だん‐りん【×檀林/談林】例文一覧 5件

  1. ・・・が、その末にこの頃は談林発句とやらが流行するから自分も一つ作って見たといって、「月落烏啼霜満天寒さ哉――息を切らずに御読下し被下度候」と書いてあった。当時は正岡子規がマダ学生で世間に顔出しせず、紅葉が淡島寒月にかぶれて「稲妻や二尺八寸ソリャ・・・<内田魯庵「斎藤緑雨」青空文庫>
  2. ・・・今の漫画は俳諧ならば談林風のたわけを尽くしている時代に相当する、遠からず漫画の「正風」を興すものがかえって海のかなたから生まれはしないかという気もする。ほんとうはこれこそ日本人の当然手を着けるべき領域であろう。     映画と国民性・・・<寺田寅彦「映画芸術」青空文庫>
  3. ・・・それが貞門談林を経て芭蕉という一つの大きな淵に合流し融合した観がある。この合流点を通った後に俳諧は再び四方に分散していくつもの別々の細流に分かれたようにも思われる。 一方において記紀万葉以来の詩に現われた民族的国民的に固有な人世観世界観・・・<寺田寅彦「俳諧の本質的概論」青空文庫>
  4. 緒言 芭蕉新たに俳句界を開きしよりここに二百年、その間出づるところの俳人少からず。あるいは芭蕉を祖述し、あるいは檀林を主張し、あるいは別に門戸を開く。しかれどもその芭蕉を尊崇するに至りては衆口一斉に出づるがごとく、檀林等流派を異・・・<正岡子規「俳人蕪村」青空文庫>
  5. ・・・既にその時代、俳諧は大流行していて若殿自身蝉吟という俳号をもって、談林派の俳人季吟の弟子であった。宗房もその相手をし早くから俳諧にはふれていたとみられている。「犬と猿世の中良かれ酉の年」というような句を十四歳頃作ったという云いつたえもある。・・・<宮本百合子「芭蕉について」青空文庫>