とおり‐すがり〔とほり‐〕【通りすがり】例文一覧 19件

  1. ・・・真夏の日の午すぎ、やけた砂を踏みながら、水泳を習いに行く通りすがりに、嗅ぐともなく嗅いだ河の水のにおいも、今では年とともに、親しく思い出されるような気がする。 自分はどうして、こうもあの川を愛するのか。あのどちらかと言えば、泥濁りのした・・・<芥川竜之介「大川の水」青空文庫>
  2. ・・・教室は皆がらんとしている。通りすがりに覗いて見たら、ただある教室の黒板の上に幾何の図が一つ描き忘れてあった。幾何の図は彼が覗いたのを知ると、消されると思ったのに違いない。たちまち伸びたり縮んだりしながら、「次の時間に入用なのです。」と云・・・<芥川竜之介「保吉の手帳から」青空文庫>
  3. ・・・主が帰って間もない、店の燈許へ、あの縮緬着物を散らかして、扱帯も、襟も引さらげて見ている処へ、三度笠を横っちょで、てしま茣蓙、脚絆穿、草鞋でさっさっと遣って来た、足の高い大男が通りすがりに、じろりと見て、いきなり価をつけて、ずばりと買って、・・・<泉鏡花「国貞えがく」青空文庫>
  4. ・・・なぜなら、その路へは大っぴらに通りすがりの家が窓を開いているのだった。そのなかには肌脱ぎになった人がいたり、柱時計が鳴っていたり、味気ない生活が蚊遣りを燻したりしていた。そのうえ、軒燈にはきまったようにやもりがとまっていて彼を気味悪がらせた・・・<梶井基次郎「ある崖上の感情」青空文庫>
  5. ・・・ 往来に涼み台を出している近所の人びとが、通りすがりに、今晩は、今晩は、と声をかけた。「勝ちゃん。ここ何てとこ?」彼はそんなことを訊いてみた。「しょうせんかく」「朝鮮閣?」「ううん、しょうせんかく」「朝鮮閣?」「・・・<梶井基次郎「城のある町にて」青空文庫>
  6. ・・・金色の額縁におさめられてある鏡を通りすがりにちらと覗いた。私は、ゆったりした美丈夫であった。鏡の奥底には、一尺に二尺の笑い顔が沈んでいた。私は心の平静をとりもどした。自信ありげに、モスリンのカアテンをぱっとはじいた。 THE HIMAW・・・<太宰治「逆行」青空文庫>
  7. ・・・ 案内人として権威の価値は明らかであるが、同時に案内人の弊害もある事は割合に考える人が少ない。 通りすがりの旅人が金閣寺を見物しようとするには案内の小僧は甚だ重宝なものであるが、本当に自分の眼で充分に見物しようとするには甚だ不都合な・・・<寺田寅彦「科学上における権威の価値と弊害」青空文庫>
  8. ・・・ 汽船の外でも西洋小間物屋の店先や、居酒屋の繩のれんの奥から聞こえて来るのが通りすがりに聞かない事はなかった。そういうのは大概「金の逃げ出す音」の種類に属するものであった。しかしそれはこっちで逃げさえすれば追っかけて来ないから始末がよか・・・<寺田寅彦「蓄音機」青空文庫>
  9. ・・・ 私を通りすがりに、自動車に援け乗せて、その邸宅に連れて行ってくれる、小説の美しいヒロインも、そこには立っていなかった。おまけにセコンドメイトまでも、待ち切れなくなったと見えて、消え失せてしまっていた。 浚渫船の胴っ腹にくっついてい・・・<葉山嘉樹「浚渫船」青空文庫>
  10. ・・・第二の精霊 アポロー殿が上機嫌になりゃ私共までいや、世の中のすべてのものが上機嫌じゃがその中にたった一つ嬉しがりもせず笑いもせなんだものがあると気がるなあの木鼠奴が通りすがりの木の枝からわしに声をかけおった。何じゃろ、今日のよな日のあて・・・<宮本百合子「葦笛(一幕)」青空文庫>
  11. ・・・――私は、通りすがりに一寸見、それが誰だか一目で見分ける。平賀だ。大観音の先のブリキ屋の人である。 玄関の傍には、標本室の窓を掠めて、屋根をさしかけるように大きな桜か、松かの樹が生えている。――去年や一昨年学校を卒業なさった方に、これが・・・<宮本百合子「思い出すかずかず」青空文庫>
  12. ・・・何でも松平さんの持地だそうであったが、こちらの方は、からりとした枯草が冬日に照らされて、梅がちらほら咲いている廃園の風情が通りすがりにも一寸そこへ入って陽の匂う草の上に坐って見たい気持をおこさせた。 杉林や空地はどれも路の右側を占めてい・・・<宮本百合子「からたち」青空文庫>
  13. ・・・ そのお婆さんの女中頭が廊下を通りすがりにそれをききつけ、黙ってお代りを持って来て呉れたのだそうだ。「――今日もその伝じゃあない? 私ぺこぺこよ」「こんなに私いただくの珍らしいんです」 食事の半から、細かい雨が降り出した。・・・<宮本百合子「九月の或る日」青空文庫>
  14. ・・・そういう話がある折であったから通りすがりに見るこの米屋の大活況は何となし感じに来るものがあるのであった。そこは朝夕郊外からの勤人が夥しく通る往来でもあったから、そういう男の人たちはどんな感情でこの米屋の店の有様を見て通るのだろうか。そんなこ・・・<宮本百合子「この初冬」青空文庫>
  15. ・・・それを見た時丁度、そうっと他人の懐中物をかすめたすりが通りすがりに監獄の垣を見てふるえるように私の心と躰は何とも云われない悪寒とふるえをおこした、けれども、なきながら「なんだい、なくもんか男だもの」と云う子供のそれのように強いてのつけ元気に・・・<宮本百合子「砂丘」青空文庫>
  16. ・・・ 亢奮が、私をじっとさせて置かない。 声にならない音律に魂をとりかこまれながら、瞳を耀かせ、次の窓に移る。 その間にも、私の背後に、活気ある都会の行人は絶えず流動していた。 通りすがりに、強い葉巻の匂いを掠めて行く男、私の耳・・・<宮本百合子「小景」青空文庫>
  17. ・・・数ヵ所で試掘が行われてい、その工事監理の事務所が風当りのつよい丘の上にバラック建でつくられている。通りすがりの窓から内部の板壁に貼ってある専門地図、レーニンの肖像、数冊の本、バラライカなどが見えた。キャンプ用寝室も置かれてある。 折から・・・<宮本百合子「石油の都バクーへ」青空文庫>
  18. ・・・初冬の午後の日光に、これがほんとに蜀紅という紅なのだと思わせて燃えている黄櫨の、その枝かげを通りすがりに、下から見上げたら、これはまた遠目にはどこにも分らなかった柔かい緑のいろが紅に溶けつつ面白く透いていて、紅葉しつつ深山の木のように重なり・・・<宮本百合子「図書館」青空文庫>
  19. ・・・ベンチのとなりに派手な装いの二十四、五の女のひとがいたが、茶色の背広をつけた頭の禿げた男がぶらりぶらりとこちらへ来て通りすがりに何か一寸その女のひとに言葉をかけて行った。そばにいる者にききとれない位にかけられた言葉であるけれども、それに応え・・・<宮本百合子「待呆け議会風景」青空文庫>