とう‐じつ〔タウ‐〕【当日】例文一覧 30件

  1. ・・・それでなければ、彼は、更に自身下の間へ赴いて、当日の当直だった細川家の家来、堀内伝右衛門を、わざわざこちらへつれて来などはしなかったのに相違ない。所が、万事にまめな彼は、忠左衛門を顧て、「伝右衛門殿をよんで来ましょう。」とか何とか云うと、早・・・<芥川竜之介「或日の大石内蔵助」青空文庫>
  2. ・・・―― 当日は烈しい黄塵だった。黄塵とは蒙古の春風の北京へ運んで来る砂埃りである。「順天時報」の記事によれば、当日の黄塵は十数年来未だ嘗見ないところであり、「五歩の外に正陽門を仰ぐも、すでに門楼を見るべからず」と言うのであるから、よほど烈・・・<芥川竜之介「馬の脚」青空文庫>
  3. ・・・勿論私にしても格別釣に執着があった訳でもありませんから、早速彼の発議に同意して、当日は兼ねての約束通り柳橋の舟宿で落合ってから、まだ月の出ない中に、猪牙舟で大川へ漕ぎ出しました。「あの頃の大川の夕景色は、たとい昔の風流には及ばなかったか・・・<芥川竜之介「開化の良人」青空文庫>
  4. ・・・普段ならば人々は見向きもしないのだが、畑作をなげてしまった農夫らは、捨鉢な気分になって、馬の売買にでも多少の儲を見ようとしたから、前景気は思いの外強かった。当日には近村からさえ見物が来たほど賑わった。丁度農場事務所裏の空地に仮小屋が建てられ・・・<有島武郎「カインの末裔」青空文庫>
  5. ・・・帯もぐるぐる巻き、胡坐で火鉢に頬杖して、当日の東雲御覧という、ちょっと変った題の、土地の新聞を読んでいた。 その二の面の二段目から三段へかけて出ている、清川謙造氏講演、とあるのがこの人物である。 たとい地方でも何でも、新聞は早朝に出・・・<泉鏡花「縁結び」青空文庫>
  6. ・・・……当日は伺候の芸者大勢がいずれも売出しの白粉の銘、仙牡丹に因んだ趣向をした。幇間なかまは、大尽客を、獅子に擬え、黒牡丹と題して、金の角の縫いぐるみの牛になって、大広間へ罷出で、馬には狐だから、牛に狸が乗った、滑稽の果は、縫ぐるみを崩すと、・・・<泉鏡花「開扉一妖帖」青空文庫>
  7. ・・・ が、ただここに、あらゆる罪科、一切の制裁の中に、私が最も苦痛を感ずるのは、この革鞄と、袖と、令嬢とともに、私が連れられて、膝行して当日の婿君の前に参る事です。 絞罪より、斬首より、その極刑をお撰びなさるが宜しい。 途中、田畝道・・・<泉鏡花「革鞄の怪」青空文庫>
  8. ・・・今聞くと極めて珍妙な名称であるが、その頃は頗るハイカラに響いたので、当日はいわゆる文明開化の新らしがりがギシと詰掛けた。この満場爪も立たない聴衆の前で椿岳は厳乎らしくピヤノの椅子に腰を掛け、無茶苦茶に鍵盤を叩いてポンポン鳴らした。何しろ洋楽・・・<内田魯庵「淡島椿岳」青空文庫>
  9. ・・・この逸話の載った当日の新聞を読んだ時、誰が書いたか知らぬがツマラヌ事を書いたもんだと窃に鴎外の誤解を恐れた。果せる哉、鴎外は必定私が自己吹聴のため、ことさらに他人の短と自家の長とを対比して書いたものと推断して、怫然としたものと見える。 ・・・<内田魯庵「鴎外博士の追憶」青空文庫>
  10. ・・・ 毎日新聞社が他へ譲り渡された時、世間では十日も前から噂があったが、社員は燈台下暗しで、沼南の腹心はあるいは知っていたかも知らぬが、平の社員は受渡しの済んだ当日になっても知らなかった。中には薄々感づいて沼南の口占を引いて見たものもあった・・・<内田魯庵「三十年前の島田沼南」青空文庫>
