とう‐じ〔タウヂ〕【湯治】例文一覧 26件

  1. ・・・芝居へやる。湯治を勧める。あるいは商売附合いの宴会へも父親の名代を勤めさせる――と云った具合に骨を折って、無理にも新蔵の浮かない気分を引き立てようとし始めました。そこでその日も母親が、本所界隈の小売店を見廻らせると云うのは口実で、実は気晴ら・・・<芥川竜之介「妖婆」青空文庫>
  2. ・・・ 姉娘に養子が出来て、養子の魂を見取ってからは、いきぬきに、時々伊豆の湯治に出掛けた。――この温泉旅館の井菊屋と云うのが定宿を開けたのは、頭も、顔も、そのままの小一按摩の怨念であった。「あれえ。」 声は死んで、夫人は倒れた。・・・<泉鏡花「怨霊借用」青空文庫>
  3. ・・・死にかかっている吾を見棄てて、芳之助と手を曳いて、温泉へでも湯治に行け。だがな、お前は家附の娘だから、出て行くことが出来ぬと謂えば、ナニ出て行くには及ばんから、床ずれがして寝返りも出来ない、この吾を、芳之助と二人で負って行って、姨捨山へ捨て・・・<泉鏡花「化銀杏」青空文庫>
  4. ・・・ここは構わないで、湯にでも入ったら可かろうと、湯治の客には妙にそぐわない世辞を言うと、言に随いて、ではそうさして頂きます、後生ですわ、と膠もなく引退った。畳も急に暗くなって、客は胴震いをしたあとを呆気に取られた。 ……思えば、それも便宜・・・<泉鏡花「鷭狩」青空文庫>
  5. ・・・「……何とも申様がない……しかし、そこで鹿落の温泉へは、療治に行ったとでもいうわけかね。」「湯治だなんのって、そんな怪我ではないのです。療治は疾うに済んだんですが、何しろ大変な火傷でしょう。ずッと親もとへ引込んでいたんですが、片親で・・・<泉鏡花「古狢」青空文庫>
  6. ・・・脚気山中、かさ粟津の湯へ、七日湯治をしねえ事には半月十日寝られねえで、身体中掻毟って、目が引釣り上る若旦那でね。おまけに、それが小春さんに、金子も、店も田地までも打込んでね。一時は、三月ばかりも、家へ入れて、かみさんにしておいた事もあったが・・・<泉鏡花「みさごの鮨」青空文庫>
  7. ・・・――私も今日は、こうして一人で留守番だが、湯治場の橋一つ越したこっちは、この通り、ひっそり閑で、人通りのないくらい、修善寺は大した人出だ。親仁はこれからが稼ぎ時ではないのかい。人形使 されば、この土地の人たちはじめ、諸国から入込んだ講中・・・<泉鏡花「山吹」青空文庫>
  8. ・・・方でなくっちゃ可けますまい、それですのにちょいちょいお見えなさいまする、どのお客様も、お止し遊ばせば可いのに、お妖怪と云えば先方で怖がります、田舎の意気地無しばかり、俺は蟒蛇に呑まれて天窓が兀げたから湯治に来たの、狐に蚯蚓を食わされて、それ・・・<泉鏡花「湯女の魂」青空文庫>
  9. ・・・「それなら、湯治にゆきなさるといい。ここから十三里ばかり西の山奥に、それはいい湯があります。谷は湯の河原になっています。二週間もいってきなされば、おまえさんのその体は、生まれ変わったようにじょうぶになることは請け合いです。」「それは・・・<小川未明「石をのせた車」青空文庫>
  10. ・・・ 三階にいて私は、これから草津に湯治にゆく、此の哀れな女の身の上のことなどを空想せられたのである。草津の湯は、皮膚の爛れるように熱い湯であると聞いている。六畳の室には電燈が吊下っていて、下の火鉢に火が熾に起きている。鉄瓶には湯が煮え沸っ・・・<小川未明「渋温泉の秋」青空文庫>
  11. ・・・ 湯治場の日は長けれどやがて昼にもなりぬ。今しも届きたる二三の新聞を読み終りて、辰弥は浴室にと宿の浴衣に着更え、広き母屋の廊下に立ち出でたる向うより、湯気の渦巻く濡手拭に、玉を延べたる首筋を拭いながら、階段のもとへと行違いに帰る人あり。・・・<川上眉山「書記官」青空文庫>
  12. ・・・医師に勧められて三度湯治に行った。そしてこの間彼の精神の苦痛は身体の病苦と譲らなかったのはすなわち彼自身その不健康なるだけにいよいよ将来の目的を画家たるに決せんと悶いたからである。 それでこのごろは彼も煩悶の時を脱して決心の境に入り着々・・・<国木田独歩「小春」青空文庫>
  13. ・・・私はその翌る日、信州の温泉地に向って旅立ったが、先生はひとり天保館に居残り、傷養生のため三週間ほど湯治をなさった。持参の金子は、ほとんどその湯治代になってしまった模様であった。 以上は、先生の山椒魚事件の顛末であるが、こんなばかばかしい・・・<太宰治「黄村先生言行録」青空文庫>
