ち‐よ【千代/千世】例文一覧 22件

  1. ・・・砂山に生え交る、茅、芒はやがて散り、はた年ごとに枯れ果てても、千代万代の末かけて、巌は松の緑にして、霜にも色は変えないのである。 さればこそ、松五郎。我が勇しき船頭は、波打際の崖をたよりに、お浪という、その美しき恋女房と、愛らしき乳児を・・・<泉鏡花「海異記」青空文庫>
  2. ・・・京千代さんの、鴾さんと、一座で、お前さんおいでなすった……」「ああ、そう……」 夢のように思出した。つれだったという……京千代のお京さんは、もとその小浜屋に芸妓の娘分が三人あった、一番の年若で。もうその時分は、鴾の細君であった。鴾氏・・・<泉鏡花「開扉一妖帖」青空文庫>
  3. ・・・ 呼ぶのは嫂お千代だ。おとよは返辞をしない。しないのではない、できないのだ。何の用で呼ぶかという事は解ってるからである。「おとよさん、おとッつさんが呼んでいますよ」 枝折戸の近くまで来てお千代は呼ぶ。「ハイ」 おとよは押・・・<伊藤左千夫「春の潮」青空文庫>
  4. ・・・「実は大事にしまってあることはしまってありますが、お千代が渡してくれるなと言っていましたから――」「千代は私の家内です、そんな言い分は立ちません」「それでは出しますから」と、母は鍵を持って来て、そッけなく僕の前に置き、台どころの・・・<岩野泡鳴「耽溺」青空文庫>
  5. ・・・ 三人は毎朝里村千代という若い娘が馭者をしている乗合馬車に乗って町の会社へ出掛けて夕方帰って来るが、その間小隊長は一人留守番をしなくてはならなかった。ある日、三人が帰ってみると、小隊長がいない。迷子になったのかと、三人のうちあわて者の照・・・<織田作之助「電報」青空文庫>
  6. ・・・ 赤児はお光と名づけ、もう乳ばなれするころだったゆえ、乳母の心配もいらず、自分の手一つで育てて四つになった夏、ちょうど江戸の黒船さわぎのなかで登勢は千代を生んだ。千代が生まれるとお光は継子だ。奉公人たちはひそかに残酷めいた期待をもったが・・・<織田作之助「螢」青空文庫>
  7. ・・・総領の新太郎は道楽者で、長女のおとくは埼玉へ嫁いだから、両親は職人の善作というのを次女の千代の婿養子にして、暖簾を譲る肚を決め、祝言を済ませたところ、千代に男があったことを善作は知り、さまざま揉めた揚句、善作は相模屋を去ってしまった――。・・・<織田作之助「妖婦」青空文庫>
  8. ・・・ 六歳の時、關雪江先生の御姉様のお千代さんと云う方に就いて手習を始めた。此方のことは佳人伝というものに出て居る、雪江先生のことは香亭雅談其他に出て居る。父も兄も皆雪江先生に学んだので、其縁で小さいけれども御厄介になったのです。随分大勢習・・・<幸田露伴「少年時代」青空文庫>
  9. ・・・ 三重吉の小説によると、文鳥は千代千代と鳴くそうである。その鳴き声がだいぶん気に入ったと見えて、三重吉は千代千代を何度となく使っている。あるいは千代と云う女に惚れていた事があるのかも知れない。しかし当人はいっこうそんな事を云わない。自分・・・<夏目漱石「文鳥」青空文庫>
  10. ・・・「ああッ、お千代に済まないなア。何と思ッてるだろう。横浜に行ッてることと思ッてるだろうなア。すき好んで名代部屋に戦えてるたア知らなかろう。さぞ恨んでるだろうなア。店も失くした、お千代も生家へ返してしまッた――可哀そうにお千代は生家へ返し・・・<広津柳浪「今戸心中」青空文庫>
  11. ・・・ 千代は、いると定ると、牛込の宿に行って荷物を取って来た。大きくもない風呂敷包み一つが、美しいその娘の全財産であるらしかった。三畳の小部屋に其を片づけて仕舞うと、彼女は立って台所に来た。 さほ子はメリケン粉をこねながら、千代が、来た・・・<宮本百合子「或る日」青空文庫>
