つい‐と例文一覧 24件

  1. ・・・踊ることをも忘れて、ついと行ってしまうのである。「おやまあ」と貴夫人が云った。 それでも褐色を帯びた、ブロンドな髪の、残酷な小娘の顔には深い美と未来の霊とがある。 慈悲深い貴夫人の顔は、それとは違って、風雨に晒された跡のように荒・・・<著:アルテンベルクペーター 訳:森鴎外「釣」青空文庫>
  2. ・・・ と膝を割って衝と手を突ッ込む、と水がさらさらと腕に搦んで、一来法師、さしつらりで、ついと退いた、影も溜らず。腕を伸ばしても届かぬ向こうで、くるりと廻る風して、澄ましてまた泳ぐ。「此奴」 と思わず呟いて苦笑した。「待てよ」・・・<泉鏡花「海の使者」青空文庫>
  3. ・・・ とついと立って、「五月雨の……と心持でも濡れましょう。池の菰に水まして、いずれが、あやめ杜若、さだかにそれと、よし原に、ほど遠からぬ水神へ……」 扇子をつかって、トントンと向うの段を、天井の巣へ、鳥のようにひらりと行く。 ・・・<泉鏡花「開扉一妖帖」青空文庫>
  4. ・・・ と釣込まれたように、片袖を頬に当てて、取戻そうと差出す手から、ついと、あとじさりに離れた客は、手拭を人質のごとく、しかと取って、「気味の悪かったのは只今でしたな――この夜ふけに、しかも、ここから、唐突だろう。」 そのまま洗面所・・・<泉鏡花「鷭狩」青空文庫>
  5. ・・・ 通り雨は一通り霽ったが、土は濡れて、冷くて、翡翠の影が駒下駄を辷ってまた映る……片褄端折に、乾物屋の軒を伝って、紅端緒の草履ではないが、ついと楽屋口へ行く状に、肩細く市場へ入ったのが、やがて、片手にビイルの壜、と見ると片手に持った・・・<泉鏡花「古狢」青空文庫>
  6. ・・・ と叫んで、ついと退く、ト脛が白く、横町の暗に消えた。 坊様、眉も綿頭巾も、一緒くたに天を仰いで、長い顔で、きょとんとした。「や、いささかお灸でしたね、きゃッ、きゃッ、」 と笑うて、技師はこれを機会に、殷鑑遠からず、と少しく・・・<泉鏡花「露肆」青空文庫>
  7. ・・・どうぞおかまいなく、お引き取りを、と言うまでもなし……ついと尻を見せて、すたすたと廊下を行くのを、継児のような目つきで見ながら、抱き込むばかりに蓋を取ると、なるほど、二ぜんもり込みだけに汁がぽっちり、饂飩は白く乾いていた。 この旅館が、・・・<泉鏡花「眉かくしの霊」青空文庫>
  8. ・・・小鳥は、娘の手とかごの入り口のところにすきまのあるのを発見しましたので、すばやく身をすぼめて、ついとそこから、外に逃げ出してしまいました。 小鳥は、まず屋根の上に止まりました。そして、これからどっちへ向かって逃げていったらいいかと、しば・・・<小川未明「めくら星」青空文庫>
  9. ・・・ ところが、あくる朝、店のものが戸をあけますと、犬は、もうとくから外へ来てまちうけていたように、ついと店へはいって、うれしそうに尾をふって肉屋のひざにとびつきました。「よし/\/\。分ったよ/\。」と肉屋は犬の両前足をにぎって、外の・・・<鈴木三重吉「やどなし犬」青空文庫>
  10. ・・・ちかくの大きな花束をこしらえさせ、それを抱えて花屋から出て、何だかもじもじしていましたので、私には兄の気持が全部わかり、身を躍らしてその花束をひったくり脱兎の如くいま来た道を駈け戻り喫茶店の扉かげに、ついと隠れて、あの子を呼びました。「・・・<太宰治「兄たち」青空文庫>
  11. ・・・学校のお友達は、急に私によそよそしくなって、それまで一ばん仲の良かった安藤さんさえ、私を一葉さんだの、紫式部さまだのと意地のわるい、あざけるような口調で呼んで、ついと私から逃げて行き、それまであんなにきらっていた奈良さんや今井さんのグルウプ・・・<太宰治「千代女」青空文庫>
  12. ・・・つかまえようとするとついと逃げる。めだかのほうは数千年来人間におどかされて来たが、みずすましのほうは昔から人間に無視されて来たせいではないかと思われる。 蚊ぐらいの大きさのみずすましの子供が百匹以上も群れていたのが、わずか数日の間にもう・・・<寺田寅彦「沓掛より」青空文庫>
