つかれ【疲れ】例文一覧 35件

  1. ・・・何でもかすかな記憶によれば、調べ仕事に疲れていたせいか、汽車の中でもふだんのように本を読みなどはしなかったらしい。ただ窓べりによりかかりながら、春めいた山だの畠だのを眺めていたように覚えている。いつか読んだ横文字の小説に平地を走る汽車の音を・・・<芥川竜之介「お時儀」青空文庫>
  2. ・・・興奮のために父の頬は老年に似ず薄紅くなって、長旅の疲れらしいものは何処にも見えなかった。しかしそれだといって少しも快活ではなかった。自分の後継者であるべきものに対してなんとなく心置きのあるような風を見せて、たとえば懲しめのためにひどい小言を・・・<有島武郎「親子」青空文庫>
  3.        一 年紀は少いのに、よっぽど好きだと見えて、さもおいしそうに煙草を喫みつつ、……しかし烈しい暑さに弱って、身も疲れた様子で、炎天の並木の下に憩んでいる学生がある。 まだ二十歳そこらであろう、久留米絣・・・<泉鏡花「瓜の涙」青空文庫>
  4. ・・・僕はよほど精神が疲れてるらしい。 静かに過ぎてきたことを考えると、君もいうようにもとの農業に返りたい気がしてならぬ。君が朝鮮へ行って農業をやりたいというのは、どういう意味かよくわからないが、僕はただしばらくでも精神の安静が得たく、帰農の・・・<伊藤左千夫「去年」青空文庫>
  5. ・・・僕の胸があまり荒んでいて、――僕自身もあんまり疲れているので、――単純な精神上のまよわしや、たわいもない言語上のよろこばせやで満足が出来ない。――同情などは薬にしたくも根が絶えてしまった。 僕は妻のヒステリをもって菊子の毒眼を買い、両方・・・<岩野泡鳴「耽溺」青空文庫>
  6. ・・・それでは阿波の鳴門の渦に巻込まれて底へ底へと沈むようなもんで、頭の疲れや苦痛に堪え切れなくなったので、最後に盲亀の浮木のように取捉まえたのが即ちヒューマニチーであった。が、根柢に構わってるのが懐疑だから、動やともするとヒューマニチーはグラグ・・・<内田魯庵「二葉亭追録」青空文庫>
  7. ・・・ その日は、お姉さまといっしょに海辺で遊び暮らして、疲れた足をひきずって家に帰りました。四 明くる日、露子は窓によって、赤い船はいまごろどこを航海していようかと思っていますと、ちょうどそこへ一羽のつばめが、どこからともな・・・<小川未明「赤い船」青空文庫>
  8. ・・・で、私は見たくもない寺や社や、名ある建物などあちこち見て廻ったが、そのうちに足は疲れる。それに大阪鮨六片でやっと空腹を凌いでいるようなわけで、今度何か食おうにも持合せはもう五厘しかない。むやみに歩き廻って腹ばかり虚かせるのも考えものだ。そこ・・・<小栗風葉「世間師」青空文庫>
  9. ・・・温泉へ来たのかという意味のことを訊かれたので、そうだと答えると、もういっぺんお辞儀をして、「お疲れさんで……」 温泉宿の客引きだった。頭髪が固そうに、胡麻塩である。 こうして客引きが出迎えているところを見ると、こんな夜更けに着く・・・<織田作之助「秋深き」青空文庫>
  10. ・・・ Kは毛布を敷いて、空気枕の上に執筆に疲れた頭をやすめているか、でないとひとりでトランプを切って占いごとをしている。「この暑いのに……」 Kは斯う警戒する風もなく、笑顔を見せて迎えて呉れると、彼は初めてほっとした安心した気持にな・・・<葛西善蔵「子をつれて」青空文庫>
  11. ・・・私の眼蓋にあてがう。快い猫の重量。温かいその蹠。私の疲れた眼球には、しみじみとした、この世のものでない休息が伝わって来る。 仔猫よ! 後生だから、しばらく踏み外さないでいろよ。お前はすぐ爪を立てるのだから。・・・<梶井基次郎「愛撫」青空文庫>
  12. ・・・ 円座を打ち敷きて、辰弥は病後の早くも疲れたる身を休めぬ。差し向いたる梅屋の一棟は、山を後に水を前に、心を籠めたる建てようのいと優なり。ゆくりなく目を注ぎたるかの二階の一間に、辰弥はまたあるものを認めぬ。明け放したる障子に凭りて、こなた・・・<川上眉山「書記官」青空文庫>
  13. ・・・ 泣いたのと暴れたので幾干か胸がすくと共に、次第に疲れて来たので、いつか其処に臥てしまい、自分は蒼々たる大空を見上げていると、川瀬の音が淙々として聞える。若草を薙いで来る風が、得ならぬ春の香を送って面を掠める。佳い心持になって、自分は暫・・・<国木田独歩「画の悲み」青空文庫>
  14. ・・・日々の論議、月々の難、両度の流罪に身疲れ、心いたみ候ひし故にや、此の七八年が間、年々に衰病起り候ひつれども、なのめにて候ひつるが、今年は正月より其の気分出来して、既に一期をはりになりぬべし。其の上齢すでに六十にみちぬ。たとひ十に一、今年は過・・・<倉田百三「学生と先哲」青空文庫>
  15. ・・・彼は疲れて憂欝になっていた。太陽が、地球を見棄ててどっかへとんで行っているような気がした。こんな状態がいつまでもつづけばきっと病気にかかるだろう。――それは、松木ばかりではなかった。同年兵が悉く、ふさぎこみ、疲憊していた。そして、女のところ・・・<黒島伝治「渦巻ける烏の群」青空文庫>
