちゃのような・・・<寺田寅彦「あひると猿」青空文庫>
  26. ・・・何でも三月からなくちゃ卒業の出来ねえところを、宅の忰はたった二週間で立派にやっちまった。それで免状をもらって、連隊へ帰って来ると、連隊の方でも不思議に思って、そんな箆棒な話がある訳のもんじゃねえ、きっと何かの間違だろうッてんで向へ聴合せたん・・・<徳田秋声「躯」青空文庫>
  27. ・・・だん、ふれ声も平気で言えるようになり、天秤棒の重みで一度は赤く皮のむけた肩も、いつかタコみたいになって痛くなくなり、いつもこんにゃくを買ってくれる家の奥さんや女中さんとも顔馴染になったりしていったが、たった一つだけが、いつまで経っても、恥ず・・・<徳永直「こんにゃく売り」青空文庫>
  28. ・・・驚いて箸を持ったまま、思わず音のする彼方を見返ると、底びかりのする神秘な夜の空に、宵の明星のかげが、たった一ツさびし気に浮いているのが見える。枯れた樹の梢に三日月のかかっているのを見ることもある。 やがて日の長くなることが、やや際立って・・・<永井荷風「鐘の声」青空文庫>
  29. ・・・盗んだ西瓜は遙かに隔たった路傍の草の中で割られた。彼等は膝へ打ちつけて割った。そうして指の先で刳っては食った。水分があとに残って滓ばかりになっても彼等は頓着せぬ。彼等には西瓜の味よりも寧ろうまく盗んだことが愉快に思われるのである。こうして汚・・・<長塚節「太十と其犬」青空文庫>
  30. ・・・その中に先生の住居だけが過去の記念のごとくたった一軒古ぼけたなりで残っている。先生はこの燻ぶり返った家の書斎に這入ったなり滅多に外へ出た事がない。その書斎はとりもなおさず先生の頭が見えた木の葉の間の高い所であった。 余と安倍君とは先生に・・・<夏目漱石「ケーベル先生」青空文庫>