  13. ・・・蜻とんぼが足元からついと立って向うの小石の上へとまって目玉をぐるぐるとまわしてまた先の小石へ飛ぶ。小溝に泥鰌が沈んで水が濁った。新屋敷の裏手へ廻る。自分と精とは一町ばかり後をついて行く。北の山へ雲の峰が出て新築の学校の屋根がきらきらしている・・・<寺田寅彦「鴫つき」青空文庫>
  14. ・・・ところが短かい談話で、国民文学記者にコンラッドだけを詳しく話す余地がなかったので、ついと日高君の誤解を招くに至ったのは残念である。 要するに日高君の御説ははなはだごもっともなのである。けれども余のコンラッドを非難した意味、及びこの意味に・・・<夏目漱石「コンラッドの描きたる自然について」青空文庫>
  15. ・・・ 吉里は何も言わず、ついと立ッて廊下へ出た。善吉も座敷着を被ッたまま吉里の後から室を出た。「花魁、お手拭は」と、お熊は吉里へ声をかけた。 吉里は返辞をしない。はや二三間あちらへ行ッていた。「私におくれ」と、善吉は戻ッて手拭を・・・<広津柳浪「今戸心中」青空文庫>
  16. ・・・くろへ腰掛けてこぼこぼはっていく温い水へ足を入れていてついとろっとしたらなんだかぼくが稲になったような気がした。そしてぼくが桃いろをした熱病にかかっていてそこへいま水が来たのでぼくは足から水を吸いあげているのだった。どきっとして眼をさました・・・<宮沢賢治「或る農学生の日誌」青空文庫>
  17. ・・・ 庭へついと、遠い遠い彼方の空の高みから、一羽の小鳥が飛んで来た。すっと、軽捷な線を描いて、傍の檜葉の梢に止った。一枝群を離れて冲って居る緑の頂上に鷹を小型にしたような力強い頭から嘴にかけての輪廓を、日にそむいて居る為、真黒く切嵌めた影・・・<宮本百合子「餌」青空文庫>
  18. ・・・ 心に何もない幼児のように、ついと嘴を押して、ぴったり隣によりついた仲間の羽虫をとってやる。いい心持なのだろう。取られる方は、のびのびと眼をつぶり、頭の上にあおむけ、いつまでもいつまでもという風に喉の下などを任せている。仲間がもうやめに・・・<宮本百合子「小鳥」青空文庫>
  19. ・・・丁度、燕が去年巣をかけた家の軒先を、又今年もついとくぐるような親しさで。 台から台へと廻って歩き、懐が許せば一箇の茶色紙包が、私の腕の下に抱え込まれるだろう。けれども、その楽しい収穫がいつもあるとは定っていない。三度に二度は、空手で出る・・・<宮本百合子「小景」青空文庫>
  20. ・・・こう言い放って、数馬はついと起って館を下がった。 このときの数馬の様子を光尚が聞いて、竹内の屋敷へ使いをやって、「怪我をせぬように、首尾よくいたして参れ」と言わせた。数馬は「ありがたいお詞をたしかに承ったと申し上げて下されい」と言った。・・・<森鴎外「阿部一族」青空文庫>
  21. ・・・こう言ってしまって、ついと出て行った。 こういう因縁があるので、閭は天台の国清寺をさして出かけるのである。   ―――――――――――― 全体世の中の人の、道とか宗教とかいうものに対する態度に三通りある。自分の職業に気を・・・<森鴎外「寒山拾得」青空文庫>
  22. ・・・ふうん、おっ母さんはこんな物を拝んだのですかと云って、ついと立って掛物の前に行って、香炉に立ててある線香を引っこ抜くのだ。己はどうするかと思って見ていたよ。そうすると、兄きは線香の燃えている尖を不動様の目の所に追っ附けて焼き抜きゃがるのだ。・・・<森鴎外「里芋の芽と不動の目」青空文庫>
  23. ・・・と云って、ついと起った。見送りに立つ暇もない。 この坊さんはいつでも飄然として来て飄然として去るのである。 風の音がひゅうと云う。竹が薬缶を持って、急須に湯を差しに来て、「上はすっかり晴れました」と云った。「もうお互に帰ろうじゃ・・・<森鴎外「独身」青空文庫>
  24. ・・・と云って、ついと部屋に帰った。そして将校行李の蓋を開けて、半切毛布に包んだ箱を出した。Havana の葉巻である。石田は平生天狗を呑んでいて、これならどんな田舎に行軍をしても、補充の出来ない事はないと云っている。偶には上等の葉巻を呑む。そし・・・<森鴎外「鶏」青空文庫>