ちょう‐ちん〔チヤウ‐〕【灯】例文一覧 30件

  1. ・・・兵衛はまず供の仲間が、雨の夜路を照らしている提灯の紋に欺かれ、それから合羽に傘をかざした平太郎の姿に欺かれて、粗忽にもこの老人を甚太夫と誤って殺したのであった。 平太郎には当時十七歳の、求馬と云う嫡子があった。求馬は早速公の許を得て、江・・・<芥川竜之介「或敵打の話」青空文庫>
  2. ・・・と、大きく墨をなすったような両国橋の欄干が、仲秋のかすかな夕明りを揺かしている川波の空に、一反り反った一文字を黒々とひき渡して、その上を通る車馬の影が、早くも水靄にぼやけた中には、目まぐるしく行き交う提灯ばかりが、もう鬼灯ほどの小ささに点々・・・<芥川竜之介「開化の良人」青空文庫>
  3. ・・・香奠代りの紙包を持って帳場も来た。提灯という見慣れないものが小屋の中を出たり這入ったりした。仁右衛門夫婦の嗅ぎつけない石炭酸の香は二人を小屋から追出してしまった。二人は川森に付添われて西に廻った月の光の下にしょんぼり立った。 世話に来た・・・<有島武郎「カインの末裔」青空文庫>
  4. ・・・とにかく自分の現在の生活が都合よくはこびうるならば、ブルジョアのために、気焔も吐こうし、プロレタリアのために、提灯も持とうという種類の人である。そしてその人の芸術は、当代でいえば、その人をプティ・ブルジョアにでも仕上げてくれれば、それで目的・・・<有島武郎「広津氏に答う」青空文庫>
  5. ・・・大きい鮟鱇が、腹の中へ、白張提灯鵜呑みにしたようにもあった。 こん畜生、こん畜生と、おら、じだんだを蹈んだもんだで、舵へついたかよ、と理右衛門爺さまがいわっしゃる。ええ、引からまって点れくさるだ、というたらな。よくねえな、一あれ、あれよ・・・<泉鏡花「海異記」青空文庫>
  6. ・・・ ――まさか、そんな事はあるまい、まだ十時だ―― が、こうした事に、もの馴れない、学芸部の了簡では、会場にさし向う、すぐ目前、紅提灯に景気幕か、時節がら、藤、つつじ。百合、撫子などの造花に、碧紫の電燈が燦然と輝いて――いらっしゃい―・・・<泉鏡花「開扉一妖帖」青空文庫>
  7. ・・・ 妻のいうままに自分は提灯を照らして池を見た。池には竹垣をめぐらしてある。東の方の入口に木戸を作ってあるのが、いつかこわれてあけ放しになってる。ここからはいったものに違いない。せめてこの木戸でもあったらと切ない思いが胸にこみあげる。連日・・・<伊藤左千夫「奈々子」青空文庫>
  8. ・・・風が強く吹き出し雨を含んだ空模様は、今にも降りそうである。提灯を車の上に差出して、予を載せようとする車屋を見ると、如何にも元気のない顔をして居る。下ふくれの青白い顔、年は二十五六か、健康なものとはどうしても見えない。予は深く憐れを催した。家・・・<伊藤左千夫「浜菊」青空文庫>
  9. ・・・ 私は暗い路ばたに悄り佇んで、独り涙含んでいたが、ふと人通りの途絶えた向うから車の轍が聞えて、提灯の火が見えた。こちらへ近いてくるのを見ると、年の寄った一人の車夫が空俥を挽いている。私は人懐しさにいきなり声を懸けた。 先方は驚いて立・・・<小栗風葉「世間師」青空文庫>
  10. ・・・ 駅をでると、いきなり暗闇につつまれた。 提灯が物影から飛び出して来た。温泉へ来たのかという意味のことを訊かれたので、そうだと答えると、もういっぺんお辞儀をして、「お疲れさんで……」 温泉宿の客引きだった。頭髪が固そうに、胡・・・<織田作之助「秋深き」青空文庫>
