なか‐にわ〔‐には〕【中庭】例文一覧 30件

  1. ・・・ そこは突き当りの硝子障子の外に、狭い中庭を透かせていた。中庭には太い冬青の樹が一本、手水鉢に臨んでいるだけだった。麻の掻巻をかけたお律は氷嚢を頭に載せたまま、あちら向きにじっと横になっていた。そのまた枕もとには看護婦が一人、膝の上にひ・・・<芥川竜之介「お律と子等と」青空文庫>
  2. ・・・首尾よく、かちりと銜えてな、スポンと中庭を抜けたは可かったが、虹の目玉と云う件の代ものはどうだ、歯も立たぬ。や、堅いの候の。先祖以来、田螺を突つくに練えた口も、さて、がっくりと参ったわ。お庇で舌の根が弛んだ。癪だがよ、振放して素飛ばいたまで・・・<泉鏡花「紅玉」青空文庫>
  3. ・・・……私が覚えてからも、むかし道中の茶屋旅籠のような、中庭を行抜けに、土間へ腰を掛けさせる天麩羅茶漬の店があった。――その坂を下りかかる片側に、坂なりに落込んだ空溝の広いのがあって、道には破朽ちた柵が結ってある。その空溝を隔てた、葎をそのまま・・・<泉鏡花「二、三羽――十二、三羽」青空文庫>
  4. ・・・台所の薬鑵にぐらぐら沸ったのを、銀の湯沸に移して、塗盆で持って上って、中庭の青葉が、緑の霞に光って、さし込む裡に、いまの、その姿でしょう。――馴れない人だから、帯も、扱帯も、羽衣でもむしったように、ひき乱れて、それも男の手で脱がされたのが分・・・<泉鏡花「古狢」青空文庫>
  5. ・・・そして店の主人と一しょに、裏の陰気な中庭へ出た。その時女は、背後から拳銃を持って付いて来る主人と同じように、笑談らしく笑っているように努力した。 中庭の側には活版所がある。それで中庭に籠っている空気は鉛のがする。この辺の家の窓は、五味で・・・<著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外「女の決闘」青空文庫>
  6. ・・・ 道子がやっと女専を卒業して、大阪の喜美子のもとへ帰って来たのは、やがてアパートの中庭に桜の花が咲こうとする頃であった。「お姉さま、只今、お会いしたかったわ。」 三年の間に道子はすっかり東京言葉になっていた。喜美子はうれしさに胸・・・<織田作之助「旅への誘い」青空文庫>
  7. ・・・日の射さぬ中庭は乾いたためしはなかった。鼠の死骸はいつまでもジクジクしていた。近くの古池からはなにかいやな沼気が立ちのぼるかと思われた。一町先が晴れてもそこだけは降り、風は黒く渡り、板塀は崩れ、青いペンキが剥げちょろけになったその建物のなか・・・<織田作之助「道」青空文庫>
  8. ・・・』お絹にも話あり、いそいそと中庭から上がれば叔父の顔色ただならず、お絹もあらたまって『叔父さんただいま、自宅からもよろしくと申しました。』『用事は何であったね、縁談じゃアなかったか。』『そうでございました、難波へ嫁にゆけとい・・・<国木田独歩「置土産」青空文庫>
  9. ・・・石段を登りつめると、ある家の中庭らしい所へ出た。四方板べいで囲まれ、すみに用水おけが置いてある、板べいの一方は見越しに夏みかんの木らしく暗く茂ったのがその頂を出している、月の光はくっきりと地に印して寂として人のけはいもない。徳二郎はちょっと・・・<国木田独歩「少年の悲哀」青空文庫>
  10. ・・・ 午後二時ごろで、たいがいの客は実際不在であるから家内しんとしてきわめて静かである。中庭の青桐の若葉の影が拭きぬいた廊下に映ってぴかぴか光っている。 北の八番の唐紙をすっとあけると中に二人。一人は主人の大森亀之助。一人は正午前から来・・・<国木田独歩「疲労」青空文庫>
