てんのう‐じ〔テンワウ‐〕【天王寺】例文一覧 15件

  1.  天王寺の別当、道命阿闍梨は、ひとりそっと床をぬけ出すと、経机の前へにじりよって、その上に乗っている法華経八の巻を灯の下に繰りひろげた。 切り燈台の火は、花のような丁字をむすびながら、明く螺鈿の経机を照らしている。耳には・・・<芥川竜之介「道祖問答」青空文庫>
  2. ・・・されば、音にも聞かずして、摂津、摩耶山の利天王寺に摩耶夫人の御堂ありしを、このたびはじめて知りたるなり。西本の君の詣でたる、その日は霞の靉靆きたりとよ。……音信の来しは宵月なりけり。     あんころ餅 松任のついでなれば、・・・<泉鏡花「一景話題」青空文庫>
  3. ・・・六十七歳で眠るが如く大往生を遂げた。天王寺墓域内、「吉梵法師」と勒された墓石は今なお飄々たる洒脱の風を語っておる。 椿岳は生前画名よりは奇人で聞えていた。一風変った画を描くのは誰にも知られていたが、極彩色の土佐画や花やかな四条派やあるい・・・<内田魯庵「淡島椿岳」青空文庫>
  4. ・・・しかし、それもお喋りな生れつきの身から出た錆、私としては早く天王寺西門の出会いにまで漕ぎつけて話を終ってしまいたいのですが、子供のころの話から始めた以上乗りかかった船で、おもしろくもない話を当分続けねばなりますまい。しかし、なるべく早く漕ぐ・・・<織田作之助「アド・バルーン」青空文庫>
  5. ・・・軽部は大阪天王寺第×小学校の教員、出世がこの男の固着観念で、若い身空で浄瑠璃など習っていたが、むろん浄瑠璃ぐるいの校長に取りいるためだった。下寺町の広沢八助に入門し、校長の相弟子たる光栄に浴していた。なお校長の驥尾に附して、日本橋五丁目の裏・・・<織田作之助「雨」青空文庫>
  6. ・・・診立て違いということもあるからと、天王寺の市民病院で診てもらうと、果して違っていた。レントゲンをかけ腎臓結核だときまると、華陽堂病院が恨めしいよりも、むしろなつかしかった。命が惜しければ入院しなさいと言われた。あわてて入院した。 附添い・・・<織田作之助「夫婦善哉」青空文庫>
  7. ・・・ 寺田町を西へ折れて、天王寺西門前を南へ行くと、阿倍野橋だ。 途中、すれ違う電車は一台もなかった。よしんばあっても、娘のそんな服装では乗れなかった。焼跡の寂しい道で、人通りは殆どなかったが、かえってもっけの幸いだった。 娘ははだ・・・<織田作之助「夜光虫」青空文庫>
  8. ・・・ その年転じて叡山に遊び、ここを中心として南都、高野、天王寺、園城寺等京畿諸山諸寺を巡って、各宗の奥義を研学すること十余年、つぶさに思索と体験とをつんで知恵のふくらみ、充実するのを待って、三十二歳の三月清澄山に帰った。 かくて智恵と・・・<倉田百三「学生と先哲」青空文庫>
  9. ・・・ 大阪の天王寺の五重塔が倒れたのであるが、あれは文化文政頃の廃頽期に造られたもので正当な建築法に拠らない、肝心な箇所に誤魔化しのあるものであったと云われている。 十月初めに信州へ旅行して颱風の余波を受けた各地の損害程度を汽車の窓から・・・<寺田寅彦「颱風雑俎」青空文庫>
  10. ・・・斎藤月岑の東都歳事記に挙ぐるものを見れば、谷中日暮里の養福寺、経王寺、大行寺、長久院、西光寺等には枝垂桜があり、根津の社内、谷中天王寺と瑞輪寺には名高い八重咲の桜があったと云う。 一昨年の春わたくしは森春濤の墓を掃いに日暮里の経王寺に赴・・・<永井荷風「上野」青空文庫>
  11. ・・・一声の汽笛が高く長く尻を引いて動き出した上野の一番汽車は、見る見る中に岡の裾を繞ッて、根岸に入ッたかと思うと、天王寺の森にその煙も見えなくなッた。 この文を読んで、現在はセメントの新道路が松竹座の前から三ノ輪に達し、また東西には二筋・・・<永井荷風「里の今昔」青空文庫>
  12. ・・・ 一声の汽笛が高く長く尻を引いて動き出した上野の一番汽車は、見る見るうちに岡の裾を繞ッて、根岸に入ッたかと思うと、天王寺の森にその煙も見えなくなッた。 窓の鉄棒を袖口を添えて両手に握り、夢現の界に汽車を見送ッていた吉里は、すでに煙が・・・<広津柳浪「今戸心中」青空文庫>
  13. ・・・ 蕪村とは天王寺蕪の村ということならん、和臭を帯びたる号なれども、字面はさすがに雅致ありて漢語として見られぬにはあらず。俳諧には蕪村または夜半亭の雅名を用うれど、画には寅、春星、長庚、三菓、宰鳥、碧雲洞、紫狐庵等種々の異名ありきとぞ。か・・・<正岡子規「俳人蕪村」青空文庫>
  14. ・・・大阪ではひどい雨に会って、天王寺の会場へゆく道々傘をもたない私共は濡れて歩いたのであったが、稲子さんは、宿をかしてくれた友達のマントを頭からかぶって、足袋にはねをあげまいと努力しながら、いそいで歩いた。私は洋服を着て、その不自由そうな様子を・・・<宮本百合子「窪川稲子のこと」青空文庫>
  15. ・・・しかし、周囲の生活の内容は谷中天王寺町の小さい庭をもった家の中でのものとすっかりちがい、一人の婦人作家を、その日常の生活でカナダにおける移民問題の中へ、第二世問題の中へ押し出した結果となった。 ジュンというノルマル・スクールに通っている・・・<宮本百合子「十月の文芸時評」青空文庫>