  11. ・・・そこは献納提灯がいくつも掛っていて、灯明の灯が揺れ、線香の火が瞬き、やはり明るかったが、しかし、ふと暗い隅が残っていたりして、道頓堀の明るさと違います。浜子は不動明王の前へ灯明をあげて、何やら訳のわからぬ言葉を妙な節まわしで唱えていたかと思・・・<織田作之助「アド・バルーン」青空文庫>
  12. ・・・「ぐるりに人がたくさん集まって見ていましたよ。提灯を借りて男が出て来ましてね。さ、どいてくれよと言って、前の人をどかせて牛を歩かせたんです――みんな見てました……」 姑の貌は強い感動を抑えていた。行一は「よしよし、よしよし」膨ら・・・<梶井基次郎「雪後」青空文庫>
  13. ・・・ その夜私は提灯も持たないで闇の街道を歩いていた。それは途中にただ一軒の人家しかない、そしてその家の燈がちょうど戸の節穴から写る戸外の風景のように見えている、大きな闇のなかであった。街道へその家の燈が光を投げている。そのなかへ突然姿をあ・・・<梶井基次郎「蒼穹」青空文庫>
  14. ・・・香水、クリイム、ピン、水白粉、油、ヘアネット、摺り硝子の扇形の壜、ヘチマ形の壜。提灯形の壜。いろいろさまざまな恰好の壜がはいったボール箱が橇いっぱいに積みこまれた。呉は、その上へアンペラを置いた。そして、その上へ、秣草を入れた麻袋を置いた。・・・<黒島伝治「国境」青空文庫>
  15. ・・・お島の許へ手習に通って来る近所の娘達も、提灯をつけて帰って行った。四辺には早く戸を閉めて寝る家も多い。沈まり返った屋外の方で、高瀬の家のものは誰の声とは一寸見当のつかない呼声を聞きつけた。「高瀬君――」「高瀬、居るか――」 声は・・・<島崎藤村「岩石の間」青空文庫>
  16. ・・・小提灯を消すと、蝋燭から白い煙がふわふわと揚る。「奥さま、今度の狐もやっぱり似とりますわいの」と言ってげらげらと初やが笑う。 饅頭を食べながら話を聞くと、この饅頭屋の店先には、娘に化けて手拭を被った張子の狐が立たせてあった。その狐の・・・<鈴木三重吉「千鳥」青空文庫>
  17. ・・・なぎさに破れた絵日傘が打ち寄せられ、歓楽の跡、日の丸の提灯も捨てられ、かんざし、紙屑、レコオドの破片、牛乳の空瓶、海は薄赤く濁って、どたりどたりと浪打っていた。 緒方サンニハ、子供サンガアッタネ。 秋ニナルト、肌ガカワイテ、ナツカシ・・・<太宰治「ア、秋」青空文庫>
  18. ・・・昼提灯をさげて人を捜した男もあったのである。 しかしこれはあまりに消極的な考えかもしれない。自分はここでそういう古い消極的な独善主義を宣伝しようというのではない。また自然の野山に黙って咲く草木の花のように、ありとあらゆる美しい事、善い事・・・<寺田寅彦「神田を散歩して」青空文庫>
  19. ・・・白日の下に駒を駛せて、政治は馬上提灯の覚束ないあかりにほくほく瘠馬を歩ませて行くというのが古来の通則である。廟堂の諸君は頭の禿げた政治家である。いわゆる責任ある地位に立って、慎重なる態度を以て国政を執る方々である。当路に立てば処士横議はたし・・・<徳冨蘆花「謀叛論(草稿)」青空文庫>
  20. ・・・父はこの淀井を伴い、田崎が先に提灯をつけて、蟲の音の雨かと疑われる夜更の庭をば、二度まで巡回された。私は秋の夜の、如何に冷かに、如何に清く、如何に蒼いものかを知ったのも、生れて此の夜が初めてであった。 母上は其の夜の夜半、夢ではなく、確・・・<永井荷風「狐」青空文庫>
