ち‐ず〔‐ヅ〕【地図】例文一覧 30件

  1. ・・・人生は彼には東海道の地図のように明かだった。家康は古千屋の狂乱の中にもいつか人生の彼に教えた、何ごとにも表裏のあるという事実を感じない訣には行かなかった。この推測は今度も七十歳を越した彼の経験に合していた。……「さもあろう。」「あの・・・<芥川竜之介「古千屋」青空文庫>
  2. ・・・ 参謀がこう云いかけた時、将軍は地図を持った手に、床の上にある支那靴を指した。「あの靴を壊して見給え。」 靴は見る見る底をまくられた。するとそこに縫いこまれた、四五枚の地図と秘密書類が、たちまちばらばらと床の上に落ちた。二人の支・・・<芥川竜之介「将軍」青空文庫>
  3. ・・・ 燕のたくさん住んでいるのはエジプトのナイルという世界中でいちばん大きな川の岸です――おかあ様に地図を見せておもらいなさい――そこはしじゅう暖かでよいのですけれども、燕も時々はあきるとみえて群れを作ってひっこしをします。ある時その群れの・・・<有島武郎「燕と王子」青空文庫>
  4. ・・・波の恐怖といってはほとんどありません――そのかわり、山の麓の隅の隅が、山扁の嵎といった僻地で……以前は、里からではようやく木樵が通いますくらい、まるで人跡絶えたといった交通の不便な処でございましてな、地図をちょっと御覧なすっても分りますが、・・・<泉鏡花「半島一奇抄」青空文庫>
  5. ・・・自分が何度誘ってもそこへ行こうとは言わなかったことや、それから自分が執こく紙と鉛筆で崖路の地図を書いて教えたことや、その男の頑なに拒んでいる態度にもかかわらず、彼にも自分と同じような欲望があるにちがいないとなぜか固く信じたことや――そんなこ・・・<梶井基次郎「ある崖上の感情」青空文庫>
  6. ・・・ただ地図を見てではこんな空想は浮かばないから、必要欠くべからざるという功績だけはあるが……多分そんな趣旨だったね。ご高説だったが……「――君は僕の気を悪くしようと思っているのか。そう言えば君の顔は僕が毎晩夢のなかで大声をあげて追払うえび・・・<梶井基次郎「海 断片」青空文庫>
  7.      一「武蔵野の俤は今わずかに入間郡に残れり」と自分は文政年間にできた地図で見たことがある。そしてその地図に入間郡「小手指原久米川は古戦場なり太平記元弘三年五月十一日源平小手指原にて戦うこと一日がうちに三十余た・・・<国木田独歩「武蔵野」青空文庫>
  8. ・・・茫漠たる前方にあたって一軒の家屋が見えた。地図を片手に、さぐり/\進んでいた深山軍曹は、もう、命じられた地点に来たと了解した。ところどころに、黒龍江軍の造った塹壕のあとがあった。そこにもみな、土が凍っていた。彼等は、棄てられた一軒の小屋に這・・・<黒島伝治「前哨」青空文庫>
  9. ・・・巻尺を引っ張り、三本の脚の上にのせた、望遠鏡のような測量機でペンキ塗りのボンデンをのぞき、地図に何かを書きつけて、叫んでいた。 英語の記号と、番号のはいった四角の杭が次々に、麦畑の中へ打たれて行った。 麦を踏み折られて、ぶつ/\小言・・・<黒島伝治「浮動する地価」青空文庫>
  10. ・・・昔時はそれでも雁坂越と云って、たまにはその山を越して武蔵へ通った人もあるので、今でも怪しい地図に道路があるように書いてあるのもある。しかしこの釜和原から川上へ上って行くと下釜口、釜川、上釜口というところがあるが、それで行止りになってしまうの・・・<幸田露伴「雁坂越」青空文庫>
  11. ・・・川のむかいは即ち三峰にて、強石は即ち多くの地図に大滝と見えたる村の小名なり。大滝というも贄川というも、水の流れ烈しきより呼び出せる名にて、仮名は違えど贄川は沸川ならんこと疑いなし。いよいよ雲採、白石、妙法の三峰のふもとに来にけりと思いつつ勇・・・<幸田露伴「知々夫紀行」青空文庫>
  12. ・・・ 伊能忠敬は、五十歳から当時三十余歳の高橋作左衛門の門にはいって測量の学をおさめ、七十歳をこえて、日本全国の測量地図を完成した。趙州和尚は、六十歳から参禅・修業をはじめ、二十年をへてようやく大悟・徹底し、以後四十年間、衆生を化度した。釈・・・<幸徳秋水「死刑の前」青空文庫>
  13. ・・・ 伊能忠敬は五十歳から当時三十余歳の高橋左(衛門の門に入って測量の学を修め、七十歳を超えて、日本全国の測量地図を完成した、趙州和尚は、六十歳から參禅修業を始め、二十年を経て漸く大悟徹底し、爾後四十年間、衆生を化度した、釈尊も八十歳までの・・・<幸徳秋水「死生」青空文庫>
  14.      一 本州の北端の山脈は、ぼんじゅ山脈というのである。せいぜい三四百米ほどの丘陵が起伏しているのであるから、ふつうの地図には載っていない。むかし、このへん一帯はひろびろした海であったそうで、義経が家来たちを連・・・<太宰治「魚服記」青空文庫>
  15. ・・・けれども、また、ふと、いやそんな事は無い。地図で見ても、新潟の近くには佐渡ヶ島一つしか無かった筈だ。きのうの生徒も、皆、誠実な人たちだった。これは、とにかく佐渡に違いないとも思い返してみるのだが、さて、確信は無い。汽船は、容赦なく進む。旅客・・・<太宰治「佐渡」青空文庫>