  11. ・・・だ。当日いよいよ手入れが始まると、直ちに「空襲警報」が飛ぶというわけだ。 右の六月十九日の検挙は、曾根崎署だけでなく、府下一斉に行われ、翌日もまたくりかえされたのだが、梅田でもやはり「警報」が出た。しかし、さすがに逃げおくれた連中がいて・・・<織田作之助「大阪の憂鬱」青空文庫>
  12. ・・・ことに点呼当日長髪のまま点呼場へ出頭した者は、バリカンで頭の半分だけ刈り取られて、おまけに異様な姿になった頭のままグランドを二十周走らされ、それが終ると竹刀で血が出るくらいたたかれるらしいという噂は、私を呆然とさせた。東京にいる友人からの手・・・<織田作之助「髪」青空文庫>
  13. ・・・ なお、同書百七十六頁から百七十九頁までには、全快写真の主が日ならずして、死んだとか、とくに死んでいる筈の病人が、どういう手落ちでか、百ヵ日当日の新聞広告の写真の上に生きかえって、おかげで全快してこんな嬉しいことはない云々と喋っていると・・・<織田作之助「勧善懲悪」青空文庫>
  14. ・・・ さて展覧会の当日、恐らく全校数百の生徒中尤も胸を轟かして、展覧室に入った者は自分であろう。図画室は既に生徒及び生徒の父兄姉妹で充満になっている。そして二枚の大画が並べて掲げてある前は最も見物人が集っている。二枚の大画は言わずとも志村の・・・<国木田独歩「画の悲み」青空文庫>
  15. ・・・見ると或地方で小学校新築落成式を挙げし当日、廊の欄が倒れて四五十人の児童庭に顛落し重傷者二名、軽傷者三十名との珍事の報道である。「大変ですね。どうしたと言うんでしょう?」「だから私が言わんことじゃあない。その通りだ、安普請をするとそ・・・<国木田独歩「酒中日記」青空文庫>
  16. ・・・能の方は稽古のむずかしいもので、尤も狂言の方でも釣狐などと申すと、三日も前から腰をかゞめている稽古をして居ませんければ、その当日に狂言が出来んという。それでも勤めますと後二三日は身体が利かんくらいだという、余程稽古のむずかしいものと見えます・・・<著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三「梅若七兵衞」青空文庫>
  17. ・・・ 期日は十一月の三日ということに先方とも打ち合わせました。当日は星が岡の茶寮でも借り受け、先方の親戚二、三人と西丸さん、吉村さんとを招き、簡素な茶室で式を済ましたい考えです。楠ちゃんにも列席してもらいたいとは思いますが、遠方のことでもあ・・・<島崎藤村「再婚について」青空文庫>
  18. ・・・ 摂政宮殿下には災害について非常に御心痛あそばされ、当日ただちに内田臨時首相をめし、政府が全力をつくして罹災者の救護につとめるようにおおせつけになりました。二日の午後三時に政府は臨時震災救護事務局というものを組織し、さしあたり九百五十万・・・<鈴木三重吉「大震火災記」青空文庫>
  19. ・・・お祭の当日は朝からよく晴れていて私が顔を洗いに井戸端へ出たら、佐吉さんの妹さんは頭の手拭いを取って、おめでとうございます、と私に挨拶いたしました。ああ、おめでとう、と私も不自然でなくお祝いの言葉を返す事が出来ました。佐吉さんは、超然として、・・・<太宰治「老ハイデルベルヒ」青空文庫>
  20. ・・・いよいよ、お祭りの当日になりました。私たち師弟十三人は丘の上の古い料理屋の、薄暗い二階座敷を借りてお祭りの宴会を開くことにいたしました。みんな食卓に着いて、いざお祭りの夕餐を始めようとしたとき、あの人は、つと立ち上り、黙って上衣を脱いだので・・・<太宰治「駈込み訴え」青空文庫>