  21. ・・・ところどころの軒下に大きな小田原提灯が見える。赤くぜんざいとかいてある。人気のない軒下にぜんざいはそもそも何を待ちつつ赤く染まっているのかしらん。春寒の夜を深み、加茂川の水さえ死ぬ頃を見計らって桓武天皇の亡魂でも食いに来る気かも知れぬ。・・・<夏目漱石「京に着ける夕」青空文庫>
  22. ・・・ 墓地の松林の間には、白い旗や提灯が、巻かれもしないでブラッと下がっていた。新しいのや中古の卒塔婆などが、長い病人の臨終を思わせるように瘠せた形相で、立ち並んでいた。松の茂った葉と葉との間から、曇った空が人魂のように丸い空間をのぞかせて・・・<葉山嘉樹「死屍を食う男」青空文庫>
  23. ・・・して日一日を送りしことなるが、二、三十年以来、下士の内職なるもの漸く繁盛を致し、最前はただ杉檜の指物膳箱などを製し、元結の紙糸を捻る等に過ぎざりしもの、次第にその仕事の種類を増し、下駄傘を作る者あり、提灯を張る者あり、或は白木の指物細工に漆・・・<福沢諭吉「旧藩情」青空文庫>
  24. ・・・是れ教法の提灯持のみ、小説めいた説教のみ。豈に呼で真の小説となすにたらんや。さはいえ摸写々々とばかりにて如何なるものと論定めておかざれば、此方にも胡乱の所あるというもの。よって試に其大略を陳んに、摸写といえることは実相を仮りて虚相を写し出す・・・<二葉亭四迷「小説総論」青空文庫>
  25. ・・・今宵は地球と箒星とが衝突すると前からいうて居たその夜であったから箒星とも見えたのであろうが、善く見れば鬼灯提灯が夥しくかたまって高くさしあげられて居るのだ。それが浅草の雷門辺であるかと思うほど遠くに見える。今日は二の酉でしかも晴天であるから・・・<正岡子規「熊手と提灯」青空文庫>
  26. ・・・ びっくりして跳ね起きて見ましたら外ではほんとうにひどく風が吹いてうしろの林はまるで咆えるよう、あけがた近くの青ぐろいうすあかりが障子や棚の上の提灯箱や家中いっぱいでした。 一郎はすばやく帯をしてそれから下駄をはいて土間に下り馬屋の・・・<宮沢賢治「風野又三郎」青空文庫>
  27.  七月も一日二日で十日になる。今年も暑気はきびしいように思われる。年々のいろいろな七月、いろいろなあつさを思いかえすうち、不図明るい一つの絵提灯のような色合いでパリの七月十四日の夜が記憶に甦って来た。 一七八九年の七月十・・・<宮本百合子「十四日祭の夜」青空文庫>
  28. ・・・きょうは蒸暑いのに、花火があるので、涼旁見物に出た人が押し合っている。提灯に火を附ける頃、二人は茶店で暫く休んで、汗が少し乾くと、又歩き出した。 川も見えず、船も見えない。玉や鍵やと叫ぶ時、群集が項を反らして、群集の上の花火を見る。・・・<森鴎外「護持院原の敵討」青空文庫>
  29. ・・・飛脚の提灯の火が街の方から帰って来た。びしょ濡れになった犬が首を垂れて、影のように献燈の下を通っていった。 宿の者らの晩餐は遅かった。灸は御飯を食ぺてしまうともう眠くなって来た。彼は姉の膝の上へ頭を乗せて母のほつれ毛を眺めていた。姉は沈・・・<横光利一「赤い着物」青空文庫>
  30. ・・・やっと探り寄ってそこへ掛けようと思う時、丁度外を誰かが硝子提灯を持って通った。火影がちらと映って、自分の掛けようとしている所に、一人の男の寝ている髯面が見えた。フィンクは吃驚して気分がはっきりした。そして糞と云った。その声が思ったより高く一・・・<著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外「白」青空文庫>