ち‐ゆう〔‐イウ〕【知友】例文一覧 10件

  1.      夫人堂 神戸にある知友、西本氏、頃日、摂津国摩耶山の絵葉書を送らる、その音信に、なき母のこいしさに、二里の山路をかけのぼり候。靉靆き渡る霞の中に慈光洽き御姿を拝み候。 しかじかと認められぬ。・・・<泉鏡花「一景話題」青空文庫>
  2. ・・・政治家や実業家には得てこういう人を外らさない共通の如才なさがあるものだが、世事に馴れない青年や先輩の恩顧に渇する不遇者は感激して忽ち腹心の門下や昵近の知友となったツモリに独りで定めてしまって同情や好意や推輓や斡旋を求めに行くと案外素気なく待・・・<内田魯庵「三十年前の島田沼南」青空文庫>
  3. ・・・尾崎は重なる逐客の一人として、伯爵後藤の馬車を駆りて先輩知友に暇乞いしに廻ったが、尾行の警吏が俥を飛ばして追尾し来るを尻目に掛けつつ「我は既に大臣となれり」と傲語したのは最も痛快なる幕切れとして当時の青年に歓呼された。尾崎はその時学堂を愕堂・・・<内田魯庵「四十年前」青空文庫>
  4. ・・・ 陸地測量部の作業に関する項は知友技師梅本豊吉氏の談話によったが、もし誤記があったらそれは筆者の聞き違えである。<寺田寅彦「地図をながめて」青空文庫>
  5. ・・・しかし私の考えでは、不幸の知らせは元来書状でほんとうの意味の知友にのみ出すべきもので、それ以外の人は葬式などがすんで後に聞き伝え、あるいは週刊旬刊でゆっくり知ってもたいしたさしつかえはないはずである。もしも国民の大多数の尊敬しあるいは憎悪す・・・<寺田寅彦「一つの思考実験」青空文庫>
  6. ・・・ 亮の死の報知が伝わった時に、F町の知友たちは並み並みならぬ好意を故人の記念の上に注いでくれた。生前から特別な恩典を与えて心安く療養をさせてくれた学校当局は、さらに最後の光栄を尽くさしてくれた。親しかった人々は追悼会や遺作展覧会を開いて・・・<寺田寅彦「亮の追憶」青空文庫>
  7. ・・・外国へ来ると、その土地によって、長かったり、短かったり、兎に角何等かの肩書ある知友を得ない訳には行かないのだ。 ダーリヤが、ビスケットの皿や砂糖を卓子に出すのを眺めながら、ジェルテルスキーは、「今日、松崎さんが来たよ」と云った。・・・<宮本百合子「街」青空文庫>
  8. ・・・トルストイ、チェホフ、アンドレーエフなどが知友に数えられるようになっていたが、その時分のゴーリキイの風采というものはいつもチェホフを辟易させたルバーシカ一点張で、こんなことさえあった。或る日ゴーリキイがペテルブルグ市中の或る橋を歩いていると・・・<宮本百合子「逝けるマクシム・ゴーリキイ」青空文庫>
  9. ・・・竜池は自ら津国名所と題する小冊子を著して印刷せしめ、これを知友に頒った。これは自分の遊の取巻供を名所に見立てたもので、北渓の画が挿んであった。 文政五年に竜池の妻が男子を生んだ。これは摂津国屋の嗣子で、小字を子之助と云った。文政五年は午・・・<森鴎外「細木香以」青空文庫>
  10. ・・・安倍君と同じ組には魚住影雄、小山鞆絵、宮本和吉、伊藤吉之助、宇井伯寿、高橋穣、市河三喜、亀井高孝などの諸君がいたが、安倍君のほかには漱石に近づいた人はなく、そのあと、私の前後の三、四年の間の知友たちの間にも、一人もなかった。木曜会で初めて近・・・<和辻哲郎「漱石の人物」青空文庫>