  21. ・・・そうしていよいよ当日の講演会に出て講演したり討議したり、たとえ半日でもとにかく平生とは少しちがった緊張興奮の状態を持続したあとでは、全く「頭がかたくなった」といったような奇妙な心的状態に陥ってそれが容易には平常に復しないで困ることがある。今・・・<寺田寅彦「映画と生理」青空文庫>
  22. ・・・遺憾ながらそのシガーの大きさや重量や当日の気温湿度気圧等の記載がない。この競技は速度最小という消極的なレコードをねらうところに一種特別の興味がある。できるだけのろく燃えるという事と、燃えない、すなわち消火するという事とは本質的にちがうのであ・・・<寺田寅彦「記録狂時代」青空文庫>
  23. ・・・初日の幕のあこうとする刻限、楽屋に行くと、その日は三社権現御祭礼の当日だったそうで、栄子はわたくしが二階の踊子部屋へ入るのを待ち、風呂敷に包んで持って来た強飯を竹の皮のまま、わたくしの前にひろげて、家のおっかさんが先生に上げてくれッていいま・・・<永井荷風「草紅葉」青空文庫>
  24. ・・・さて当日の模様をざっと書いて見ると、酒の良いのを二升、そら豆の塩茄に胡瓜の香物を酒の肴に、干瓢の代りに山葵を入れた海苔巻を出した。菓子折を注文して、それを長屋の軒別に配った。兄弟分が御世話になりますからとの口上を述べに何某が鹿爪らしい顔で長・・・<永井荷風「深川の散歩」青空文庫>
  25. ・・・「ちょうど葬式の当日は雪がちらちら降って寒い日だったが、御経が済んでいよいよ棺を埋める段になると、御母さんが穴の傍へしゃがんだぎり動かない。雪が飛んで頭の上が斑になるから、僕が蝙蝠傘をさし懸けてやった」「それは感心だ、君にも似合わな・・・<夏目漱石「琴のそら音」青空文庫>
  26. ・・・面倒を省くためにイブセンの泊っている宿屋で、帝国ホテル見たようなところで開くということになり、それでいよいよ当日になって丁度宜い時刻になったから、ブランデスはイブセンの室に行ってドアーをコツコツと叩いて、衣服の用意は出来たかと外から聞いたら・・・<夏目漱石「模倣と独立」青空文庫>
  27. ・・・そして、忙しくて乏しい歳末の喧騒にまぎれて、この事件は忘れられ、今日、私たちは、その事件のおこった当日と大して変りない暴力的交通状態の下に暮しているのである。 新聞記事の出た前後、検事局の態度にあきたりない投書が、どっさりあった。この一・・・<宮本百合子「石を投ぐるもの」青空文庫>
  28. ・・・ 小説の冒頭には、ワシントン百年祭当日、アメリカの共産党によって指導された民衆の、中国から手をひけ、ソヴェト同盟を守れ、とスローガンをかかげた大衆的示威運動の光景が描かれ、チャーリー中野もそれに参加したと紹介されている。ニューヨークの反・・・<宮本百合子「一連の非プロレタリア的作品」青空文庫>
  29. ・・・それは殿様がお隠れになった当日から一昨日までに殉死した家臣が十余人あって、中にも一昨日は八人一時に切腹し、昨日も一人切腹したので、家中誰一人殉死のことを思わずにいるものはなかったからである。二羽の鷹はどういう手ぬかりで鷹匠衆の手を離れたか、・・・<森鴎外「阿部一族」青空文庫>
  30. ・・・某申候は、武具と香木との相違は某若輩ながら心得居る、泰勝院殿の御代に、蒲生殿申され候は、細川家には結構なる御道具あまた有之由なれば拝見に罷出ずべしとの事なり、さて約束せられし当日に相成り、蒲生殿参られ候に、泰勝院殿は甲冑刀剣弓鎗の類を陳ねて・・・<森鴎外「興津弥五右衛門の遺書」青空文庫>