てつ‐びん【鉄瓶】例文一覧 30件

  1. ・・・ その晩彼女は長火鉢の前に、ぼんやり頬杖をついたなり、鉄瓶の鳴る音に聞き入っていた。玄象道人の占いは、結局何の解釈をも与えてくれないのと同様だった。いや、むしろ積極的に、彼女が密かに抱いていた希望、――たといいかにはかなくとも、やはり希・・・<芥川竜之介「奇怪な再会」青空文庫>
  2. ・・・その真中に切られた囲炉裡にはそれでも真黒に煤けた鉄瓶がかかっていて、南瓜のこびりついた欠椀が二つ三つころがっていた。川森は恥じ入る如く、「やばっちい所で」といいながら帳場を炉の横座に招じた。 そこに妻もおずおずと這入って来て、恐・・・<有島武郎「カインの末裔」青空文庫>
  3. ・・・その側で鉄瓶のお湯がいい音をたてて煮えていた。 僕にはそこがそんなに静かなのが変に思えた。八っちゃんの病気はもうなおっているのかも知れないと思った。けれども心の中は駈けっこをしている時見たいにどきんどきんしていて、うまく口がきけなかった・・・<有島武郎「碁石を呑んだ八っちゃん」青空文庫>
  4. ・・・右の腕はつけ元まで、二人は、はっと熱かったが、思わず言い合わせたかのごとく、鉄瓶に当って見た。左の手は、ひやりとした。「謹さん、沸しましょうかね。」と軽くいう。「すっかり忘れていた、お庇さまで火もよく起ったのに。」「お湯があるか・・・<泉鏡花「女客」青空文庫>
  5. ・・・火鉢の向うに踞って、その法然天窓が、火の気の少い灰の上に冷たそうで、鉄瓶より低い処にしなびたのは、もう七十の上になろう。この女房の母親で、年紀の相違が五十の上、余り間があり過ぎるようだけれども、これは女房が大勢の娘の中に一番末子である所為で・・・<泉鏡花「国貞えがく」青空文庫>
  6. ・・・ と少し膝を浮かしながら、手元を覗いて憂慮しそうに、動かす顔が、鉄瓶の湯気の陽炎に薄絹を掛けつつ、宗吉の目に、ちらちら、ちらちら。「大丈夫、それこの通り、ちょいちょいの、ちょいちょいと、」「あれ、止して頂戴、止してよ。」 と・・・<泉鏡花「売色鴨南蛮」青空文庫>
  7. ・・・長火鉢に鉄瓶が掛かってある。台所の隣り間で家人の平常飲み食いする所なのだ。是は又余りに失敬なと腹の中に熱いうねりが立つものから、予は平気を装うのに余程骨が折れる。「君夕飯はどうかな。用意して置いたんだが、君があまりに遅いから……」「・・・<伊藤左千夫「浜菊」青空文庫>
  8. ・・・畳一枚ほどに切れている細長い囲炉裡には、この暑いのに、燃木が四、五本もくべてあって、天井から雁木で釣るした鉄瓶がぐらぐら煮え立っていた。「どうも、毎度、子供がお世話になって」と、炉を隔てて僕と相対したお貞婆さんが改まって挨拶をした。・・・<岩野泡鳴「耽溺」青空文庫>
  9. ・・・六畳の室には電燈が吊下っていて、下の火鉢に火が熾に起きている。鉄瓶には湯が煮え沸っていた。小さな机兼食卓の上には、鞄の中から、出された外国の小説と旅行案内と新聞が載っている。私は、此の室の中で、独り臥たり、起きたり、瞑想に耽ったり、本を読ん・・・<小川未明「渋温泉の秋」青空文庫>
  10. ・・・そして、囲炉裏に火を起こして、鉄瓶をかけて、先生たちがいらしたら、お茶をあげる用意をしました。そのうち、もう生徒たちがやってきました。やがて、いつものごとく授業が始まりました。 休みの時間に、彼は、老先生の前へいって、東京へ出る、決心を・・・<小川未明「空晴れて」青空文庫>
