つう‐く【痛苦】例文一覧 28件

  1. ・・・ しかり親仁のいいたるごとく、お通は今に一年間、幽閉されたるこの孤屋に処して、涙に、口に、はた容儀、心中のその痛苦を語りしこと絶えてあらず。修容正粛ほとんど端倪すべからざるものありしなり。されど一たび大磐石の根の覆るや、小石の転ぶがごと・・・<泉鏡花「琵琶伝」青空文庫>
  2. ・・・その酒を飲んでいる間だけが痛苦が忘れられたが、暁方目がさめると、ひとりでに呻き声が出ていた。装飾品といって何一つない部屋の、昼もつけ放しの電灯のみが、侘しく眺められた。 永い間自分は用心して、子を造るまいと思ってきたのに――自然には・・・<葛西善蔵「死児を産む」青空文庫>
  3. ・・・事を決する元来癰を截るがごとし、多少の痛苦は忍ぶべきのみ。此地の温泉は今春以来かく大きなる旅館なども設けらるるようなりしにて、箱館と相関聯して今後とも盛衰すべき好位置に在り。眺望のこれと指して云うべきも無けれど、かの市より此地まであるいは海・・・<幸田露伴「突貫紀行」青空文庫>
  4. ・・・もし死に、嫌悪し、哀弔すべきものがあるとすれば、それは、多くの不慮の死、覚悟なきの死、安心なき死、諸種の妄執・愛着をたちえぬことからする心中の憂悶や、病気や負傷よりする肉体の痛苦をともなう。いまやわたくしは、これらの条件以外の死をとぐべき運・・・<幸徳秋水「死刑の前」青空文庫>
  5. ・・・ちょうことは、必しも嫌悪し忘弔すべきでない、若し死に嫌忌し哀弔すべき者ありとせば、其は多くの不慮の死、覚悟なき死、安心なき死、諸種の妄執・愛着を断ち得ざるよりする心中の憂悶や、病気や負傷よりする肉体の痛苦を伴う死である、今や私は幸いに此等の・・・<幸徳秋水「死生」青空文庫>
  6. ・・・枯野のコスモスに行き逢うと、私は、それと同じ痛苦を感じます。秋の朝顔も、コスモスと同じくらいに私を瞬時窒息させます。 秋ハ夏ト同時ニヤッテ来ル。と書いてある。 夏の中に、秋がこっそり隠れて、もはや来ているのであるが、人は、炎熱にだま・・・<太宰治「ア、秋」青空文庫>
  7. ・・・しかも噂と事ちがって、あまりの痛苦に、私は、思わず、ああっ、と木霊するほど叫んでしまった。楽じゃないなあ、そう呟いてみて、その己れの声が好きで好きで、それから、ふっとたまらなくなって涙を流した。死ぬる直前の心には様様の花の像が走馬燈のように・・・<太宰治「狂言の神」青空文庫>
  8. ・・・しかも、その遊びというのは、自分にとって、地獄の痛苦のヤケ酒と、いやなおそろしい鬼女とのつかみ合いの形に似たる浮気であって、私自身、何のたのしいところも無いのである。また、そのような私の遊びの相手になって、私の饗応を受ける知人たちも、ただは・・・<太宰治「父」青空文庫>
  9. ・・・ああ、君のぼろを見とどけてしまった私の眼を、私自身でくじり取ろうとした痛苦の夜々を、知っているか。 人には、それぞれ天職というものが与えられています。君は、私を嘘つきだと言った。もっと、はっきり言ってごらん。君こそ私をあざむいている。私・・・<太宰治「HUMAN LOST」青空文庫>
  10. ・・・これは痛苦のはじまりである。 いんしゅう、いなばの小兎。淡水でからだを洗い、蒲の毛を敷きつめて、その中にふかふかと埋って寝た。これは、安楽のはじまりであろう。最も日常茶飯事的なるもの「おれは男性である。」この発見。かれは・・・<太宰治「もの思う葦」青空文庫>
  11. ・・・憤怒、悲哀、痛苦を一まとめにしたような顔を曇らせて、不安らしく庭をあちこち歩き廻るのである。異郷の空に語る者もない淋しさ佗しさから気まぐれに拵えた家庭に憂き雲が立って心が騒ぐのだろう。こんな時にはかたくななジュセッポの心も、海を越えて遥かな・・・<寺田寅彦「イタリア人」青空文庫>
  12. ・・・かつて日露戦役に従ってあらゆる痛苦と欠乏に堪えた時の話を同君の口から聞かされてから以来はこういう心配は先ずあるまいと信ずるようになったのである。<寺田寅彦「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」青空文庫>
  13. ・・・そうすると馬は尻尾の痛苦に辟易していななく元気がなくなると書いてある。どうも西洋人のすることは野蛮で残酷である。東洋では枚をふくむという、もっと温和な方法を用いていたのである。同じ注に、欧州大戦のときフランスに出征中のアメリカ軍では驢馬のい・・・<寺田寅彦「俳諧瑣談」青空文庫>
  14. ・・・利爪深くその身に入り、諸の小禽、痛苦又声を発するなし。則ちこれを裂きて擅にたんじきす。或は沼田に至り、螺蛤を啄む。螺蛤軟泥中にあり、心柔にゅうなんにして、唯温水を憶う。時に俄に身、空中にあり、或は直ちに身を破る、悶乱声を絶す。汝等これを食す・・・<宮沢賢治「二十六夜」青空文庫>
