・・・ 自由意志と宿命と 兎に角宿命を信ずれば、罪悪なるものの存在しない為に懲罰と云う意味も失われるから、罪人に対する我我の態度は寛大になるのに相違ない。同時に又自由意志を信ずれば責任の観念を生ずる為に、良心の麻痺を免れるから・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ああはたして仁なりや、しかも一人の渠が残忍苛酷にして、恕すべき老車夫を懲罰し、憐むべき母と子を厳責したりし尽瘁を、讃歎するもの無きはいかん。 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・このようにして懲罰ということ以外に何もしらない動物を、極度に感情を押し殺したわずかの身体の運動で立ち去らせるということは、わけのわからないその相手をほとんど懐疑に陥れることによって諦めさすというような切羽つまった方法を意味していた。しかしそ・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・「三等症どころか、懲罰だ。」 どう見ても、わざとの負傷と思われる心配がない、腰に弾丸が填っている初田が毛布からむく/\頭を持上げた。「馬鹿云え、誰れが好んで痛い怪我をする奴があるか!」 彼等は平和だった。希望に輝いてきた。・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・私はすこしく書物を読むようになるが早いか、世に裁判と云い、懲罰と云うものの意味を疑うようになったのも、或は遠い昔の狐退治。其等の記念が知らず知らずの原因になって居たのかも知れない。 永井荷風 「狐」
・・・紡績工場の生活がその労働や懲罰の方法、寄宿舎生活の内容において、どんなに非人道なものであったかということは、「日本の紡績女工のひどさは実に言語道断です」と、明治四十年代に、桑田熊蔵工学博士が議会でアッピールして満場水をうったようになった、と・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・ 監獄では何ぞというと懲罰をくわすのだそうです。革命記念日に嚔をしたと云って懲罰をくったと杉浦啓一が云ったら、みんなドッと笑い傍聴人まで笑いましたが、法官帽の連中はどんよりした顔で別に笑いもしません。大体気力のない様子です。 杉浦啓・・・ 宮本百合子 「共産党公判を傍聴して」
・・・そこで待っているのは、きびしい懲罰であろう。「新しき塩」の中に語られているように、全員に対してお八つぬきが行われ、その憤懣が、はけどころを求めて、脱走した少年を半殺しにするようなこともあるかも知れぬ。しかも、少年らは、逃げる、逃げようと欲し・・・ 宮本百合子 「作品のテーマと人生のテーマ」
・・・彼等の行為が不正であると云うが故に独逸人は懲罰として死を与えられた。其だのに何故自分等は、全く同様の不正の下に、沈黙を守って屈従して居なければならないのか? 独逸人に向ってのみ人道主義は説かれるべきなのだろうか? 相当の頭を持った者は皆、皮・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
出典:青空文庫