たどり【×辿り】例文一覧 30件

  1. ・・・彼女は細い路を辿りながら、「とうとう私の念力が届いた。東京はもう見渡す限り、人気のない森に変っている。きっと今に金さんにも、遇う事が出来るのに違いない。」――そんな事を思い続けていた。するとしばらく歩いている内に、大砲の音や小銃の音が、どこ・・・<芥川竜之介「奇怪な再会」青空文庫>
  2. ・・・わたしは電燈のともりかかった頃に本郷東片町の彼女の宿へ辿り着いた。それはある横町にある、薄赤いペンキ塗りの西洋洗濯屋だった。硝子戸を立てた洗濯屋の店にはシャツ一枚になった職人が二人せっせとアイロンを動かしていた。わたしは格別急がずに店先の硝・・・<芥川竜之介「夢」青空文庫>
  3. ・・・雨、雷鳴、お島婆さん、お敏、――そんな記憶をぼんやり辿りながら、新蔵はふと眼を傍へ転ずると、思いがけなくそこの葭戸際には、銀杏返しの鬢がほつれた、まだ頬の色の蒼白いお敏が、気づかわしそうに坐っていました。いや、坐っているばかりか、新蔵が正気・・・<芥川竜之介「妖婆」青空文庫>
  4. ・・・いかなる詭弁も拒むことのできない事実の成り行きがそのあるべき道筋を辿りはじめたからだ。国家の権威も学問の威光もこれを遮り停めることはできないだろう。在来の生活様式がこの事実によってどれほどの混乱に陥ろうとも、それだといって、当然現わるべくし・・・<有島武郎「宣言一つ」青空文庫>
  5. ・・・けれども考えてみると、僕がここまで辿り着くのには、やはりこれだけの長い年月を費やす必要があったのだ。今から考えると、ようこそ中途半端で柄にもない飛び上がり方をしないで済んだと思う。あのころには僕にはどこかに無理があった。あのころといわずつい・・・<有島武郎「片信」青空文庫>
  6. ・・・少し墓らしい形の見えるのは、近間では、これ一つじゃあないか――それに、近い頃、参詣があったと見える、この線香の包紙のほぐれて残ったのを、草の中に覗いたものは、一つ家の灯のように、誰だって、これを見当に辿りつくだろうと思うよ。山路に行暮れたも・・・<泉鏡花「燈明之巻」青空文庫>
  7. ・・・――宗ちゃん。」 振向きもしないで、うなだれたのが、気を感じて、眉を優しく振向いた。「…………」「姉さんが、魂をあげます。」――辿りながら折ったのである。……懐紙の、白い折鶴が掌にあった。「この飛ぶ処へ、すぐおいで。」 ・・・<泉鏡花「売色鴨南蛮」青空文庫>
  8. ・・・駅前の俥は便らないで、洋傘で寂しく凌いで、鴨居の暗い檐づたいに、石ころ路を辿りながら、度胸は据えたぞ。――持って来い、蕎麦二膳。で、昨夜の饂飩は暗討ちだ――今宵の蕎麦は望むところだ。――旅のあわれを味わおうと、硝子張りの旅館一二軒を、わざと・・・<泉鏡花「眉かくしの霊」青空文庫>
  9. ・・・その弁当でいくらか力がついたので、またトボトボと歩いて、静岡まで来ましたが、ふらふらになりながら、まず探したのは交番、やっと辿りついて豊橋で弁当を盗んだことを自首しました。 人のよさそうな巡査はしかし取り合わず、弁当を恵んで、働くことを・・・<織田作之助「アド・バルーン」青空文庫>
  10. ・・・武田さん自身言っていたように「リアリズムの果ての象徴の門に辿りついた」のが、これらの一見私小説風の淡い味の短篇ではなかったか。淡い味にひめた象徴の世界を覗っていたのであろう。泉鏡花の作品のようにお化けが出ていたりしていた。もっとも鏡花のお化・・・<織田作之助「四月馬鹿」青空文庫>
