てい‐と【帝都】例文一覧 19件

  1. ・・・ かかる折から、地方巡業の新劇団、女優を主とした帝都の有名なる大一座が、この土地に七日間の興行して、全市の湧くがごとき人気を博した。 極暑の、旱というのに、たといいかなる人気にせよ、湧くの、煮えるのなどは、口にするも暑くるしい。が、・・・<泉鏡花「伯爵の釵」青空文庫>
  2. ・・・ この一夜の歓楽が満都を羨殺し笑殺し苦殺した数日の後、この夜、某の大臣が名状すべからざる侮辱を某の貴夫人に加えたという奇怪な風説が忽ち帝都を騒がした。続いて新聞の三面子は仔細ありげな報道を伝えた。この夜、猿芝居が終って賓客が散じた頃、鹿・・・<内田魯庵「四十年前」青空文庫>
  3. ・・・諸君は、小説家やジャーナリストの筆先に迷って徒らに帝都の美に憧れてはならない。われわれの国の固有の伝統と文明とは、東京よりも却って諸君の郷土に於て発見される。東京にあるものは、根柢の浅い外来の文化と、たかだか三百年来の江戸趣味の残滓に過ぎな・・・<織田作之助「東京文壇に与う」青空文庫>
  4. ・・・事のさいに多くの人がひなんし得る、大公園や、広場や大きな交通路、その他いろいろの地割をきめた上、こみ入ったところには耐火的のたて物以外にはたてさせないように規定して、だんだんに再建築にかかるのですが、帝都として、すっかりととのった東京が再現・・・<鈴木三重吉「大震火災記」青空文庫>
  5. ・・・けれども、旅行者にとってはのんきそうに見えながらも、帝都の人たちはすべて懸命の努力で生きているのだという事を、この北京の客に説明してやろうかしらと、ふと思った。「緊張の足りないところもあるだろうねえ。」私は思っている事と反対の事を言って・・・<太宰治「佳日」青空文庫>
  6. ・・・若がえって、こんどは可成りの額の小遣銭を懐中して、さて、君の友人はどこにいるか、制服制帽を貸してくれるような親しい友人はいないか、と少年に問い、渋谷に、ひとりいるという答を得て、ただちに吉祥寺駅から、帝都電鉄に乗り、渋谷に着いた。私は少し狂・・・<太宰治「乞食学生」青空文庫>
  7. ・・・ 新宿辺も、こんどの戦火で、ずいぶん焼けたけれども、それこそ、ごたぶんにもれず最も早く復興したのは、飲み食いをする家であった。帝都座の裏の若松屋という、バラックではないが急ごしらえの二階建の家も、その一つであった。「若松屋も、眉山が・・・<太宰治「眉山」青空文庫>
  8. ・・・このようにして、白昼帝都のまん中で衆人環視の中に行なわれた殺人事件は不思議にも司直の追求を受けずまた市人の何人もこれをとがむることなしにそのままに忘却の闇に葬られてしまった。実に不可解な現象と言わなければなるまい。 それはとにかく、実に・・・<寺田寅彦「火事教育」青空文庫>
  9. ・・・日ごろからいだいていたこんな考えが昨今カメラをさげて復興帝都の裏河岸を歩いている間にさらにいくらかでも保証されるような気がするのである。 西洋を旅行している間に出会う黄色い顔をした人間が日本人であるかシナ人であるかを判断する一つの簡単な・・・<寺田寅彦「カメラをさげて」青空文庫>
  10. ・・・         十 四、五月頃に新宿駅前から帝都座前までの片側の歩道にヨーヨーを売る老若男女の臨時商人が約二十人居た。それが、七月半ば頃にはもう全く一人も居なくなってしまった。そうしてその頃からマルキシストの転向が新聞紙上・・・<寺田寅彦「KからQまで」青空文庫>
  11. ・・・田舎から出て来たばかりの田吾作が一躍して帝都の檜舞台の立て役者になったようなものである。そうして物理学者としての最高の栄冠が自然にこの東洋学者の頭上を飾ることになってしまった。思うにこの人もやはり少し変わった人である。多数の人の血眼になって・・・<寺田寅彦「時事雑感」青空文庫>
  12. ・・・ 九月一日は帝都の防空演習で丸の内などは仮想敵軍の空襲の焦点となったことと思われる。演習だからよいようなものの、これがほんとうであったらなかなかの難儀である。しかし、もしも丸の内全部が地下百尺の七層街になっていたとしたら、また敵にねらわ・・・<寺田寅彦「地図をながめて」青空文庫>
  13. ・・・現代の新聞のジャーナリズムは幾多の猫又を製造しまた帝都の真中に鬼を躍らせる。新聞の醸成したセンセーショナルな事件は珍しくもない。例えば三原山の火口に人を呼ぶ死神などもみんな新聞の反古の中から生れたものであることは周知のことである。 第三・・・<寺田寅彦「徒然草の鑑賞」青空文庫>
  14. ・・・ 一九〇九年の夏帝都セントピータースバーグを見物した時には大学の理科の先生たちはたいてい休暇でどこかへ旅行していて留守であった。気象台の測器検定室の一隅には聖母像を祭ってあって、それにあかあかとお燈明が上がっていた。イサーク寺では僧正の・・・<寺田寅彦「北氷洋の氷の割れる音」青空文庫>
  15. ・・・その代りに現れる夏の夕べの涼風は実に帝都随一の名物であると思われるのに、それを自慢する江戸子は少ないようである。東京で夕凪の起る日は大抵異常な天候の場合で、その意味で例外である。高知や広島で夕風が例外であると同様である。 どうして高知や・・・<寺田寅彦「夕凪と夕風」青空文庫>
  16. ・・・実に帝都第一の眺めなり。懸茶屋には絹被の芋慈姑の串団子を陳ね栄螺の壼焼などをも鬻ぐ。百眼売つけ髭売蝶売花簪売風船売などあるいは屋台を据ゑあるいは立ちながらに売る。花見の客の雑沓狼藉は筆にも記しがたし。明治三十三年四月十五日の日曜日に向嶋にて・・・<永井荷風「向嶋」青空文庫>
  17. ・・・新宿の帝都座で、モデルの女を雇い大きな額ぶちの後に立ったり臥たりさせ、予め別の女が西洋名画の筆者と画題とを書いたものを看客に見せた後幕を明けるのだという話であった。しかしわたくしが事実目撃したのは去年になってからであった。 戦争前からわ・・・<永井荷風「裸体談義」青空文庫>
  18. ・・・そして十年余も帝都の土を踏まなかった。*1「世代から世代へ、いく世代も。」*2「少くともラテン語は読まなければいけない。」*3「哲学者は煙草を吸わざるべからず。」・・・<西田幾多郎「明治二十四、五年頃の東京文科大学選科」青空文庫>
  19. ・・・ 今年の春は、十年余も足帝都を踏まなかった余が、思いがけなくも或用事のために、東京に出るようになった、着くや否や東圃君の宅に投じた。君と余とは中学時代以来の親友である、殊に今度は同じ悲を抱きながら、久し振りにて相見たのである、単にいつも・・・<西田幾多郎「我が子の死」青空文庫>