たばた【田端】例文一覧 23件

  1. ・・・昨十八日午前八時四十分、奥羽線上り急行列車が田端駅附近の踏切を通過する際、踏切番人の過失に依り、田端一二三会社員柴山鉄太郎の長男実彦(四歳が列車の通る線路内に立ち入り、危く轢死を遂げようとした。その時逞しい黒犬が一匹、稲妻のように踏切へ飛び・・・<芥川竜之介「白」青空文庫>
  2. ・・・さういふものゝ僕の住んでゐる田端もやはり東京の郊外である。だから、あんまり愉快ではない。<芥川竜之介「東京に生れて」青空文庫>
  3. ・・・門に立てる松や竹も田端青年団詰め所とか言う板葺きの小屋の側に寄せかけてあった。僕はこう言う町を見た時、幾分か僕の少年時代に抱いた師走の心もちのよみ返るのを感じた。 僕等は少時待った後、護国寺前行の電車に乗った。電車は割り合いにこまなかっ・・・<芥川竜之介「年末の一日」青空文庫>
  4. ・・・ 今朝、上野を出て、田端、赤羽――蕨を過ぎる頃から、向う側に居を占めた、その男の革鞄が、私の目にフト気になりはじめた。 私は妙な事を思出したのである。 やがて、十八九年も経ったろう。小児がちと毛を伸ばした中僧の頃である。……秋の・・・<泉鏡花「革鞄の怪」青空文庫>
  5. ・・・七 田端の月夜 三十六年、支那から帰朝すると間もなく脳貧血症を憂いて暫らく田端に静養していた。病気見舞を兼ねて久しぶりで尋ねると、思ったほどに衰れてもいなかったので、半日を閑談して夜るの九時頃となった。暇乞いして帰ろうとする・・・<内田魯庵「二葉亭余談」青空文庫>
  6. ・・・行かれぬのでなおそう思う。田端辺りでも好い。広々した畑地に霜解けを踏んで、冬枯れの木立の上に高い蒼空を流れる雲でも見ながら、当もなく歩いていたいと思う。いつもは毎日一日役所の殺風景な薄暗い部屋にのみ籠っているし、日曜と云っても余計な調べ物や・・・<寺田寅彦「枯菊の影」青空文庫>
  7. ・・・省線で田端まで行く間にも、田端で大宮行きの汽車を待っている間にも、目に触れるすべてのものがきょうに限って異常な美しい色彩で輝いているのに驚かされた。停車場のくすぶった車庫や、ペンキのはげかかったタンクや転轍台のようなものまでも、小春の日光と・・・<寺田寅彦「写生紀行」青空文庫>
  8. ・・・ 子規の葬式の日、田端の寺の門前に立って会葬者を見送っていた人々の中に、ひどく憔悴したような虚子の顔を見出したことも、思い出すことの一つである。 千駄木町の夏目先生の御宅の文章会で度々一処になった。文章の読み役は多く虚子が勤めた。少・・・<寺田寅彦「高浜さんと私」青空文庫>
  9. ・・・谷中の台地から田端の谷へ面した傾斜地の中腹に沿う彎曲した小路をはいって行って左側に、小さな荒物屋だか、駄菓子屋だかがあって、そこの二階が当時の氏の仮寓になっていた。 店の向かって右の狭苦しい入口からすぐに二階へ上がるのであったかと思う。・・・<寺田寅彦「中村彝氏の追憶」青空文庫>
  10. ・・・ 堤の南は尾久から田端につづく陋巷であるが、北岸の堤に沿うては隴畝と水田が残っていて、茅葺の農家や、生垣のうつくしい古寺が、竹藪や雑木林の間に散在している。梅や桃の花がいかにも田舎らしい趣を失わず、能くあたりの風景に調和して見えるのはこ・・・<永井荷風「放水路」青空文庫>
  11. ・・・何でも去年とか一度卒倒して、しばらく田端辺で休養していたので、今じゃ少しは好いようだとかいう話しであった。「それじゃ、まだ来客謝絶だろう」と冗談半分に聞いて見たら、「まあ……」とか何とか云う返事であった。「それじゃ、行くのはまあ見合せよう」・・・<夏目漱石「長谷川君と余」青空文庫>
  12. ・・・この一行は根岸を出て田端から汽車に乗って、飛鳥山の桜を一見し、それからあるいて赤羽まで往て、かねて碧梧桐が案内知りたる汽車道に出でて土筆狩を始めたそうな。自分らの郷里では春になると男とも女とも言わず郊外へ出て土筆を取ることを非常の楽しみとし・・・<正岡子規「病牀苦語」青空文庫>
