でん‐らい【伝来】例文一覧 29件

  1. ・・・おまけに店を囲う物は、江戸伝来の葭簀だった。だから洋食は食っていても、ほとんど洋食屋とは思われなかった。風中は誂えたビフテキが来ると、これは切り味じゃないかと云ったりした。如丹はナイフの切れるのに、大いに敬意を表していた。保吉はまた電燈の明・・・<芥川竜之介「魚河岸」青空文庫>
  2. ・・・これは、元祖から、今の宗家へ伝来したのだと云うが……」 生憎、その内に、僕は小用に行きたくなった。 ――厠から帰って見ると、もう電燈がついている。そうして、いつの間にか「手摺り」の後には、黒い紗の覆面をした人が一人、人形を持って立っ・・・<芥川竜之介「野呂松人形」青空文庫>
  3. ・・・……       三 西明寺――もとこの寺は、松平氏が旧領石州から奉搬の伝来で、土地の町村に檀家がない。従って盆暮のつけ届け、早い話がおとむらい一つない。如法の貧地で、堂も庫裡も荒れ放題。いずれ旧藩中ばかりの石碑だが、苔を剥・・・<泉鏡花「燈明之巻」青空文庫>
  4. ・・・いよいよ着手してから描き終るまでは誰にも会わないで、この画のために亡師椿年から譲られた応挙伝来の秘蔵の大明墨を使用し尽してしまったそうだ。椿岳が一生の大作として如何にこの画に精神を注いだかは想像するに余りがある。幸いこの画は地震の禍いをも受・・・<内田魯庵「淡島椿岳」青空文庫>
  5. ・・・とかいう言葉は今でも折々繰返されてるが、斯ういう軽侮語を口にするものは、今の文学を研究して而して後鑑賞するに足らざるが故に軽侮するのではなくて、多くは伝来の習俗に俘われて小説戯曲其物を頭から軽く見ているからで、今の文学なり作家なりを理解して・・・<内田魯庵「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」青空文庫>
  6. ・・・出版の都度々々書肆から届けさしたという事で、伝来からいうと発行即時の初版であるが現品を見ると三、四輯までは初版らしくない。私の外曾祖父は前にもいう通り、『美少年録』でも『侠客伝』でも皆謄写した気根の強い筆豆の人であったから、『八犬伝』もまた・・・<内田魯庵「八犬伝談余」青空文庫>
  7. ・・・ 債鬼のために、先祖伝来の田地を取られた時にも、おしかはもう愚痴をこぼさなかった。清三は卒業後、両人があてにしていた程の金を儲けもしなければ、送ってくれもしなかった。が、おしかは不服も云わなかった。やはり、息子が今にえらくなるのをあてに・・・<黒島伝治「老夫婦」青空文庫>
  8. ・・・いよいよ驚いた太常は溜息を吐かぬばかりになって、「して君のこの定鼎はどういうところからの伝来である」と問うた。すると丹泉は莞爾と笑って、「この鼎は実は貴家から出たのでござりまする。かつて貴堂において貴鼎を拝見しました時、拙者はその大小軽重形・・・<幸田露伴「骨董」青空文庫>
  9. ・・・大日経巻第二に荼枳尼は見えており、儀軌真言なども伝来の古いものである。もし密教の大道理からいえば、荼枳尼も大日、他の諸天も大日、玄奥秘密の意義理趣を談ずる上からは、甲乙の分け隔てはなくなる故にとかくを言うのも愚なことであるが、先ず荼枳尼とし・・・<幸田露伴「魔法修行者」青空文庫>
  10. ・・・それからがギリシャ伝来の数学に対する広い意味の近代的数学であります。こうして新しい領分が開けたわけですから、その開けた直後は高まるというよりも寧ろ広まる時代、拡張の時代です。それが十八世紀の数学であります。十九世紀に移るあたりに、矢張りかか・・・<太宰治「愛と美について」青空文庫>
  11. ・・・て落選し、しかもその官展に反旗をひるがえす程の意気もなく、鞠躬如として審査の諸先生に松蕈などを贈るとかの噂も有之、その甲斐もなく三十年連続の落選という何の取りどころも無き奇態の人物に御座候えども、父祖伝来のかなりの財産を後生大事に守り居る様・・・<太宰治「花吹雪」青空文庫>
  12. ・・・はなはだ粗野にして見苦しく、われも実父も共に呆れ、孫左衛門殿逝去の後は、われその道を好むと雖も指南を乞うべき方便を知らず、なおまた身辺に世俗の雑用ようやく繁く、心ならずも次第にこの道より遠ざかり、父祖伝来の茶道具をも、ぽつりぽつりと売払い、・・・<太宰治「不審庵」青空文庫>
  13. ・・・せっかく一身を立てさせようと思えばこそ、祖先伝来の田地を減らしてまで学資を給してくれた父を、まあ失望させたような有様で、草深い田舎にこの年まで燻ぶらせているかと思うと、何となく悲しい心持になってしまうのだ。三十にしてなお俗吏なりと云うような・・・<寺田寅彦「枯菊の影」青空文庫>
  14. ・・・考えてみると実に原始的なもので、おそらく煙草の伝来以来そのままの器械であったろうと思われる。 農夫などにはまだ燧袋で火を切り出しているのがあった。それが羨ましくなって真似をしたことがあったが、なかなか呼吸が六かしくて結局は両手の指を痛く・・・<寺田寅彦「喫煙四十年」青空文庫>