  15. ・・・ジャックという一人の人間が、一定の社会史の期間をとおして、その矛盾、その悪、その痛苦につきころがされ、おき上り、また倒れつつ人間の理性を喪わず生きつつある姿として描かれている。ジャックとはちがった生きかたをする父や兄や他のチボー家の人々をも・・・<宮本百合子「生きつつある自意識」青空文庫>
  16. ・・・反対に、日々の労働の痛苦、いまの社会で母性が経験する大小無数の苦労。失業のいたで。生活の安定を見出そうとして階級として努力するその過程にうけている容赦ない政治的な経験などによって、わたしたちの、人民としての階級的なヒューマニティーはますます・・・<宮本百合子「権力の悲劇」青空文庫>
  17. ・・・ファシズムによる第二次大戦は、破壊の残虐と痛苦で人類の心臓を出血させた。そして、きょうになってみれば、生命を奪われ生活を破壊されたものは、どこの国においても人民の老若男女、子供であったことが、いよいよ明瞭である。 日本のなかでの帝国主義・・・<宮本百合子「五〇年代の文学とそこにある問題」青空文庫>
  18. ・・・わたしは一度ならず、女学校時代の思い出の痛苦をかいたから。そしてそれはまざまざと書かれた。 五年生だったとき、一人の同級生が、ある日きれいに薄化粧して来た。朝の第一時間がはじまったとき、担当の年をとった女先生から、その顔をすぐ洗って来る・・・<宮本百合子「歳月」青空文庫>
  19. ・・・マダム・キュリーは小学生だったとき、奪われている母国語についてどんな痛苦を経験したろうか。ワンダ・ワシレフスカヤの文学は、ポーランドの人々が真に人民のいのちを生きる言葉としてポーランド語をとりかえしてゆく一歩一歩の間から生れた。 日本の・・・<宮本百合子「三年たった今日」青空文庫>
  20. ・・・すべての女性が生みの痛苦に耐えうるように。しかし個々の意識人の人生において、経験は蓄積されなければならず、批判・発展が継続してされなければならず、その結果としての閲歴がもたれなければならない。社会の歴史にも同じことが必要である。感性的にだけ・・・<宮本百合子「政治と作家の現実」青空文庫>
  21. ・・・その痛苦から屈従させようと試みられた。ひろ子にしろ、つかまる度に、女の看守長にまで云われることは、重吉の妻になっているな、ということだった。一層軟かく重吉の膝に頭を埋めながら、ひろ子は、「げんまん」 重吉に向って小指をさし出した。・・・<宮本百合子「風知草」青空文庫>
  22. ・・・しかし私は愛と創造と格闘と痛苦との内に――行為の内に自己を捕え得る。そして時には、思わず顔をそむけようとするほどひどく参らされる。私はそれを自己と認めたくない衝動にさえ駆られる。しかし私は絶望する心を鞭うって自己を正視する。悲しみのなかから・・・<和辻哲郎「生きること作ること」青空文庫>
  23. ・・・内心の擾乱をじっと抑えて最後に痛苦を現わす眼のひらめき、えくぼの震えとなる。ベルナアルのように動作と叫び声とで見物の官能を掻き乱し、Shudder を送るというような事はしない。この暗示的な、多くを切り離して重要な一部分を示すという演り方、・・・<和辻哲郎「エレオノラ・デュウゼ」青空文庫>
  24. ・・・官能の悦楽のあとで彼はそのはかなさに苦しまないでいられるか。痛苦を堪え忍ぶ時彼はこの生が生理的偶然に過ぎないという考えを悦ぶことができるか。――この問いに「否」と答える人の多いことはわかっている。しかし「しかり」と答える人もまた多数であるこ・・・<和辻哲郎「『偶像再興』序言」青空文庫>
  25. ・・・岩壁に突き当たって跳ね返えされる痛苦を、歯を食いしばって忍耐する勇気である。我々の血は小さい心臓の内に沸き返っている。我々の筋肉は痛苦の刺激によって緊張を増す。この昇騰の努力を表現しようとする情熱こそは、我々が人類に対する愛の最も大きい仕事・・・<和辻哲郎「創作の心理について」青空文庫>
  26. ・・・熱情、愛、痛苦、憤怒など先生の露骨に現わすことを好まないものが。そうして人々は談笑の間に黙々としてこの中心の重大な意味を受け取るのである。先生がその愛する者に対する愛の発表はおもにこれであった。四 ――先生は「人間」を愛した・・・<和辻哲郎「夏目先生の追憶」青空文庫>
  27. ・・・三 私は痛苦と忍従とを思うごとに、年少のころより眼の底に烙きついているストゥックのベエトォフェンの面を思い出す。暗く閉じた二つの眼の間の深い皺。食いしばった唇を取り巻く荘厳な筋肉の波。それは人類の悩みを一身に担いおおせた悲痛・・・<和辻哲郎「ベエトォフェンの面」青空文庫>
  28. ・・・ わが心霊は肉の痛苦に感触しない。ただ霊の本能に従って思うがままに動く。かの熱烈なる殉教者に見よ。バイロンは「シーヨンの囚人」に七人の雄大なる兄弟を画いた。物暗き牢獄に鉄鎖のとなりつつ十数年の長きを「道義」のために平然として忍ぶ。荘厳なる心・・・<和辻哲郎「霊的本能主義」青空文庫>