  11. ・・・雇い婆はこないだうちからの疲れがあるので、今日は宵の内から二階へ上って寝てしまうし、小僧は小僧でこの二三日の睡不足に、店の火鉢の横で大鼾を掻いている、時計の音と長火鉢の鉄瓶の沸るのが耳立って、あたりはしんと真夜中のよう。 新所帯の仏壇と・・・<小栗風葉「深川女房」青空文庫>
  12. ・・・夜は屋の外の物音や鉄瓶の音に聾者のような耳を澄ます。 冬至に近づいてゆく十一月の脆い陽ざしは、しかし、彼が床を出て一時間とは経たない窓の外で、どの日もどの日も消えかかってゆくのであった。翳ってしまった低地には、彼の棲んでいる家の投影さえ・・・<梶井基次郎「冬の日」青空文庫>
  13. ・・・ 五月十三日 勝手の間に通ってみると、母は長火鉢の向うに坐っていて、可怕い顔して自分を迎えた。鉄瓶には徳利が入れてある。二階は兵士どもの飲んでいる最中。然し思ったより静で、妹お光の浮いた笑声と、これに伴う男の太い声は二人か三人。母は・・・<国木田独歩「酒中日記」青空文庫>
  14. ・・・』 秋山は火鉢に炭をついで、鉄瓶の中へ冷めた煖陶を突っ込んだ。『忘れ得ぬ人は必ずしも忘れてかなうまじき人にあらず、見たまえ僕のこの原稿の劈頭第一に書いてあるのはこの句である。』 大津はちょっと秋山の前にその原稿を差しいだした。・・・<国木田独歩「忘れえぬ人々」青空文庫>
  15. ・・・こんなとき、いつも雑談の中心となるのは、鋳物工で、鉄瓶造りをやっていた、鼻のひくい、剛胆な大西だった。大西は、郷里のおふくろと、姉が、家主に追立てを喰っている話をくりかえした。「俺れが満洲へ来とったって、俺れの一家を助けるどころか家賃を・・・<黒島伝治「前哨」青空文庫>
  16. ・・・湯をと乞うに、主人の妻、少時待ちたまえ、今沸かしてまいらすべしとて真黒なる鉄瓶に水を汲み入るれば、心長き事かなと呆れて打まもるに、そを火の上に懸るとひとしく、主人吹革もて烈しく炭火を煽り、忽地にして熱き茶をすすめくれたる、時に取りておかしく・・・<幸田露伴「知々夫紀行」青空文庫>
  17. ・・・あたりを片付け鉄瓶に湯も沸らせ、火鉢も拭いてしまいたる女房おとま、片膝立てながら疎い歯の黄楊の櫛で邪見に頸足のそそけを掻き憮でている。両袖まくれてさすがに肉付の悪からぬ二の腕まで見ゆ。髪はこの手合にお定まりのようなお手製の櫛巻なれど、身だし・・・<幸田露伴「貧乏」青空文庫>
  18. ・・・そこに大きな火鉢を置いた。鉄瓶の湯はいつでも沸いていた。正木大尉は舶来の刻煙草を巻きに来ることもあるが、以前のようにはあまり話し込まない。幹事室の方に籠って、暇さえあれば独りで手習をした。桜井先生は用にだけ来て、音吉が汲んで出す茶を飲んで、・・・<島崎藤村「岩石の間」青空文庫>
  19. ・・・長火鉢には鉄瓶がかけられ、火がおこっていた。僕は、まずその長火鉢の傍に腰をおちつけて、煙草を吸ったのである。引越したばかりの新居は、ひとを感傷的にするものらしい。僕も、あの額縁の画についての夫婦の相談や、この長火鉢の位置についての争論を思い・・・<太宰治「彼は昔の彼ならず」青空文庫>
  20. ・・・お茶道具と鉄瓶とを持って部屋へかえって来たら、もうすでに馬場と太宰が争っていたのである。 太宰は坊主頭のうしろへ両手を組んで、「言葉はどうでもよいのです。いったいやる気なのかね?」「何をです」「雑誌をさ。やるなら一緒にやってもい・・・<太宰治「ダス・ゲマイネ」青空文庫>