  15. ・・・それから引続いて『五人女』『一代女』『一代男』次に『武道伝来記』『武家義理物語』『置土産』という順序で、ごくざっと一と通りは読んでしまった。読んで行くうちに自分の一番強く感じたことは、西鶴が物事を見る眼にはどこか科学者の自然を見る眼と共通な・・・<寺田寅彦「西鶴と科学」青空文庫>
  16. ・・・もしなんの効能もないとすると、祖先の日本人は仏法伝来と同時に輸入されたというこの唐人のぺてんに二千年越しだまされつづけて無用なやけどをこしらえて喜んでいたわけである。 二千年来信ぜられて来たという事実はそれが真であるという証拠には少しも・・・<寺田寅彦「自由画稿」青空文庫>
  17. ・・・そうして自分とは縁のない遠い異国の歴史と背景が産み出した新思想を輸入している。伝来の家や田畑を売り払って株式に手を出すと同じ行き方である。 新思想の本元の西洋へ行って見ると、かえって日本人の目にばかばかしく見えるような大昔の習俗や行事が・・・<寺田寅彦「田園雑感」青空文庫>
  18. ・・・西欧科学を輸入した現代日本人は西洋と日本とで自然の環境に著しい相違のあることを無視し、従って伝来の相地の学を蔑視して建てるべからざる所に人工を建設した。そうして克服し得たつもりの自然の厳父のふるった鞭のひと打ちで、その建設物が実にいくじもな・・・<寺田寅彦「日本人の自然観」青空文庫>
  19. ・・・甥のあるものは祖先伝来の槍をふり回して猫を突くと言って暗やみにしゃがんでいた事もあった。猫の鳴き声を聞くと同時に槍をほうり出しておいて奥の間に逃げ込むのではあったが。 そんなようなわけで猫というものにあまりに興味のない私はつい縁の下をの・・・<寺田寅彦「ねずみと猫」青空文庫>
  20. ・・・すなわち仏教伝来以後今日まで日本国民の間に浸潤した無常観が自然の勢いで俳句の中にも浸透したからである。しかし自分の見るところでは、これは偶然のことであって決して俳句の精神と本質的に連関しているものとは思われない。仏教的な無常観から解放された・・・<寺田寅彦「俳句の精神」青空文庫>
  21. ・・・例えば永代橋辺と両国辺とは、土地の商業をはじめ万事が同じではなかったように、吉原の遊里もまたどうやらこうやら伝来の風習と格式とを持続して行く事ができたのである。 泉鏡花の小説『註文帳』が雑誌『新小説』に出たのは明治三十四年で、一葉柳浪二・・・<永井荷風「里の今昔」青空文庫>
  22. ・・・けれども、江戸伝来の趣味性は九州の足軽風情が経営した俗悪蕪雑な「明治」と一致する事が出来ず、家産を失うと共に盲目になった。そして栄華の昔には洒落半分の理想であった芸に身を助けられる哀れな境遇に落ちたのであろう。その昔、芝居茶屋の混雑、お浚い・・・<永井荷風「深川の唄」青空文庫>
  23. ・・・疇昔余ノ風流絃歌ノ巷ニ出入セシ時ノコトヲ回顧スルニ、当時都下ノ絃妓ニハ江戸伝来ノ気風ヲ喜ブモノ猶跡ヲ絶タズ。一旦嬌名ヲ都門ニ馳セシムルヤ気ヲ負フテ自ラ快トナシ縦令悲運ノ境ニ沈淪スルコトアルモ自ラ慚ヂテ待合ノ女中牛肉屋ノ姐サントナリ俗客ノ纏頭・・・<永井荷風「申訳」青空文庫>
  24. ・・・傲然として我前を通ったのさ、今までの態度を維持すれば衝突するばかりだろう、余の主義として衝突はこちらが勝つ場合についてのみあえてするが、その他負色の見えすいたような衝突になるといつでも御免蒙るのが吾家伝来の憲法である、さるによってこの尨大な・・・<夏目漱石「自転車日記」青空文庫>
  25. ・・・小十郎は夏なら菩提樹の皮でこさえたけらを着てはむばきをはき生蕃の使うような山刀とポルトガル伝来というような大きな重い鉄砲をもってたくましい黄いろな犬をつれてなめとこ山からしどけ沢から三つ又からサッカイの山からマミ穴森から白沢からまるで縦横に・・・<宮沢賢治「なめとこ山の熊」青空文庫>
  26. ・・・ 農村のはてしない収奪と資本主義の高利貸搾取と二重の重圧によって祖先伝来の樹木さえ失い「樹のない村」となった山間のK部落の自作農らが、更に戦争の軍事費負担を加重される。軍部がその部落に二百円の強制献金を割り当てた。自作農らはついに共同墓・・・<宮本百合子「一連の非プロレタリア的作品」青空文庫>
  27. ・・・武士出身の芭蕉が芸術へ精進した気がまえ、支那伝来の文化をぬけてじかに日本の生活が訴えてくる新しい感性の世界を求めた芭蕉の追求の強さ、芭蕉はある時期禅の言葉がどっさり入っているような句も作った。その時代を通過してから芭蕉の直感的な実在表現は、・・・<宮本百合子「女性の歴史」青空文庫>
  28. ・・・理論的には進歩的に見える男が家庭では封建的な良人であるというようなことも、良人と妻という住み古した伝来の形態の上に腰をおとして怠惰であるからこそのことで、もし愛がいきいきと目をくばって現実の自分の相手を見ているのであったら、たとえば、若い人・・・<宮本百合子「若き世代への恋愛論」青空文庫>
  29. ・・・この時代に日本の一般社会には女性に対する支那伝来の厳しい女訓が流布して、貝原益軒の女大学などが出た時期であった。どんなに美事に着飾ろうとも、女は三界に家なきものとされた。娘の時は父の家。嫁しては夫の家。老いては子の家。それらの家に属する女と・・・<宮本百合子「私たちの建設」青空文庫>