とよとみ【豊臣】例文一覧 8件

  1. ・・・ この高慢税を納めさせることをチャンと合点していたのは豊臣秀吉で、何といっても洒落た人だ。東山時分から高慢税を出すことが行われ出したが、初めは銀閣金閣の主人みずから税を出していたのだ。まことに殊勝の心がけの人だった。信長の時になると、も・・・<幸田露伴「骨董」青空文庫>
  2. ・・・そこで菊亭殿が姓氏録を検めて、はじめて豊臣秀吉となった。 これも植通は宜かった。信長秀吉の鼻の頭をちょっと弾いたところ、お公卿様にもこういう人の一人ぐらいあった方が慥に好かった。秀吉が藤原氏にならなかったのも勿論好かった。このところ両天・・・<幸田露伴「魔法修行者」青空文庫>
  3. ・・・楠正成と豊臣秀吉とどっちが偉いと云うが、見方でいろいろな結論もできるし、そう白でなければ黒といった風に手早く相場をつける訳にも行かないし、要するに複雑な智識があればあるほど面喰うようになります。 こんな例を御話しするのはただ馬鹿らしいか・・・<夏目漱石「中味と形式」青空文庫>
  4. ・・・ そうさ、どこかで聞いたようだね。豊臣秀吉の家来じゃないか」と圭さん、飛んでもない事を云う。「ハハハハこいつはあきれた。華族や金持ちを豆腐屋にするだなんて、えらい事を云うが、どうも何も知らないね」「じゃ待った。少し考えるから。又右衛・・・<夏目漱石「二百十日」青空文庫>
  5. ・・・ 先生はわが邦歴史のうちで、葡萄牙人が十六世紀に始めて日本を発見して以来織田、豊臣、徳川三氏を経て島原の内乱に至るまでの間、いわゆる西欧交通の初期とも称して然るべき時期を択んで、その部分だけを先年出版されたのである。だから順序からいうと・・・<夏目漱石「マードック先生の『日本歴史』」青空文庫>
  6. ・・・漢の高祖が丁公を戮し、清の康煕帝が明末の遺臣を擯斥し、日本にては織田信長が武田勝頼の奸臣、すなわちその主人を織田に売らんとしたる小山田義国の輩を誅し、豊臣秀吉が織田信孝の賊臣桑田彦右衛門の挙動を悦ばず、不忠不義者、世の見懲しにせよとて、これ・・・<福沢諭吉「瘠我慢の説」青空文庫>
  7. ・・・ 藤原時代は武家政治の時代に移った。政治の主権は藤原氏から足利に移りやがて織田信長の時代になって日本では、封建社会が確立される一歩をしるした。 豊臣秀吉を経て、徳川家康から家光の時代に、日本の封建制度は全く動かないものとなり、明治に・・・<宮本百合子「私たちの建設」青空文庫>
  8. ・・・竹内市兵衛の子吉兵衛は小西行長に仕えて、紀伊国太田の城を水攻めにしたときの功で、豊臣太閤に白練に朱の日の丸の陣羽織をもらった。朝鮮征伐のときには小西家の人質として、李王宮に三年押し籠められていた。小西家が滅びてから、加藤清正に千石で召し出さ・・・<森鴎外「阿部一族」青空文庫>