てん‐ち【転地】例文一覧 17件

  1. ・・・        五 彼はかれこれ半年の後、ある海岸へ転地することになった。それは転地とは云うものの、大抵は病院に暮らすものだった。僕は学校の冬休みを利用し、はるばる彼を尋ねて行った。彼の病室は日当りの悪い、透き間風の通る二階・・・<芥川竜之介「彼」青空文庫>
  2. ・・・僕はその二、三週間前に転地先の三島からよこした清水の手紙を覚えている。「これは僕の君に上げる最後の手紙になるだろうと思う。僕は喉頭結核の上に腸結核も併発している。妻は僕と同じ病気に罹り僕よりも先に死んでしまった。あとには今年五つになる女・・・<芥川竜之介「追憶」青空文庫>
  3. ・・・「いいえ、わけやないんだそうだけれど、転地しなけりゃ不可ッていうんです。何、症が知れてるの。転地さえすりゃ何でもないって。」「そんならようござんすけれど、そして何時の汽車だッけね。」「え、もうそろそろ。」 と予は椅子を除けて・・・<泉鏡花「誓之巻」青空文庫>
  4.  医者に診せると、やはり肺がわるいと言った。転地した方がよかろうということだった。温泉へ行くことにした。 汽車の時間を勘ちがいしたらしく、真夜なかに着いた。駅に降り立つと、くろぐろとした山の肌が突然眼の前に迫った。夜更け・・・<織田作之助「秋深き」青空文庫>
  5. ・・・「俺は君がそのうちに転地でもするような気になるといいと思うな。正月には帰れと言って来ても帰らないつもりか」「帰らないつもりだ」 珍しく風のない静かな晩だった。そんな夜は火事もなかった。二人が話をしていると、戸外にはときどき小さい・・・<梶井基次郎「冬の日」青空文庫>
  6. ・・・ 二十三歳で一高を退き、病いを養いつつ、海から、山へ、郷里へと転地したり入院したりしつつ、私は殉情と思索との月日を送った。そして二十七歳のときあの作を書いた。 私の青春の悩みと憧憬と宗教的情操とがいっぱいにあの中に盛られている。うる・・・<倉田百三「『出家とその弟子』の追憶」青空文庫>
  7. ・・・五月、六月、七月、そろそろ藪蚊が出て来て病室に白い蚊帳を吊りはじめたころ、私は院長の指図で、千葉県船橋町に転地した。海岸である。町はずれに、新築の家を借りて住んだ。転地保養の意味であったのだが、ここも、私の為に悪かった。地獄の大動乱がはじま・・・<太宰治「東京八景」青空文庫>
  8. ・・・その以前には一週間くらい泊りがけで出かける事にしていたが、そうするときっときまったように誰かが転地先で病気をした。ある年は母がひどい腸加答児に罹って半年ほど後までも祟られた。またある年は父子三人とも熱が出たり腸を害したりして、不安心な怪しげ・・・<寺田寅彦「小さな出来事」青空文庫>
  9. ・・・肺結核でそこに転地しているある人を見舞いに行って一晩泊まった時がちょうど旧暦の盆の幾日かであった。蒸し暑い、蚊の多い、そしてどことなく魚臭い夕靄の上を眠いような月が照らしていた。 貴船神社の森影の広場にほんの五六人の影が踊っていた。どう・・・<寺田寅彦「田園雑感」青空文庫>
  10. ・・・大学の二年から三年にあがった夏休みの帰省中に病を得て一年間休学したが、その期間にもずっと須崎の浜へ転地していたために紅葉の盛りは見そこなった。冬初めに偶然ちょっと帰宅したときに、もうほとんど散ってしまったあとに、わずかに散り残って暗紅色に縮・・・<寺田寅彦「庭の追憶」青空文庫>
  11. ・・・帰ってみると彼の郷里ではチフスが流行していたので家族とともに五マイル離れた Tofts へ転地し、父のレーリー卿がただ一人 Terling に止まっていた。これが動機となって後にこの荘園内にあった「白鳥池」を利用して水道工事が出来、これが後・・・<寺田寅彦「レーリー卿(Lord Rayleigh)」青空文庫>
  12. ・・・ 鶯の声も既に老い、そろそろ桜がさきかけるころ、わたくしはやっと病褥を出たが、医者から転地療養の勧告を受け、学年試験もそのまま打捨て、父につれられて小田原の町はずれにあった足柄病院へ行く事になった。(東京で治療を受けていた医者は神田神保・・・<永井荷風「十六、七のころ」青空文庫>
  13. ・・・「……転地ほど無益なものはない。汽車で明す夜といえば動揺する睡眠に身体も頭も散々な目に逢う。動いて行く箱の中で腰の痛さに目が覚める。皮膚が垢だらけになったような気がする。いろいろな塵が髪と眼の中へ飛込む。すうすう風の這入って来る食堂・・・<永井荷風「夏の町」青空文庫>
  14. ・・・ね、貴方はこれから何処かへ転地なさるのよ」「え? 誰が?」「貴方が転地をなさるのよ」 さほ子は、頭の中から考えを繰り出すように厳かに云った。「お医者に云われたことにするの。私も一緒に行かなければならないから、留守番が入用るで・・・<宮本百合子「或る日」青空文庫>
  15. ・・・成人、大人になった人間の健康状態を良くするという点、それから子供を出来るだけ丈夫に育てること、それには林間学校を拵えたり、工場付属の療養所、それから転地療養、それから現在は病気になっていないけれども、このまま働いて行けば病気になってしまうと・・・<宮本百合子「ソヴェト・ロシアの素顔」青空文庫>
  16. ・・・医者は転地をすすめる。だが「家族と一緒に、彼らのこまごましたわずらわしさを背負って旅行したところで愉快ではない。」マリアはアトリエの隙間風を防ぐために修道僧のようなずきんつきの大外套をこしらえさせた。それを着て、やはり猛烈に仕事をしつづける・・・<宮本百合子「マリア・バシュキルツェフの日記」青空文庫>
  17. ・・・その中に重い病気のためにドイツ語の研究を思い止まって、房州辺の海岸へ転地療養に往くと云うことが書いてあった。私はすぐに返事を遣って慰めた。これは私の手紙としては、最長い手紙で、世間で不治の病と云うものが必ず不治だと思ってはならぬ、安心を得よ・・・<森鴎外「二人の友」青空文庫>