  12. ・・・             * 由子はお千代ちゃんという友達を持っていた。由子の唯一の仲よしであった。由子が小学校の六年の時、お千代ちゃんは五年で、仲よしになったのはどんな動機からであったか、由子はもう思い出せない。六年と五年の女生徒・・・<宮本百合子「毛の指環」青空文庫>
  13. ・・・文相天野貞祐が、各戸に日の丸の旗をかかげさせ、「君が代は千代に八千代にさざれ石の、巖となりて苔のむすまで」と子供の科学では解釈のつかない歌を歌わせたとして、ピチピチと生きてはずんで刻々の現実をよいまま、わるいままに映している子供の心に、何か・・・<宮本百合子「修身」青空文庫>
  14. ・・・原稿紙に香水を匂わせるという優にやさしい堤千代も、吉屋信子も、林芙美子も、女の作家ながらその方面の活躍では目ざましかった。 このように文化が戦争の宣伝具とされた時期、いわゆる純文学はどういう過程を経たかと云えば、周知のとおり、人間本来の・・・<宮本百合子「商売は道によってかしこし」青空文庫>
  15. ・・・ 机が大変よごれたので水色のラシャ紙をきって用うところだけにしき、硯ばこを妹にふみつぶされたから退紅色のところに紫や黄で七草の出て居る千代がみをほそながくきって図学(紙をはりつけて下に敷いた。 水色のところにうき出したように見えてき・・・<宮本百合子「日記」青空文庫>
  16. ・・・平凡社から『宇野千代集』と合冊で『中條百合子集』が出版された。一九三一年「三月八日は女の日だ」「スモーリヌイに翻る赤旗」「ソヴェト五ヵ年計画と芸術」その他ソヴェトに関する印象、紹介などを書く。又三月には田村俊子、野上・・・<宮本百合子「年譜」青空文庫>
  17. ・・・同座していられた宇野千代さんが、それに賛成され、本当にそうしたら亭主のことでも悪く書けていい、という意味のことを云われ、私はその時大変困った。辛うじて、自分をも見る目の意味であるというような短かい言葉を註した。場所がら、非人情という私の意味・・・<宮本百合子「パァル・バックの作風その他」青空文庫>
  18. ・・・ 宇野千代氏が、作家尾崎士郎氏との生活をやめた心持も他のことをぬいて、その面からだけ見て、理解しがたいものとは映らなかった。 私はそれ等のことを主として、作家としての完成というものも個人的な立場だけに立っているうちはその可能にどんな・・・<宮本百合子「夫婦が作家である場合」青空文庫>
  19. ・・・しかしながら、作者はその習作においてがんこな農村の親族間のごたごたと、工場監督にはらまされてかえって来た千代という娘の悲惨を描こうとしている。千代に、「私……私がわるいんじゃないんです。みんな、あの監督さんがわるいんです」と云わせている作者・・・<宮本百合子「見落されている急所」青空文庫>
  20. ・・・元禄時代には、辛うじて俳句の世界で加賀の千代、その他数名の優れた女性達が現われた。けれども、小説というような、社会に対する客観的な眼、自分の生活に対する省察と洞察とを要求されるような精神上の労作は、封建の数百年間、日本婦人の可能から、奪われ・・・<宮本百合子「私たちの建設」青空文庫>
  21. ・・・二男鶴千代は小さいときから立田山の泰勝寺にやってある。京都妙心寺出身の大淵和尚の弟子になって宗玄といっている。三男松之助は細川家に旧縁のある長岡氏に養われている。四男勝千代は家臣南条大膳の養子になっている。女子は二人ある。長女藤姫は松平周防・・・<森鴎外「阿部一族」青空文庫>
  22. ・・・彼の著として伝わっている『仮名性理』あるいは『千代もと草』は、平易に儒教道徳を説いたものであるが、しかし実は、彼の著書であるかどうか不明のものである。同じ書は『心学五倫書』という題名のもとに無署名で刊行されていた。初めは熊沢蕃山が書いたと噂・・・<和辻哲郎「埋もれた日本」青空文庫>