  13. ・・・間に小さく故工学博士渡辺 渡邸を挾んで、田端に降る小路越しは、すぐ又松平誰かの何万坪かある廃園になって居た。家の側もすぐ隣は相当な植木屋つづきの有様であった。裏は、人力車一台やっと通る細道が曲りくねって、真田男爵のこわい竹藪、藤堂伯爵の樫の・・・<宮本百合子「犬のはじまり」青空文庫>
  14. ・・・当時一仕事した連中は、何かの便利から、大抵そのうねった路を抜けて、やっちゃばの方へ出たり、田端へ出たりしたものらしい。そういう技術的な専門通路が、からたち垣の一重外を通っているのであるから、自然、うちへも何度か顔を見せぬ君子が出没した。・・・<宮本百合子「からたち」青空文庫>
  15.  田端の高台からずうっとおりて来て、うちのある本郷の高台へのぼるまでの間は、田圃だった。その田圃の、田端よりの方に一筋の小川が流れていた。関東の田圃を流れる小川らしく、流れのふちには幾株かの榛の木が生えていた。二間ばかりもあ・・・<宮本百合子「菊人形」青空文庫>
  16. ・・・ 謙吉さんというのは母の長兄で、アメリカへ行っていて、帰ったら程なく気が変になった。田端の白梅の咲いている日当りよい崖の上に奥さんと暮していて、一日じゅう障子の前に座り、一つ一つと紙に指で穴をあけて、それを見て笑っているという気違いであ・・・<宮本百合子「白藤」青空文庫>
  17. ・・・高崎、大宮以後十二時間の延着で、田端に夜の九時すぎつく。金沢からのり合わせた男、荷もつはあり、自動車はないと云うので、自分がカイ中電燈をもって居るのをだしに、あまり智識もなさそうな男二人をさそい、荷を負わせてつれて行く。自分はAと、もう一人・・・<宮本百合子「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」青空文庫>
  18. ・・・ 動坂の上にたって今日東の方を眺めると、坦々たる田端への大通りの彼方にいかにも近代都市らしい大陸橋が見え、右手には道灌山の茂みの前に大成中学校の建物が見える。それにつづいて上野の森がある。 焼けなかった頃の動坂は、こまかい店のびっし・・・<宮本百合子「田端の汽車そのほか」青空文庫>
  19. ・・・ その時、別に立ち入った話をした訳ではなかったのに、数日後、私は俥に乗って田端の芥川さんの家を訪ねました。その時分、私は内的に苦しんでいて、その訪問も、愚痴を聞いて欲しいというまでに折れてはいなかったが、自分の芸術の上に確乎としている人・・・<宮本百合子「田端の坂」青空文庫>
  20.  小さい二人の男の子と、それよりもすこし大きい女の子とが、ぴったりはりついて目の下にひろがる田端駅の構内をあきず眺めている柵のところは、草のしげったほそい道になっていた。 その細い道は、うねうねとつづいてずっと先まで行っ・・・<宮本百合子「道灌山」青空文庫>
  21. ・・・  十日 髪を洗う   十一日 風の強い、始めての蝉の声       夏らしい日 七月三十一日 福井に来 九月一日 大地震   四日 四時五十分出発   五日 午後九時半 田端   六日 国男より 自筆の手紙・・・<宮本百合子「「伸子」創作メモ(二)」青空文庫>
  22. ・・・夜になると、田端の汽車の汽笛が、つい間近にきこえて来た。「久しぶりで、たっぷり炭をおこしてあげたいけれど、あんまりのぞみがないわ」「いいさ。寒けりゃいくらでも着られるだけ結構なもんだ」 ペンをもったなり口を利いていた重吉は、又つ・・・<宮本百合子「風知草」青空文庫>
  23. ・・・ 順当に行けば午前九時十五分に着くべき列車は十二時間延着で、午後九時過ぎ、やっと田端まで来た。私共の列車が、始めて川口、赤羽間の鉄橋を通過した。その日から、大宮までであった終点が、幸い日暮里までのびたのであった。厳しい警戒の間を事なく家・・・<宮本百合子「私の覚え書」青空文庫>