  21. ・・・(立ち上り、縁側に出て、鍋を七輪からおろし、かわりに鉄瓶これからも一生、野中家だ、山本家だ、と互いに意地を張りとおして、そうして、どういう事になるのかな? 僕には、わからん。わからん。あなたも、いまにお嫁さんをおもらいになったら、おわか・・・<太宰治「春の枯葉」青空文庫>
  22. ・・・火鉢の鉄瓶の単調なかすかな音を立てているのだけが、何だか心強いような感じを起させる。眼瞼に蔽いかかって来る氷袋を直しながら、障子のガラス越しに小春の空を見る。透明な光は天地に充ちてそよとの風もない。門の垣根の外には近所の子供が二、三人集まっ・・・<寺田寅彦「枯菊の影」青空文庫>
  23. ・・・とある雨の夜、父は他所の宴会に招かれて更けるまで帰らず、離れの十畳はしんとして鉄瓶のたぎる音のみ冴える。外には程近い山王台の森から軒の板庇を静かにそそぐ雨の音も佗しい。所在なさに縁側の障子に背をもたせて宿で借りた尺八を吹いていた。一しきり襲・・・<寺田寅彦「やもり物語」青空文庫>
  24. ・・・ お絹はいつでもお茶のはいるように、瀟洒な瀬戸の風炉に火をいけて、古風な鉄瓶に湯を沸らせておいた。「こんな風炉どこにあったやろう」道太を見に来た母親は、二階へ上がると、そう言ってその風炉を眺めていた。「茶入れやお茶碗なんか、家に・・・<徳田秋声「挿話」青空文庫>
  25. ・・・今朝埋けた佐倉炭は白くなって、薩摩五徳に懸けた鉄瓶がほとんど冷めている。炭取は空だ。手を敲いたがちょっと台所まで聴えない。立って戸を明けると、文鳥は例に似ず留り木の上にじっと留っている。よく見ると足が一本しかない。自分は炭取を縁に置いて、上・・・<夏目漱石「文鳥」青空文庫>
  26. ・・・ 丁度、デッキと同じ大きさの、熱した鉄瓶の尻と、空気ほどの広さの、赤熱した鉄板と、その間の、******そうでもない。何のこたあない、ストーヴの中のカステラ見たいな、熱さには、ヨウリスだって持たないんだ。 で、水夫たちは、珍らしくも・・・<葉山嘉樹「労働者の居ない船」青空文庫>
  27. ・・・と、小万は懐紙で鉄瓶の下を煽いでいる。 吉里は燭台煌々たる上の間を眩しそうに覗いて、「何だか悲アしくなるよ」と、覚えず腮を襟に入れる。「顔出しだけでもいいんですから、ちょいとあちらへおいでなすッて下さい」と、例のお熊は障子の外から声・・・<広津柳浪「今戸心中」青空文庫>
  28. ・・・朝夕水を用いてその剛軟を論じながら、その水は何物の集まりて形をなしたるものか、その水中に何物を混じ何物を除けば剛水となり、また軟水となるかの証拠を求めず、重炭酸加爾幾は水に混合してその性を剛ならしめ、鉄瓶等の裏面に附着する水垢と称するものは・・・<福沢諭吉「物理学の要用」青空文庫>
  29.  新築地の「建設の明暗」はきっと誰にとっても終りまですらりと観られた芝居であったろうと思う。 廃れてゆく南部鉄瓶工の名人肌の親方新耕堂久作が、古風な職人気質の愛着と意地とをこれまで自分の命をうちこんで来た鉄瓶作りに傾けて・・・<宮本百合子「「建設の明暗」の印象」青空文庫>
  30. ・・・都会の奥様は、日髪、日化粧で、長火鉢の前で鉄瓶の湯気の番人をして居ればすむ様に思って居る。 東京――都会の生活を非常に理想的に考えて居る事、都会に出れば、道傍の石をつかむ様に成功の出来るもの、世話の仕手が四方八方にある様に思う事、食うに・・・<宮本百合子「農村」青空文庫>