  11. ・・・そして店の主人と一しょに、裏の陰気な中庭へ出た。そのとき女は、背後から拳銃を持って付いて来る主人と同じように、笑談らしく笑っているように努力した。 中庭の側には活版所がある。それで中庭に籠っている空気は鉛の匂いがする。この辺の家の窓は、・・・<太宰治「女の決闘」青空文庫>
  12. ・・・ 祭司長や民の長老たちが、大祭司カヤパの中庭にこっそり集って、あの人を殺すことを決議したとか、私はそれを、きのう町の物売りから聞きました。もし群集の目前であの人を捕えたならば、あるいは群集が暴動を起すかも知れないから、あの人と弟子たちと・・・<太宰治「駈込み訴え」青空文庫>
  13. ・・・撮影所の中庭で、幹部の俳優たちと記念撮影をしたのですが、世の中から美男子と言われ騒がれているYもTも、私には、さほどの美男子とも思われず、三人ならぶと、私が一ばんいいのではなかろうかというような気がして、そこでこの大袈裟な腕組という事になっ・・・<太宰治「小さいアルバム」青空文庫>
  14.  ことしは庭のからすうりがずいぶん勢いよく繁殖した。中庭の四つ目垣のばらにからみ、それからさらにつるを延ばして手近なさんごの木を侵略し、いつのまにかとうとう樹冠の全部を占領した。それでも飽き足らずに今度は垣の反対側のかえでま・・・<寺田寅彦「からすうりの花と蛾」青空文庫>
  15.  今年は庭の烏瓜がずいぶん勢いよく繁殖した。中庭の四ツ目垣の薔薇にからみ、それから更に蔓を延ばして手近なさんごの樹を侵略し、いつの間にかとうとう樹冠の全部を占領した。それでも飽き足らずに今度は垣の反対側の楓樹までも触手をのば・・・<寺田寅彦「烏瓜の花と蛾」青空文庫>
  16. ・・・ 朝九時ごろ出入りのさかな屋が裏木戸をあけて黙ってはいって来て、盤台を地面におろす、そのコトリという音が聞こえると、今まで中庭のベンチの上で死んだように長くなって寝そべっていた猫が、反射的に飛び起きて、まっしぐらに台所へ突進する。それも・・・<寺田寅彦「試験管」青空文庫>
  17. ・・・薄暗いその中庭に咲いている秋花のさびしさ。また劇場や茶館の連った四馬路の賑い。それらを見るに及んで、異国の色彩に対する感激はますます烈しくなった。 大正二年革命の起ってより、支那人は清朝二百年の風俗を改めて、われわれと同じように欧米のも・・・<永井荷風「十九の秋」青空文庫>
  18. ・・・ やがて三たび馬の嘶く音がして中庭の石の上に堅き蹄が鳴るとき、ギニヴィアは高殿を下りて、騎士の出づべき門の真上なる窓に倚りて、かの人の出るを遅しと待つ。黒き馬の鼻面が下に見ゆるとき、身を半ば投げだして、行く人のために白き絹の尺ばかりなる・・・<夏目漱石「薤露行」青空文庫>
  19. ・・・なるほど奥をのぞいてみると、廊下が折れ曲がったり、中庭の先に新しい棟が見えたりして、さも広そうでかつ物綺麗であった。自分は番頭にどこか都合ができるだろうと言った。番頭は当惑したような顔をして、しばらく考えていたが、はなはだ見苦しい所で、一夜・・・<夏目漱石「手紙」青空文庫>
  20. ・・・秋の日影は次第に深く、旅館の侘しい中庭には、木々の落葉が散らばっていた。私はフランネルの着物を着て、ひとりで裏山などを散歩しながら、所在のない日々の日課をすごしていた。 私のいる温泉地から、少しばかり離れた所に、三つの小さな町があった、・・・<萩原朔太郎「猫町」青空文庫>
