て‐もと【手元/手許】例文一覧 30件

  1. ・・・父は眼鏡の上からいまいましそうに彼の手許をながめやった。そして一段歩に要する開墾費のだいたいをしめ上げさせた。「それを百二十七町四段二畝歩にするといくらになるか」 父はなお彼の不器用な手許から眼を放さずにこう追っかけて命令した。そこ・・・<有島武郎「親子」青空文庫>
  2. ・・・ 女房は連りに心急いて、納戸に並んだ台所口に片膝つきつつ、飯櫃を引寄せて、及腰に手桶から水を結び、効々しゅう、嬰児を腕に抱いたまま、手許も上の空で覚束なく、三ツばかり握飯。 潮風で漆の乾びた、板昆布を折ったような、折敷にのせて、カタ・・・<泉鏡花「海異記」青空文庫>
  3. ・・・ という中にも、随分気の確な女、むずかしく謂えば意志が強いという質で、泣かないが蒼くなる風だったそうだから、辛抱はするようなものの、手元が詰るに従うて謂うまじき無心の一つもいうようになると、さあ鰌は遁る、鰻は辷る、お玉杓子は吃驚する。・・・<泉鏡花「葛飾砂子」青空文庫>
  4. ・・・なお更これから先きも手許に置いて面倒を見てやりたいが、それでは世間が承知しない。俺は決してお前を憎むのではないが暫らく余焔の冷めるまで故郷へ帰って謹慎していてもらいたいといって、旅費その他の纏まった手当をくれた。その外に、修養のための書籍を・・・<内田魯庵「三十年前の島田沼南」青空文庫>
  5. ・・・今のうちに手許から離さないと、きっと悪いことがある」と、誠しやかに申したのであります。 年より夫婦は、ついに香具師の言うことを信じてしまいました。それに大金になりますので、つい金に心を奪われて、娘を香具師に売ることに約束をきめてしまった・・・<小川未明「赤い蝋燭と人魚」青空文庫>
  6. ・・・ もう一つ、貧困の時代に、苦しめられたものは、病気の場合であります。手許に、いくらかの金がなくては、医者を迎えることもできない。どんなに近い処でも、医者は俥に乗って来る。その俥代を払はなければならず、そして、薬をもらいに行けば薬代は払っ・・・<小川未明「貧乏線に終始して」青空文庫>
  7. ・・・ 為さんは店の真鍮火鉢を押し出して、火種を貰うと、手元へ引きつけてまず一服。中仕切の格子戸はあけたまま、さらにお光に談しかけるのであった。「お上さん、親方はどんなあんばいですね?」「どうもね、快くないんで困ってしまうわ」「あ・・・<小栗風葉「深川女房」青空文庫>
  8. ・・・ もうあといくらも綱が手許に残っていなくなると、爺さんはいきなりそれで子供の体を縛りつけました。 そして、こう言いました。「坊主。行って来い。俺が行くと好いのだが、俺はちと重過ぎる。ちっとの間の辛抱だ。行って来い。行って梨の実を・・・<小山内薫「梨の実」青空文庫>
  9. ・・・手本が頭にはいりすぎたり、手元に置いて書いたり、模倣これ努めたりしている人たちが、例えば「殺す」と書けばいいところを、みんな「お殺し」と書いたりすれば、まことにおかしな[#「な」は底本では判読不可。268-上-8]ことではないか。 ・・・<織田作之助「大阪の可能性」青空文庫>
  10. ・・・ついては、いつも思うのであるが、今日は同人雑誌の洪水時代で、毎月私の手元へも夥しい小冊子が寄贈される。扨それらの雑誌を見ると、殆んど大部分が東京の出版であり、熟れも此れも皆同じように東京人の感覚を以て物を見たり書いたりしている。彼等のうちに・・・<織田作之助「東京文壇に与う」青空文庫>
  11. ・・・耕吉もこれに励まされて、そのまた翌日、子のない弟夫婦が手許に置きたがった耕太郎を伴れて、郷里へ発ったのであった。三 往来に雪解けの水蒸気の立つ暖かい日の午後、耕吉、老父、耕太郎、久助爺との四人が、久助爺の村に耕吉には恰好の空・・・<葛西善蔵「贋物」青空文庫>
  12. ・・・『幸ちゃん今日はどうかしているよ』とお神さんは言ったが、先生別に返事をしないで立て膝をしながらお神さんの手元をながめていた。お神さんは時田のシャツの破綻を繕っている。 夜食が済むと座敷を取り片付けるので母屋の方は騒いでいたが、それが・・・<国木田独歩「郊外」青空文庫>
  13. ・・・今手元からずっと現われた竿を見ますと、一目にもわかる実に良いものでしたから、その武士も、思わず竿を握りました。吉は客が竿へ手をかけたのを見ますと、自分の方では持切れませんので、 「放しますよ」といって手を放して終った。竿尻より上の一尺ば・・・<幸田露伴「幻談」青空文庫>
  14. ・・・る、轢死する、工場の器機に捲込れて死ぬる、鉱坑の瓦斯で窒息して死ぬる、私慾の為めに謀殺される、窮迫の為めに自殺する、今の人間の命の火は、油の尽きて滅するのでなくて、皆な烈風に吹消さるるのである、私は今手許に統計を有たないけれど、病死以外の不・・・<幸徳秋水「死生」青空文庫>
  15. ・・・殿「いや其の方の手許に置いて宜かろう、授かり物じゃ」 と早々石川様から御家来をもちまして、書面に認め、此の段町奉行所へ訴えました。正直の首に神宿るとの譬で、七兵衞は図らず泥の中から一枚の黄金を獲ましたというお目出度いお話でございます・・・<著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三「梅若七兵衞」青空文庫>
