ため【×溜め】例文一覧 29件

  1. ・・・しかもまた、何だか頭巾に似た怪しげな狐色の帽子を被って、口髭に酒の滴を溜めて傍若無人に笑うのだから、それだけでも鴨は逃げてしまう。 こういうような仕末で、その日はただ十時間ばかり海の風に吹かれただけで、鴨は一羽も獲れずしまった。しかし、・・・<芥川竜之介「鴨猟」青空文庫>
  2. ・・・「これは今朝ほど五味溜めの所に、啼いていた犬でございますよ。――どうしてはいって参りましたかしら。」「お前はちっとも知らなかったの?」「はい、その癖ここにさっきから、御茶碗を洗って居りましたんですが――やっぱり人間眼の悪いと申す・・・<芥川竜之介「奇怪な再会」青空文庫>
  3. ・・・池の周囲はおどろおどろと蘆の葉が大童で、真中所、河童の皿にぴちゃぴちゃと水を溜めて、其処を、干潟に取り残された小魚の泳ぐのが不断であるから、村の小児が袖を結って水悪戯に掻き廻す。……やどかりも、うようよいる。が、真夏などは暫時の汐の絶間にも・・・<泉鏡花「海の使者」青空文庫>
  4. ・・・と襷がけのまま庖丁を、投げ出して、目白鳥を掌に取って据えた婦は目に一杯涙を溜めて、「どうしましょう。」そ、その時だ。試に手水鉢の水を柄杓で切って雫にして、露にして、目白鳥の嘴を開けて含まして、襟をあけて、膚につけて暖めて、しばらくすると、ひ・・・<泉鏡花「二、三羽――十二、三羽」青空文庫>
  5. ・・・そんな比羅絵を、のしかかって描いているのが、嬉しくて、面白くって、絵具を解き溜めた大摺鉢へ、鞠子の宿じゃないけれど、薯蕷汁となって溶込むように……学校の帰途にはその軒下へ、いつまでも立って見ていた事を思出した。時雨も霙も知っている。夏は学校・・・<泉鏡花「縷紅新草」青空文庫>
  6. ・・・ 母は眼に涙を一ぱいに溜めてそういった。民子は身も世もあらぬさまでいきなりにお増の膝へすがりついて泣き泣き、「お増や、お母さんに申訣をしておくれ。私はそんなだいそれた了簡ではない。ゆんべあんなに泣いたは全く私が悪かったから、全く私が・・・<伊藤左千夫「野菊の墓」青空文庫>
  7. ・・・と云ってたけれど、目には涙を溜めてたそうである。 正月の十六日に朝早くお松が年頭に来た時に、自分の喜んだ様子ったら無かったそうである。それは後に母や姉から幾度も聞かせられた。「ねえやは、ようツたアなア、ようツたアなア。ねえやはいまま・・・<伊藤左千夫「守の家」青空文庫>
  8. ・・・われわれは金を溜めることができず、また事業をなすことができない。それからまたそれならばといって、あなたがたがみな文学者になったらば、たぶん活版屋では喜ぶかもしれませぬけれども、社会では喜ばない。文学者の世の中にふえるということは、ただ活版屋・・・<内村鑑三「後世への最大遺物」青空文庫>
  9. ・・・だから、人々は辻は汚ない、けちけちと溜めている、もう十万円も溜めたろうと言っていた。あんなに若いのに金を溜めてどうするのだろう、ボロ家に住んでみすぼらしい服装をして、せっせと溜めてやがる、と軽蔑されていた。 ところが、その彼がある空襲の・・・<織田作之助「鬼」青空文庫>
  10. ・・・俥夫三年の間にちびちび溜めて来たというものの、もとより小資本で、発行部数も僅か三百、初号から三号までは、無料で配り、四号目には、もう印刷屋への払いが出来なかった。のみならず、いかに門前の俥夫だったとはいえ、殆んど無学文盲の丹造の独力では、記・・・<織田作之助「勧善懲悪」青空文庫>
  11. ・・・ たしかに安子は気位が高く、男の子からいじめられたり撲られたりしても、逃げも泣きもせず涙を一杯溜めた白い眼で、いつまでも相手を睨みつけていた。かと思うと、些細なことで気にいらないことがあると、キンキンした疳高い声で泣き、しまいには外行き・・・<織田作之助「妖婦」青空文庫>
  12. ・・・宵のうち人びとが掴まされたビラの類が不思議に街の一と所に吹き溜められていたり、吐いた痰がすぐに凍り、落ちた下駄の金具にまぎれてしまったりする夜更けを、彼は結局は家へ帰らねばならないのだった。「何をしに自分は来たのだ」 それは彼のなか・・・<梶井基次郎「冬の日」青空文庫>
  13. ・・・ 黒竜江にはところどころ結氷を破って、底から上ってくる河水を溜め、荷馬車を引く、咽頭が乾いた馬に水をのませるのを商売とする支那人が現れた。いくら渇を覚えても、氷塊を破って馬に喰わせるわけには行かない。支那人は一回、銅片一文を取って馬に水・・・<黒島伝治「国境」青空文庫>
  14. ・・・それに彼は、いくらか小金を溜めて、一割五分の利子で村の誰れ彼れに貸付けたりしていた。ついすると、小作料を差押えるにもそれが無いかも知れない小作人とは、彼は類を異にしていた。けれども、一家が揃って慾ばりで、宇一はなお金を溜るために健二などゝ一・・・<黒島伝治「豚群」青空文庫>
  15. ・・・そこでまた思い切ってその翌朝、今度は団飯もたくさんに用意する、銭も少しばかりずつ何ぞの折々に叔父に貰ったのを溜めておいたのをひそかに取り出す、足ごしらえも厳重にする、すっかり仕度をしてしまって釜川を背後に、ずんずんずんずんと川上に上った。や・・・<幸田露伴「雁坂越」青空文庫>