  16. ・・・ チルナウエルは地図、旅行案内、紹介状、旅行券を受け取った。紹介状はどこで誰に渡せと云うことを、一々はっきり言い附けられた。そして少からぬ金額を旅費として受け取った。最後に暇乞をしようとした時、名所記類を一山授けた。ポルジイは頭痛に病み・・・<著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外「世界漫遊」青空文庫>
  17. ・・・ 巻頭に入れた地図は、足利で生まれ、熊谷、行田、弥勒、羽生、この狭い間にしかがいしてその足跡が至らなかった青年の一生ということを思わせたいと思ってはさんだのであった。 関東平野の人たちの中には、この『田舎教師』を手にしているのをそこ・・・<田山花袋「『田舎教師』について」青空文庫>
  18. ・・・そして地図上のただの線でも、そこの実景を眼の当りに経験すれば、それまでとはまるで違ったものに見えて来る。また特にフィルムの繰り出し方を早めあるいは緩めて見せる事によって色々の知識を授ける事が出来る。例えば植物の生長の模様、動物の心臓の鼓動、・・・<寺田寅彦「アインシュタインの教育観」青空文庫>
  19. ・・・青梅街道を志して自分で地図を見ながら、地理を知らぬ運転手を案内して進行したが、どこまで行ってもなかなか田舎らしい田舎へ出られないのに驚いた。杉並区のはずれでやっとともかくも東京を抜け出すまでが容易でなかった。この町はずれで巡査に呼止められて・・・<寺田寅彦「異質触媒作用」青空文庫>
  20. ・・・ フーン、と私は返辞する。地図で習ったことを思いだすが、太平洋がどれくらい広くて、ハワイという島がどれくらい大きいのか想像つかないからだった。「どうして日本に戻ってきたの?」「日本語を勉強するためにさ」「ヘェ、じゃハワイでは・・・<徳永直「こんにゃく売り」青空文庫>
  21. ・・・さればそれより以前には、浅草から吉原へ行く道は馬道の他は、皆田間の畦道であった事が、地図を見るに及ばずして推察せられる。『たけくらべ』や『今戸心中』のつくられた頃、東京の町にはまだ市区改正の工事も起らず、従って電車もなく、また電話もなか・・・<永井荷風「里の今昔」青空文庫>
  22. ・・・明治八、九年頃までの東京地図には、江戸時代の地図と変りなく、この処に大久保氏の屋敷のあった事がしるされている。 かつてわたくしが籾山庭後君と共に月刊雑誌『文明』なるものを編輯していた時、A氏は深川夜烏という別号を署して、大久保長屋の事を・・・<永井荷風「深川の散歩」青空文庫>
  23. ・・・昔しの人の述作した精神と、今の人の支配を受くる潮流とを地図のように指し示さねばならぬ。要するに一人の事業ではない。一日の事業でもない。 この条項を備えたる人にして始めて、この条項中に差等をつける事を考えてもよいと思う。人力も人を載せる。・・・<夏目漱石「作物の批評」青空文庫>
  24. ・・・と一々明細に説明してやって、例えば東京市の地図が牛込区とか小石川区とか何区とかハッキリ分ってるように、職業の分化発展の意味も区域も盛衰も一目の下に暸然会得できるような仕かけにして、そうして自分の好きな所へ飛び込ましたらまことに便利じゃないか・・・<夏目漱石「道楽と職業」青空文庫>
  25. ・・・「あのね、すぐなくなるって。地図に入れなくてもいいって。あんなもの地図に入れたり消したりしていたら、陸地測量部など百あっても足りないって。おや! 引っくりかえってらあ」「たったいま倒れたんだ」歩哨は少しきまり悪そうに言いました。・・・<宮沢賢治「ありときのこ」青空文庫>
  26. ・・・測量はたしかに面白い。地図を見るのも面白い。ぜんたいここらの田や畑でほんとうの反別になっている処がないと武田先生が云った。それだから仕事の予定も肥料の入れようも見当がつかないのだ。僕はもう少し習ったらうちの田をみんな一枚ずつ測って帳面に綴じ・・・<宮沢賢治「或る農学生の日誌」青空文庫>
  27. ・・・云わば、番地入りの地図として書かれている。それだからこそ、私たちの生活の必要にぴったりと結びついており、生活的関心はトピックに対する最も強い興味であることを証明しているのであると思う。 食糧問題についても、私たちは随分長いこと、分不相応・・・<宮本百合子「合図の旗」青空文庫>
  28. ・・・子爵は奥さんに三省堂の世界地図を一枚買って渡して、電報や手紙が来る度に、鉛筆で点を打ったり線を引いたりして、秀麿はここに著いたのだ、ここを通っているのだと言って聞かせた。 ヨオロッパではベルリンに三年いた。その三年目がエエリヒ・シュミッ・・・<森鴎外「かのように」青空文庫>
  29. ・・・ナポレオンの腹の上では、径五寸の田虫が地図のように猖獗を極めていた。この事実を知っていたものは貞淑無二な彼の前皇后ジョセフィヌただ一人であった。 彼の肉体に植物の繁茂し始めた歴史の最初は、彼の雄図を確証した伊太利征伐のロジの戦の時である・・・<横光利一「ナポレオンと田虫」青空文庫>
  30. ・・・そういう仕方で目の錯覚、物忌み、嗜虐性、喫煙欲というような事柄へも連れて行かれれば、また地図や映画や文芸などの深い意味をも教えられる。我々はそれほどの不思議、それほどの意味を持ったものに日常触れていながら、それを全然感得しないでいたのである・・・<和辻哲郎「寺田寅彦」青空文庫>