  21. ・・・と、再び室の中に押し込んで、自分はお梅とともに廊下の欄干にもたれて、中庭を見下している。 研ぎ出したような月は中庭の赤松の梢を屋根から廊下へ投げている。築山の上り口の鳥居の上にも、山の上の小さな弁天の社の屋根にも、霜が白く見える。風はそ・・・<広津柳浪「今戸心中」青空文庫>
  22. ・・・廊下から外へ出る口の戸をしずかに開けて、またしずかに締めたらしい。中庭を通り抜ける人影がある。それが女の姿で、中庭から町へ出て行く。オオビュルナンはほっと息を衝いた。「そうだ。マドレエヌの所へ友達の女が来ていてそれがやっと今帰って行ったのだ・・・<著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外「田舎」青空文庫>
  23. ・・・その先生の処へ本読みに行く一人の子供の十余りなるがあったが、いつでもその家を出がけにそこの中庭へ庭一ぱいの大きな裸男を画いて置くのが常であった。それとも知らずその内の人が外へ出ようとすると中庭に大男が大物を抱いて居る画があるので度々驚かされ・・・<正岡子規「画」青空文庫>
  24. ・・・弓場のあるあたりは、ブランコなどがある広くない中庭をかこんで女学校の校舎が建てられているところから遠くて、長い昼の休み時間にしか遊びにゆけなかった。低い丘のようになった暗い樫の樹かげをぬけ、丘の一番高いところに立って眺めると、一面の罌粟畑で・・・<宮本百合子「女の学校」青空文庫>
  25. ・・・十余年の昔、夫ピエールと二人で物理学校の中庭にある崩れかけた倉庫住居の四年間、ラジウムを取出すために瀝青ウラン鉱の山と取組合って屈しなかった彼女の不撓さ、さらに溯ってピエールに会う前後、パリの屋根裏部屋で火の気もなしに勉強していた女学生の熱・・・<宮本百合子「キュリー夫人」青空文庫>
  26. ・・・次は母屋の中庭に向いた二階である。表通に向いた二階の小部屋は、細かい格子の窓があって、そこには客を泊らせない。F君は一番安い所で好いと云って、そこに落ち著いた。「F君、いるかね」と云って声を掛けると、君は内から障子を開けた。なる程フラン・・・<森鴎外「二人の友」青空文庫>
  27. ・・・家のつくり、中庭を囲みて四方に低き楼あり。中庭より直に楼に上るべき梯かけたるなど西洋の裏屋の如し。屋背は深き谿に臨めり。竹樹茂りて水見えねど、急湍の響は絶えず耳に入る。水桶にひしゃく添えて、縁側に置きたるも興あり。室の中央に炉あり、火をおこ・・・<森鴎外「みちの記」青空文庫>
  28. ・・・ 珍らしいパン附の食事を終ってから、梶と栖方は、中庭の広い芝生へ降りて東郷神社と小額のある祠の前の芝生へ横になった。中庭から見た水交社は七階の完備したホテルに見えた。二人の横たわっている前方の夕空にソビエットの大使館が高さを水交社と競っ・・・<横光利一「微笑」青空文庫>
  29. ・・・ 己はその後中庭や畠で、エルリングが色々の為事をするのを見た。薪を割っている事もある。花壇を掘り返している事もある。桜ん坊を摘んでいる事もある。一山もある、濡れた洗濯物を車に積んで干場へ運んで行く事もある。何羽いるか知れない程の鶏の世話・・・<著:ランドハンス 訳:森鴎外「冬の王」青空文庫>
  30. ・・・ところが五、六年前、非常に雨の多かった年に、中庭の一部に一面に杉苔が芽を出した。秋ごろには、京都の杉苔の庭と同じように、一坪くらいの地面にふくふくと生えそろった。これはしめたと思って大切に取り扱い庭一面に広がるのを楽しみにしていたのであるが・・・<和辻哲郎「京の四季」青空文庫>