ちゅう‐さ【中佐】例文一覧 13件

  1. ・・・…… 将軍に従った軍参謀の一人、――穂積中佐は鞍の上に、春寒の曠野を眺めて行った。が、遠い枯木立や、路ばたに倒れた石敢当も、中佐の眼には映らなかった。それは彼の頭には、一時愛読したスタンダアルの言葉が、絶えず漂って来るからだった。「・・・<芥川竜之介「将軍」青空文庫>
  2. ・・・ この緑雨の死亡自家広告と旅順の軍神広瀬中佐の海軍葬広告と相隣りしていたというはその後聞いた咄であるが、これこそ真に何たる偶然の皮肉であろう。緑雨は恐らく最後のシャレの吐き栄えをしたのを満足して、眼と唇辺に会心の“Sneer”を泛べて苔・・・<内田魯庵「斎藤緑雨」青空文庫>
  3. ・・・英雄広瀬中佐はまだ兵学校の寄宿生であった。 二十五年前には日清、日露の二大戦役が続いて二十年間に有ろうと想像したものは一人も無かった。戦争を予期しても日本が大勝利を得て一躍世界の列強に伍すようになると想像したものは一人も無かった。それを・・・<内田魯庵「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」青空文庫>
  4.  今度の戦で想い出した、多分太沽沖にあるわが軍艦内にも同じような事があるだろうと思うからお話しすると、横須賀なるある海軍中佐の語るには、 わが艦隊が明治二十七年の天長節を祝したのは、あたかも陸兵の華園口上陸を保護するため・・・<国木田独歩「遺言」青空文庫>
  5. ・・・ ――戦死者中福井丸の広瀬中佐および杉野兵曹長の最後はすこぶる壮烈にして、同船の投錨せんとするや、杉野兵曹長は爆発薬を点火するため船艙におりし時、敵の魚形水雷命中したるをもって、ついに戦死せるもののごとく、広瀬中佐は乗員をボートに乗り移・・・<国木田独歩「号外」青空文庫>
  6. ・・・「大隊長殿、中佐殿がおよびです。」 副官が云った。 耳のさきで風が鳴っていた。イワン・ペトロウイチは速力をゆるめた。彼の口ひげから眉にまで、白砂糖のような霜がまぶれついていた。「近松少佐! あの左手の山の麓に群がって居るのは何か・・・<黒島伝治「橇」青空文庫>
  7. ・・・小学校へ行っている時分から広瀬中佐や橘中佐がえらい、国のためには命を捨てなければならないと教えこまれた。旅順攻撃に三万人の兵士たちを殺してしまった乃木大将はえらい神様であると教えこまれた。小学校を出てからも青年訓練所で、また、同じような思想・・・<黒島伝治「入営する青年たちは何をなすべきか」青空文庫>
  8. ・・・それから勲功によって中佐に抜てきされる。……ただ一つ、彼の気に喰わぬことがあった。それは、鉄砲を空に向けて、わざとパルチザンを逃がしてしまった兵タイがあることだった。だが、それは表沙汰にして罰すると、自分の折角の勲功がふいになってしまうのだ・・・<黒島伝治「パルチザン・ウォルコフ」青空文庫>
  9. ・・・父は、現役の陸軍中佐でございますが、ちっともふとらず、おかしなことには、いつまで経っても五尺一寸です。痩せてゆくだけなのです。余ほどくやしいのでしょう。私の頭を撫でて泣きます。ひょっとしたら、私は、ひどく不仕合せの子なのかも知れぬ。私は平和・・・<太宰治「虚構の春」青空文庫>
  10.  あるきわめて蒸し暑い日の夕方であった。神田を散歩した後に須田町で電車を待ち合わせながら、見るともなくあの広瀬中佐の銅像を見上げていた時に、不意に、どこからともなく私の頭の中へ「宣伝」という文字が浮き上がって来た。 それ・・・<寺田寅彦「神田を散歩して」青空文庫>
  11. ・・・ ここまで書いた時に私はふとあの有名な西郷の銅像や広瀬中佐の群像を想い出した。それと同時に、いつかスイスで某将軍の銅像を真赤に塗りつぶして捕えられ罰金を課せられた英国の学生の話を想い出した。……しかしこれは帝展とは何の関係もない事である・・・<寺田寅彦「帝展を見ざるの記」青空文庫>
  12. ・・・おまえはね、この森をはいって行ってアルキル中佐どのにお目にかかる。それからおまえはうんと走って陸地測量部まで行くんだ。そして二人ともこう言うんだ。北緯二十五度東経六厘の処に、目的のわからない大きな工事ができましたとな。二人とも言ってごらん」・・・<宮沢賢治「ありときのこ」青空文庫>
  13. ・・・前には中佐侯爵が住んでいた。それを知らずにリュシアンはかわって反感をもたれてる〔欄外に〕 マクシミリアン・ラマルク 1770―1832 はナポレオン帝政時代の名将軍 七月帝政時代にも反対派代議士として有名 コレラで死 葬式が暴動のキ・・・<宮本百合子「「緑の騎士」ノート」青空文庫>