  11. ・・・ 十二月二十五日の夜、やっと大阪駅まで辿りついたが、さてこれからどこへ行けば良いのか、その当てもない。昔働いていた理髪店は恐らく焼けてしまっているだろうし、よしんば焼け残っていても、昔の不義理を思えば頼って行ける顔ではない。宿屋に泊ると・・・<織田作之助「世相」青空文庫>
  12. ・・・一巻の象徴の門に辿りついた。「雪の話」は小説の中の小説であった。宇野浩二――川端康成――武田麟太郎、この大阪の系統を辿って行くと、名人芸という言葉が泛ぶ。たしかに、宇野、川端以後の小説上手は武田麟太郎であった。この大阪の系統が文壇に君臨して・・・<織田作之助「武田麟太郎追悼」青空文庫>
  13. ・・・ やがて、あの人は銀閣寺の停留所附近から疏水伝いに折れて、やっと鹿ヶ谷まで辿りつく。けれど、やはり肝心の家の門はくぐらず、せかせかと素通りしてしまう。そしてちょっと考えて、神楽坂の方へとぼとぼ……、その坂下のごみごみした小路のなかに学生・・・<織田作之助「天衣無縫」青空文庫>
  14. ・・・と薄暗い田甫道を辿りながら呟やいたが胸の中は余り穏でなかった。 五六日経つと大津定二郎は黒田の娘と結婚の約が成ったという噂が立った。これを聞いた者の多くは首を傾けて意外という顔色をした。然し事実全くそうで、黒田という地主の娘玉子嬢、容貌・・・<国木田独歩「富岡先生」青空文庫>
  15. ・・・というような趣きもあるのであって、さまざまの人々がそのうけた精霊の促がすところにしたがい、それぞれの運命のコースを辿りつつ、全体としては広大なる人生を作っているのである。人間共存同悲とは、かかる心持をいうのであって、これなくしては共同体の真・・・<倉田百三「人生における離合について」青空文庫>
  16. ・・・卿、それから年を取ったところのペーテル、一番終いがウィンパー、それで段降りて来たのでありますが、それだけの前古未曾有の大成功を収め得た八人は、上りにくらべてはなお一倍おそろしい氷雪の危険の路を用心深く辿りましたのです。ところが、第二番目のハ・・・<幸田露伴「幻談」青空文庫>
  17. ・・・少しずつの上り下りはあれど、ほとほと平なる路を西へ西へと辿り、田中の原、黒田の原とて小松の生いたる広き原を過ぎ、小前田というに至る。路のほとりにやや大なる寺ありて、如何にやしけむ鐘楼はなく、山門に鐘を懸けたれば二人相見ておぼえず笑う。九時少・・・<幸田露伴「知々夫紀行」青空文庫>
  18. ・・・はるばるの長旅、ここまでは辿り着いたが、途中で煩った為に限りある路銀を費い尽して了った。道は遠し懐中には一文も無し、足は斯の通り脚気で腫れて歩行も自由には出来かねる。情があらば助力して呉れ。頼む。斯う真実を顔にあらわして嘆願するのであった。・・・<島崎藤村「朝飯」青空文庫>
  19. ・・・ある謡曲の中の一くさりが胸に浮んで来ると、彼女は心覚えの文句を辿り辿り長く声を引いて、時には耳を澄まして自分の嘯くような声に聞き入って、秋の夜の更けることも忘れた。 寝ぼけたような鶏の声がした。「ホウ、鶏が鳴くげな。鶏も眠られないと・・・<島崎藤村「ある女の生涯」青空文庫>
  20. ・・・その休茶屋には、以前お三輪のところに七年も奉公したことのあるお力が内儀さんとしていて、漸くのことでそこまで辿り着いた旧主人を迎えてくれた。こんな非常時の縁が、新七とお力夫妻とを結びつけ、震災後はその休茶屋に新しい食堂を設け、所謂割烹店でなし・・・<島崎藤村「食堂」青空文庫>