  14. ・・・娘さんは、隣りの宿屋に、病身らしい小学校二、三年生くらいの弟と一緒に湯治しているのである。私の部屋の窓から、その隣りの宿の、娘さんの部屋が見えて、お互い朝夕、顔を見合せていたのであるが、どっちも挨拶したことは無し、知らん振りであった。当時、・・・<太宰治「俗天使」青空文庫>
  15. ・・・けれども、その慚愧の念さえ次第にうすらぎ、この温泉地へ来て、一週間目ぐらいには、もう私はまったくのんきな湯治客になり切っていた。新進作家としての私へのもてなしが、わるくなかったからである。私の部屋へ来る女中の大半は、私に、「書けますでしょう・・・<太宰治「断崖の錯覚」青空文庫>
  16. ・・・ここでゆっくり湯治しながら、よくよく将来のことを考えてみるがいい。おまえは、おまえの祖先のことを思ってみたことがあるか。おれの家とは、較べものにならぬほど立派な家柄である。おまえがもし軽はずみなことでもして呉れたなら、高野の家は、それっきり・・・<太宰治「火の鳥」青空文庫>
  17.  明治十四年の夏、当時名古屋鎮台につとめていた父に連れられて知多郡の海岸の大野とかいうところへ「塩湯治」に行った。そのとき数え年の四歳であったはずだから、ほとんど何事も記憶らしい記憶は残っていないのであるが、しかし自分の幼時・・・<寺田寅彦「海水浴」青空文庫>
  18. ・・・都会から来た避暑客は、既に皆帰ってしまって、後には少しばかりの湯治客が、静かに病を養っているのであった。秋の日影は次第に深く、旅館の侘しい中庭には、木々の落葉が散らばっていた。私はフランネルの着物を着て、ひとりで裏山などを散歩しながら、所在・・・<萩原朔太郎「猫町」青空文庫>
  19. ・・・鬱散養生とあれば花見も宜し湯治も賛成なり、或は集会宴席の附合も自から利益なれども、其外出するや子供を家に残して夫婦の留守中、下女下男の預りにて、初生児は無理に牛乳に養わるゝと言う。恰も雇人に任せたる蚕の如し。其生育如何は自問して自答に難から・・・<福沢諭吉「新女大学」青空文庫>
  20. ・・・ はしなく浮世の用事思いいだされければ朝とくより乗合馬車の片隅にうずくまりて行くてを急ぎたる我が行脚の掟には外れたれども「御身はいずくにか行き給う、なに修禅寺とや、湯治ならずばあきないにや出で給える」など膝つき合わす老女にいたわられたる・・・<正岡子規「旅の旅の旅」青空文庫>
  21. ・・・ 後継ぎになる筈の一彰さんという人は、大兵な男であったが、十六のとき、脚気を患った後の養生に祖母はその息子を一人で熱海の湯治にやった。そこでお酌なんかにとりまかれて、それがその人の一生の踏み出しを取り誤らせることになり、廃嫡となった。大・・・<宮本百合子「繻珍のズボン」青空文庫>
  22. ・・・ 三階は、湯治客のすいている時なので空部屋が多い。静かな廊下を、二人はスケッチをもって、総子のいる方へ戻った。「長い大神楽だね」「その代りこんな傑作が出来た」「見て呉れ、よう。じゃない?」 吉右衛門の河内山の癖をもじって・・・<宮本百合子「白い蚊帳」青空文庫>
  23. ・・・溺愛していた祖母、母の母が、金をもたせて熱海へ湯治にやった。明治のはじめ、官員の若様が金をもって熱海へ来たのであったから、とりまきがついてお酌をあてがった。それがはじまりでこの人の一生は惨憺たるものとなった。祖母は、不良少年のようにしてしま・・・<宮本百合子「田端の汽車そのほか」青空文庫>
  24. ・・・  湯治せよと金を送つてやりたれど  思へば稼業にせはしき母か。 お母さんの御境遇もこれですね。私も出来るだけのことはいたしますから御安心下さい。 店のトラックもずっと無事に動いています。東京の円タクはガソリン・スタンド廃業・・・<宮本百合子「二人の弟たちへのたより」青空文庫>
  25. ・・・光尚は鉄砲十挺を預けて、「創が根治するように湯治がしたくばいたせ、また府外に別荘地をつかわすから、場所を望め」と言った。又七郎は益城小池村に屋敷地をもらった。その背後が藪山である。「藪山もつかわそうか」と、光尚が言わせた。又七郎はそれを辞退・・・<森鴎外「阿部一族」青空文庫>
  26. ・・・ 八月の末に、師団長は湯治場から帰られた。暑中休暇も残少なになった。二十九日には、土地のものが皆地蔵様へ詣るというので、石田も寺町へ往って見た。地蔵堂の前に盆燈籠の破れたのを懸け並べて、その真中に砂を山のように盛ってある。男も女も、線香・・・<森鴎外「鶏」青空文庫>