  16. ・・・おげんは一日でも多く小さな甥を自分の手許に引留めて、「おばあさんの側が好い」と言って貰いたかったが、退屈した子供をどうすることも出来なかった。三吉は独りでも家の方へ帰れると言って、次の駅まで二里ばかりは汽車にも乗らずに歩いて行こうとした。こ・・・<島崎藤村「ある女の生涯」青空文庫>
  17. ・・・貸失して彼の手許にも残っていない。とにかく一冊出て来た。それを買って、やがて相川はその店を出た。雨はポツポツ落ちて来た。家へ帰ってから読むつもりであったのを、その晩は青木という大学生に押掛けられた。割合に蚊の居ない晩で、二人で西瓜を食いなが・・・<島崎藤村「並木」青空文庫>
  18. ・・・もし、いま、私の手許に全家族の記念写真でもあったなら、私はこの部屋の床の間に、その写真を飾って置きたいくらいである。人々は、それを見て、きっと、私を羨むだろう。私は、瞬時どんなに得意だろう。私は、その大家族の一人一人に就いて多少の誇張をさえ・・・<太宰治「花燭」青空文庫>
  19. ・・・は檀一雄の手許にあった。檀一雄はなおも川端氏のところへ持って行ったらいいのだがなぞと主張していた。私は切開した腹部のいたみで、一寸もうごけなかった。そのうちに私は肺をわるくした。意識不明の日がつづいた。医者は責任を持てないと、言っていたと、・・・<太宰治「川端康成へ」青空文庫>
  20. ・・・ 明治三十五年の夏の末頃逗子鎌倉へ遊びに行ったときのスケッチブックが今手許に残っている。いろいろないたずら書きの中に『明星』ばりの幼稚な感傷的な歌がいくつか並んでいる。こういう歌はもう二度と作れそうもない。当時二十五歳大学の三年生になっ・・・<寺田寅彦「海水浴」青空文庫>
  21. ・・・それで手許にはそれだけ鋏の入ったのが残っていた訳である。そうとも知らず次に乗車した時にうっかり切符を渡すとこれは鋏が入っていますよと注意されてはなはだきまりの悪い思いをしたそうである。その時の車掌は事柄を全くビジネスとして取扱ったからまだよ・・・<寺田寅彦「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」青空文庫>
  22. ・・・博士問題に関して突然余の手元に届いた一封の書翰は、実にこの隠者が二十余年来の無音を破る価ありと信じて、とくに余のために認めてくれたものと見える。       下 手紙には日常の談話と異ならない程度の平易な英語で、真率に余の学・・・<夏目漱石「博士問題とマードック先生と余」青空文庫>
  23. ・・・凄いものが手元から、すうすうと逃げて行くように思われる。そうして、ことごとく切先へ集まって、殺気を一点に籠めている。自分はこの鋭い刃が、無念にも針の頭のように縮められて、九寸五分の先へ来てやむをえず尖ってるのを見て、たちまちぐさりとやりたく・・・<夏目漱石「夢十夜」青空文庫>
  24. ・・・たまたま他人の知らせによってその子の不身持などの様子を聞けば、これを手元に呼びて厳しく叱るの一法あるのみ。この趣を見れば、学校はあたかも不用の子供を投棄する場所の如し。あるいは口調をよくして「学校はいらぬ子供のすてどころ」といわばなお面白か・・・<福沢諭吉「教育の事」青空文庫>
  25. ・・・子生るれば、父母力を合せてこれを教育し、年齢十歳余までは親の手許に置き、両親の威光と慈愛とにてよき方に導き、すでに学問の下地できれば学校に入れて師匠の教を受けしめ、一人前の人間に仕立ること、父母の役目なり、天に対しての奉公なり。子の年齢二十・・・<福沢諭吉「中津留別の書」青空文庫>
  26. ・・・御意の通りでございます。手元の金子は、すべて、只今ご用立致しております」「いやいや、拙者が借りようと申すのではない。どうじゃ。金貸しは面白かろう」「へい、御冗談、へいへい。御意の通りで」「拙者に少しく不用の金子がある。それに遠国・・・<宮沢賢治「とっこべとら子」青空文庫>
  27. ・・・――膝に開いた本をのせたまま手許に気をとられるので少し唇をあけ加減にとう見こう見刺繍など熱心にしている従妹の横顔を眺めていると、陽子はいろいろ感慨に耽る気持になることがった。夫の純夫の許から離れ、そうして表面自由に暮している陽子が、決して本・・・<宮本百合子「明るい海浜」青空文庫>
  28. ・・・ 一太は長いこと長いこと母親の手許を眺めていてから、そっと、「キャラメル二銭買っとくれよ、おっかちゃん」とねだった。「…………」「ね! 一度っきり、ね?」「駄目だよ」「なぜさ――おととい玉子あんだけ売ったんじゃな・・・<宮本百合子「一太と母」青空文庫>
  29. ・・・光尚も思慮ある大名ではあったが、まだ物馴れぬときのことで、弥一右衛門や嫡子権兵衛と懇意でないために、思いやりがなく、自分の手元に使って馴染みのある市太夫がために加増になるというところに目をつけて、外記の言を用いたのである。 十八人の侍が・・・<森鴎外「阿部一族」青空文庫>
  30. ・・・そこで女房は夫のもらう扶持米で暮らしを立ててゆこうとする善意はあるが、ゆたかな家にかわいがられて育った癖があるので、夫が満足するほど手元を引き締めて暮らしてゆくことができない。ややもすれば月末になって勘定が足りなくなる。すると女房が内証で里・・・<森鴎外「高瀬舟」青空文庫>