  21. ・・・日の映った寝床の上に器械のように投出して、生きる望みもなく震えていた足だ…… その足で、比佐は漸くこの仙台へ辿り着いた。宿屋の娘にそれを言われるまでは実は彼自身にも気が着かなかった。 ここへ来て比佐は初めて月給らしい月給にもありつい・・・<島崎藤村「足袋」青空文庫>
  22. ・・・ 沈鬱な心境を辿りながら、彼は飯田町六丁目の家の方へ帰って行った。途々友達のことが胸に浮ぶ。確に老けた。朝に晩に逢う人は、あたかも住慣れた町を眺めるように、近過ぎて反って何の新しい感想も起らないが、稀に面を合せた友達を見ると、実に、驚く・・・<島崎藤村「並木」青空文庫>
  23. ・・・佐吉さんの家へ辿り着いたら、佐吉さんの家には沼津の実家のお母さんがやって来て居ました。私は御免蒙って二階へ上り、蚊帳を三角に釣って寝てしまいました。言い争うような声が聞えたので眼を覚まし、窓の方を見ると、佐吉さんは長い梯子を屋根に立てかけ、・・・<太宰治「老ハイデルベルヒ」青空文庫>
  24. ・・・ 第一日は物部川を渡って野市村の従姉の家で泊まって、次の晩は加領郷泊り、そうして三晩目に室津の町に辿り付いたように思う。翌日は東寺に先祖の一海和尚の墓に参って、室戸岬の荒涼で雄大な風景を眺めたり、昔この港の人柱になって切腹した義人の碑を・・・<寺田寅彦「初旅」青空文庫>
  25. ・・・ 探険の興は勃然として湧起ってきたが、工場地の常として暗夜に起る不慮の禍を思い、わたくしは他日を期して、その夜は空しく帰路を求めて、城東電車の境川停留場に辿りついた。 葛西橋の欄干には昭和三年一月竣工としてある。もしこれより以前に橋・・・<永井荷風「放水路」青空文庫>
  26. ・・・   白露の中にほつかり夜の山 湯元に辿り着けば一人のおのこ袖をひかえていざ給え善き宿まいらせんという。引かるるままに行けばいとむさくろしき家なり。前日来の病もまだ全くは癒えぬにこの旅亭に一夜の寒気を受けんこと気遣わしくやや落胆した・・・<正岡子規「旅の旅の旅」青空文庫>
  27. ・・・何故あのひとたちの生活はあすこに陥ったのだろうかという一節を辿りつめてそこに女を殺している女らしさを見出し、それへの自分の新しい態度をきめて行こうとするよりは、多くの場合ずっと手前のところで止ってしまうと思う。ああはなりたくないと思う、そこ・・・<宮本百合子「新しい船出」青空文庫>
  28. ・・・粕壁へわざわざ大掃除見に来たって大笑いしたはいいが、食べる物がないんでしょう、ぺこぺこになってここへ辿りついた訳なんです。――二人でありぎり食べて御飯が足りないって騒いでいたら――どうしたろう、あの婆さん――我々が入って来る時見えませんでし・・・<宮本百合子「九月の或る日」青空文庫>
  29. ・・・ 第一、その一年のうちに物価が安定するどころか、きわめて急速に鰻のぼりの線を辿りはじめました。インフレーション防止のためにいろいろの対策が行われましたが、物価があがるのを防ぐことはできませんでした。いくら働いても給料は物価においつかなく・・・<宮本百合子「今年こそは」青空文庫>
  30. ・・・ぎを捕える芸術の社会性、そのような今日の顕著な人間性のリアリティーをもち得なくなったことから、従来の一部の作家が文学の大衆化を叫び出し、しかも大衆というものの誤った理解から誤った通俗化、低俗化への道を辿りはじめ、文学そのものを腐敗させつつあ・・・<宮本百合子「今日の文学に求められているヒューマニズム」青空文庫>