  16. ・・・ お新はもう眼に一ぱい涙を溜めていた。その力を籠めた言葉には年老いた母親を思うあわれさがあった。「昨日は俺も見ていた。そうしたら、おばあさんがここのお医者さまに叱られているのさ」 この三吉の子供らしい調子はお新をも婆やをも笑わせ・・・<島崎藤村「ある女の生涯」青空文庫>
  17. ・・・それと同時に胸に一ぱい息を溜めた。そしてその息を唇から外へ洩らすまいとしたが、とうとう力のないうめきになって洩れた。そのうめきのうちに早口に囁くような詞が聞えた。「いやだ、いやだ。」そして両手を隠しから出した。幅の広い鉄で鍛えたような鍛冶職・・・<著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外「鴉」青空文庫>
  18. ・・・でも、買い溜めは、あさましくて、いやだ。履物、六円六十銭。ほかにクリイム、三十五銭。封筒、三十一銭などの買い物をして帰った。 帰って暫くすると、早大の佐藤さんが、こんど卒業と同時に入営と決定したそうで、その挨拶においでになったが、生憎、・・・<太宰治「十二月八日」青空文庫>
  19. ・・・ ある時は顎の間に灰色の泡立った物質をいっぱい溜めている事が眼についた。そして壁を延ばす代りに穴の中へ頭を挿しこんで内部の仕事をやっている事もあった。しかしそれがどういう目的で何をしているのだか自分には分らなかった。 そのうちに私は・・・<寺田寅彦「小さな出来事」青空文庫>
  20. ・・・ でもお芳の方はいくらか溜めているらしかった。 その金瓶楼主が、きっと多勢引率して芝居にくるだろうと、お絹は思っていたので、電話がかかってくると、飛んでいって受話機を取った。「芳沢さんや」お絹がかけ手の声をきくと、そう言って笑い・・・<徳田秋声「挿話」青空文庫>
  21. ・・・涙を溜めてもいなかった。だが、俺を一度でおどかしやがった。フン、俺も大分焼が廻ったな。あんな小僧っ子の事で、何だ、グズグズ気をとられてるなんて、他事 汽車が、速度をゆるめた。彼は、眠った風をして、プラットフォームに眼を配った。プラットフ・・・<葉山嘉樹「乳色の靄」青空文庫>
  22. ・・・ ひろ子が笑い涙を溜めながら囃した。「こんな嫁はんあらへん――親出や、親出や」「階下へいて見せたろ」「――一寸待って、何ぞ頭へ被らなあかへんわ、ええもんがある、ええもんがある」 その上に姉様かぶりを手拭でさせられた章子を・・・<宮本百合子「高台寺」青空文庫>
  23. ・・・金持というのが漫画にあるように袋に金を詰めて金庫に溜めて、金鎖の太いのをお腹の上にたらしているような罪のないものならば、漫画にしておけばすむのですけれども、本当の資本家というのはそれはそれは抜け目がない。私共がわずかのお金で魔法みたいにして・・・<宮本百合子「幸福の建設」青空文庫>
  24. ・・・私が大きな楡の樹蔭の三階で、段々近眼に成りながら、緩々と物を書き溜めて居るうちに、自然は確実な流転を続けて居ります。今も恐るべき単調さで降りしきって居る雨が晴れたら、地上はきっともう秋に成って居りますでしょう、雨が好きな私も、毎日毎日同じ水・・・<宮本百合子「C先生への手紙」青空文庫>
  25. ・・・何処かで人間らしいあったかい人づきあいを欠いて、やっとこさと金を溜めて、どうやら家を建てるより子供の教育だ、立派な子孫を残すために、小さい碌でもない財産を置くより子供の体にかけようと熱心に貯金していたら、それがどうでしょう、このごろは金の値・・・<宮本百合子「社会と人間の成長」青空文庫>
  26. ・・・ 何とか彼とか理窟をつけて、溜めたくないようなふりをしている者のお仲間入りをしていられるものか。何と云われたってかまわずドシドシ溜れば、それでいいのだ。ああそれでいいのだとも……。 どんな僅かの機会でも、決して見逃すことのない彼女は・・・<宮本百合子「禰宜様宮田」青空文庫>
  27. ・・・燭台の蝋をそっとかき集め、それを鰯の空罐に溜め、少し燈明油を加えて、糸の縛ったのを燈心にした。それは毎夜煖炉の上で燻った燈火となってゴーリキイと本とを照した。本の頁を繰るたびに、弱い赤っぽい焔は揺れ、顫える。ひどく臭く、煙は目にしみた。けれ・・・<宮本百合子「マクシム・ゴーリキイの伝記」青空文庫>
  28. ・・・馬は猫背の横で、水を充分飲み溜めた。ザク、ザク、ザク。       九 馬は馬車の車体に結ばれた。農婦は真先に車体の中へ乗り込むと街の方を見続けた。「乗っとくれやア。」と猫背はいった。 五人の乗客は、傾く踏み段に気を・・・<横光利一「蠅」青空文庫>
  29. ・・・ 吉は飲みかけた湯を暫く口へ溜めて黙っていた。「吉がこの間研いでいましたよ。」と姉は言った。「吉、お前どうした。」 やはり吉は黙って湯をごくりと咽喉へ落し込んだ。「うむ、どうした?」 吉が何時までも黙っていると、・・・<横光利一「笑われた子」青空文庫>