だ‐りょく【惰力】例文一覧 16件

  1. ・・・――いや、苦痛ではない。惰力の法則はいつのまにか苦痛という意識さえ奪ってしまった。彼は毎日無感激にこの退屈そのものに似た断崖の下を歩いている。地獄の業苦を受くることは必ずしも我々の悲劇ではない。我々の悲劇は地獄の業苦を業苦と感ぜずにいること・・・<芥川竜之介「十円札」青空文庫>
  2. ・・・もし止まる余裕がなかったら惰力で自分は石垣から飛び下りなければならなかった。しかし飛び下りるあたりに石があるか、材木があるか、それはその石垣の出っ鼻まで行かねば知ることができなかった。非常な速さでその危険が頭に映じた。 石垣の鼻のザラザ・・・<梶井基次郎「路上」青空文庫>
  3. ・・・ 実際作物の創作心理から考えてみても、考えていたものがただそのままに器械的に文字に書き現わされるのではなくて、むしろ、紙上の文字に現われた行文の惰力が作者の頭に反応して、ただ空で考えただけでは決して思い浮かばないような潜在的な意識を引き・・・<寺田寅彦「科学と文学」青空文庫>
  4. ・・・僕のやうな人間が、もし自然のままの傾向で惰力して行つたら、おそらく辻潤や高橋新吉のやうな本格的のダダイストになつたにちがひない。それが幸ひ一つの昂然たる貴族的精神によつて、今日まで埋没から救はれてるのは、ひとへに全くニイチェから学んだ訓育の・・・<萩原朔太郎「ニイチェに就いての雑感」青空文庫>
  5. ・・・何の事はない、脱線して斜になった機関車が、惰力で二十間も飛んだ、と云った風な歩きっ振りであった。 小林が彼と肩を並べようとする刹那、彼は押し潰した畳みコップのように、ペシャッとそこへ跼った。 小林はハッとした。 と、同時に川上の・・・<葉山嘉樹「坑夫の子」青空文庫>
  6. ・・・動物園から帰って来るとき、谷中のお寺の多いだらだら坂を下りて、惰力のついた足どりでその石橋をわたると、暫く平地で、もう一つ団子坂をのぼらなければ林町の通りへ来られなかった。 藍染川と団子坂との間の右側に、「菊見せんべい」の大きな店があっ・・・<宮本百合子「菊人形」青空文庫>
  7. ・・・に注射をやめようと思ったので、目白の先生に細かく相談しましたところ、それでよいだろうし、薬も整理してメタボリンとレバーと、眼の為のヨード剤位にして、レバーにはAもCも入っているから、幾種類もただ並べて惰力のように薬をのまない方がよいというこ・・・<宮本百合子「獄中への手紙」青空文庫>
  8. ・・・習慣と惰力とが引っぱって来ているしきたり、俗的真理に対置するものとして自分の真理を主張した。真実の自分とは違う自分の肖像が押しつけられそうになると、ジイドは、たといその偽の肖像の方が世間的に有利で通りがよかろうとも、自分から自分を曝露して、・・・<宮本百合子「ジイドとそのソヴェト旅行記」青空文庫>
  9. ・・・荷風の消極の面を白鳥は自身の永年の惰力的な楽なニヒリズムで覆うてしまっているのである。 また、菊池寛のかつぎ出したものに対して、白鳥が、保護を拒絶した態度は興味があるけれども博覧な彼もついに見落していることがある。それは、この地球上には・・・<宮本百合子「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」青空文庫>
  10. ・・・車道を踰えて鋪道にかかったばかりの処だから、頻繁な交通機関をすりぬけるに幾分緊張した交通人達は、大抵一二間ゆとりない惰力的な早足で通り過た。彼等は、勿論薄暗い左手の街路樹の下に、灯もなければ物音も立てず、しんと侘しげな小露店があることさえ殆・・・<宮本百合子「粗末な花束」青空文庫>
  11. ・・・肩よりも高くしげっている草の間を息せききってかけて来て、惰力で、まだ幾分駈け気味に段々とまりかけたとき、唇を開き息をはずまし、遠くまで逃げ終せたうれしさでこっそり笑っている女の子のわたしの前に、いきなり、ひょっこり蓬々と髪をのばした男の、黒・・・<宮本百合子「道灌山」青空文庫>
  12. ・・・ コロコロコロ…… 一層惰力のついたロールは、「石! 早く石、石早く突支え!」 と云う叫びがまだ唇を離れないうちに、今の今まで見えていた人の寝姿を押し隠して、陰気に重々しく二三度ゴロッ、ゴロッと揺り返した。 そして、もう・・・<宮本百合子「禰宜様宮田」青空文庫>
  13. ・・・それをやっと持ちこしてからは一種の惰力で働きつづけて行くという消極のなかで若いこれからの女性は乾いて萎れて行ってはならないと思う。職業なんて、どうせこんなもんだ、そういう気分に陥っては自分の若い貴重な命に対しもったいないと思う。 明日の・・・<宮本百合子「働く婦人の新しい年」青空文庫>
  14. ・・・謂わばそのために却って昔からの偽善的な夫婦生活の惰力を厭っているのである。アンネットは決心をして、婚約の青年と或る期間生活を共にした。母になる可能性を信じるようになって、その青年とは訣れてしまった。 これは作品の第一巻の部分をなしている・・・<宮本百合子「未開の花」青空文庫>
  15. ・・・他のプロドュクチイフの一面においては、かの文士としての生涯の惰力が、わずかに抒情詩と歴史との部分に遺残してウィタ、ミニマを営んでいる。 わたくしは詩を作り歌を詠む。彼は知人の采録するところとなって時々世間に出るが、これは友人某に示すにす・・・<森鴎外「なかじきり」青空文庫>
  16. ・・・それでいて、こんな催しをするのは、彼が忽ち富豪の主人になって、人を凌ぎ世に傲った前生活の惰力ではあるまいか。その惰力に任せて、彼は依然こんな事をして、丁度創作家が同時に批評家の眼で自分の作品を見る様に、過ぎ去った栄華のなごりを、現在の傍観者・・・<森鴎外「百物語」青空文庫>