  16. ・・・蟻が塔を造るような遅たる行動を生真面目に取って来たのであるから、浮世の応酬に疲れた皺をもう額に畳んで、心の中にも他の学生にはまだ出来ておらぬ細かい襞が出来ているのであった。しかし大学にある間だけの費用を支えるだけの貯金は、恐ろしい倹約と勤勉・・・<幸田露伴「観画談」青空文庫>
  17. ・・・ 眼下の線路を玩具のような客車が上りになっているこっちへ上ってくるのが見えた。疲れきったようなバシュバシュという音がきこえる。時々寒い朝の呼吸のような白い煙を円くはきながら。       * その暮れ方、土工夫らはいつものように・・・<小林多喜二「人を殺す犬」青空文庫>
  18. ・・・めずらしく気分のよい日が来たあとには、また疲れやすく、眩暈心地のするような日が続いた。毎朝の気分がその日その日の健康を予報する晴雨計だった。私の健康も確実に回復するほうに向かって行ったが、いかに言ってもそれが遅緩で、もどかしい思いをさせた。・・・<島崎藤村「嵐」青空文庫>
  19. ・・・大根を引くので疲れたのかもしれない。小母さんの静かな寝顔をじっと見ていると、自分もだんだんに瞼が重くなる。 千鳥の話は一と夜明ける。 自分は中二階で長い手紙を書いている。藤さんが、「兄さん」と言ってはいってくる。「あのた・・・<鈴木三重吉「千鳥」青空文庫>
  20. ・・・一面の焼野原、市松の浴衣着た女が、たったひとり、疲れてしゃがんでいた。私は、胸が焼き焦げるほどにそのみじめな女を恋した。おそろしい情慾をさえ感じました。悲惨と情慾とはうらはらのものらしい。息がとまるほどに、苦しかった。枯野のコスモスに行き逢・・・<太宰治「ア、秋」青空文庫>
  21. ・・・ 渠はまた一人取り残された。海城から東煙台、甘泉堡、この次の兵站部所在地は新台子といって、まだ一里くらいある。そこまで行かなければ宿るべき家もない。 行くことにして歩き出した。 疲れ切っているから難儀だが、車よりはかえっていい。・・・<田山花袋「一兵卒」青空文庫>
  22. ・・・やがて狂い疲れて樹蔭や草原に眠ってしまう。草原に花をたずねて迷う蜂の唸りが聞える。 日が陰って沼の面から薄糸のような靄が立ち始める。 再び遠くから角笛の音、犬の遠吠えが聞えて来る。ニンフの群はもうどこへ行ったか影も見えない。・・・<寺田寅彦「ある幻想曲の序」青空文庫>
  23. ・・・母と二人、午飯を済まして、一時も過ぎ、少しく待ちあぐんで、心疲れのして来た時、何とも云えぬ悲惨な叫声。どっと一度に、大勢の人の凱歌を上げる声。家中の者皆障子を蹴倒して縁側へ駈け出た。後で聞けば、硫黄でえぶし立てられた獣物の、恐る恐る穴の口元・・・<永井荷風「狐」青空文庫>
  24. ・・・やってる方だって長いのは疲れますからできるだけ労力節約の法則に従って早く切り上げるつもりですから、もう少し辛抱して聴いて下さい。 それで現代の日本の開化は前に述べた一般の開化とどこが違うかと云うのが問題です。もし一言にしてこの問題を決し・・・<夏目漱石「現代日本の開化」青空文庫>
  25. ・・・町には平凡な商家が並び、どこの田舎にも見かけるような、疲れた埃っぽい人たちが、白昼の乾いた街を歩いていた。あの蠱惑的な不思議な町はどこかまるで消えてしまって、骨牌の裏を返したように、すっかり別の世界が現れていた。此所に現実している物は、普通・・・<萩原朔太郎「猫町」青空文庫>
  26. ・・・ 安岡は前夜の睡眠不足でひどく疲れていたので、自習をいいかげんに切り上げて早く床に入った。そして、妙な素振りをする深谷の来る前に眠っちまおうと決心した。「でなけりゃ、とてもやり切れない」 と思った。だが、そう思えば思うほど、なお・・・<葉山嘉樹「死屍を食う男」青空文庫>
  27. ・・・あの広野を女神達が歩いていて、手足の疲れる代りには、尊い草を摘み取って来るのだが、それが何だか我身に近付いて来るように思われる。あの女神達は素足で野の花の香を踏んで行く朝風に目を覚し、野の蜜蜂と明るい熱い空気とに身の周囲を取り巻かれているの・・・<著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外「痴人と死と」青空文庫>
  28. ・・・   刈稲もふじも一つに日暮れけり 韮山をかなたとばかり晩靄の間に眺めて村々の小道小道に人と馬と打ちまじりて帰り行く頃次の駅までは何里ありやと尋ぬれば軽井沢とてなお、三、四里はありぬべしという。疲れたる膝栗毛に鞭打ちてひた急ぎにいそぐ・・・<正岡子規「旅の旅の旅」青空文庫>
  29. ・・・(青金の鉱山できいて来たのですが、何でも鉱山の人たちなども泊 老人はだまってしげしげと二人の疲れたなりを見た。二人とも巨きな背嚢をしょって地図を首からかけて鉄槌を持っている。そしてまだまるでの子供だ。(どっちからお出(郡・・・<宮沢賢治「泉ある家」青空文庫>
  30. ・・・大衆的な某誌は、その反動保守的な編輯方針の中で、色刷り插絵入りで、食い物のこと、悲歎に沈む人妻の涙話、お国のために疲れを忘れる勤労女性の実話、男子の興味をそそる筆致をふくめた産児制限談をのせて来た。 また、或る婦人雑誌はその背後にある団・・・<宮本百合子「合図の旗」青空文庫>