なに‐より【何より】例文一覧 30件

  1. ・・・ そうして頂ければ何よりの仕合せでございます。」 神父は優しい感動を感じた。やはりその一瞬間、能面に近い女の顔に争われぬ母を見たからである。もう前に立っているのは物堅い武家の女房ではない。いや日本人の女でもない。むかし飼槽の中の基督に美・・・<芥川竜之介「おしの」青空文庫>
  2. ・・・「そりゃまあ何よりだね。僕なんぞもいつ死ぬかわからないが、……」 僕はちょっとSの顔を眺めた。SはやはりS自身は死なずに僕の死んだことを喜んでいる、――それをはっきり感じたのだった。するとSもその瞬間に僕の気もちを感じたと見え、厭な・・・<芥川竜之介「死後」青空文庫>
  3. ・・・ ――ああ、一口、水がほしい―― 実際、信也氏は、身延山の石段で倒れたと同じ気がした、と云うのである。 何より心細いのは、つれがない。樹の影、草の影もない。噛みたいほどの雨気を帯びた辻の風も、そよとも通わぬ。 ……その冷く快・・・<泉鏡花「開扉一妖帖」青空文庫>
  4. ・・・そうかッてな、もしやの事があるとすると、何より恐ろしいのはこの風だよ。ジャンと来て見ろ、全市瓦は数えるほど、板葺屋根が半月の上も照込んで、焚附同様。――何と私等が高台の町では、時ならぬ水切がしていようという場合ではないか。土の底まで焼抜ける・・・<泉鏡花「朱日記」青空文庫>
  5. ・・・僕も民子の姿を見れば来い来いと云うて二人で遊ぶのが何より面白かった。 母からいつでも叱られる。「また民やは政の所へ這入ってるナ。コラァさっさと掃除をやってしまえ。これからは政の読書の邪魔などしてはいけません。民やは年上の癖に……」・・・<伊藤左千夫「野菊の墓」青空文庫>
  6. ・・・「実の処おれは、それを聞きたさに今日も寄ったのだ、そういう話を聞くのがおれには何よりの御馳走だ、うんお前も仕合せになった」 こんな訳で話はそれからそれと続く、利助の馬鹿を尽した事から、二人が殺すの活すのと幾度も大喧嘩をやった話もあっ・・・<伊藤左千夫「姪子」青空文庫>
  7. ・・・「それは何よりの好物です。――ところで、先生、私はこれでもなかなか苦労が絶えないんでございますよ。娘からお聴きでもございましょうが、芸者の桂庵という仕事は、並み大抵の人には出来ません。二百円、三百円、五百円の代物が二割、三割になるんです・・・<岩野泡鳴「耽溺」青空文庫>
  8. ・・・日本の野菜料理が衛養に富んでるのは何よりこれが第一の証拠だ、」というのが鴎外の持論であった。「牛や象を見たまえ、皆菜食党だ。体格からいったら獅子や虎よりも優秀だ。肉食でなければ営養が取れないナゾというのは愚論だよ。」 が、鴎外は非麦・・・<内田魯庵「鴎外博士の追憶」青空文庫>
  9. ・・・これが一日の中の何よりの楽みであった。『平凡』に「……ポチが私に対うと……犬でなくなる。それとも私が人間でなくなるのか?……どっちだかそれは解らんが、とにかく相互の熱情熱愛に人畜の差別を撥無して、渾然として一如となる、」とあるはこの瞬間の心・・・<内田魯庵「二葉亭余談」青空文庫>
  10. ・・・故にその時代を見ようと思えば、当時の雑誌こそ、何より有益な文献でなければなりません。 この意味からいっても、同人雑誌は極めて有意義のものです。新しい芸術上の運動も、そのはじめは、同志の綜合であり、同人雑誌を戦闘の機関としなかったものはな・・・<小川未明「書を愛して書を持たず」青空文庫>
  11. ・・・誰でも言うことだけど、人間はもう体の健なのが何よりね」「だが、俺のように体ばかり健で、ほかに取得のねえのも困ったものさ。俺はちっとは病ってもいいから、新さんの果報の半分でもあやかりてえもんだ」「まあ、とんだ物好きね。内のがどう果報な・・・<小栗風葉「深川女房」青空文庫>
  12. ・・・そしてそれが何よりいけなかったのだ。そのアパートの不健康さについては前に述べたが、殊に彼の部屋ときてはお話にならぬくらいひどかった。 実際私は訪れるたびに呆れていた、いや訪れることすら避けたかったくらい、それはどんな健康な人間でもそこに・・・<織田作之助「道」青空文庫>
  13. ・・・そしてかごの上に結んである緋縮緬のくけ紐をひねくりながら、「こんな紐なぞつけて来るからなおいけない、露見のもとだ、何よりの証拠だ」と、法科の上田がその四角の顔をさらにもっともらしくして言いますと、鷹見が、「しかし樋口には何よりこの紐がう・・・<国木田独歩「あの時分」青空文庫>
  14.  画を好かぬ小供は先ず少ないとしてその中にも自分は小供の時、何よりも画が好きであった。。 好きこそ物の上手とやらで、自分も他の学課の中画では同級生の中自分に及ぶものがない。画と数学となら、憚りながら誰でも来いなんて、自分・・・<国木田独歩「画の悲み」青空文庫>
  15. ・・・相手の異性をよく見わけることは何より肝要なことだ。恋してからは目が狂いがちだから、恋するまでに自分の発情を慎しんで知性を働らかせなければならぬ。よほどのロマンチストでない限り、一と目で恋には落ちぬ。二た目でそれほどでないと思えば憧憬は冷却す・・・<倉田百三「学生と生活」青空文庫>
  16. ・・・特に年寄になったり金持になったりしたものには、骨董でも捻くってもらっているのが何より好い。不老若返り薬などを年寄に用いてもらって、若い者の邪魔をさせるなどは悪い洒落だ。老人には老人相応のオモチャを当がって、落ついて隅の方で高慢の顔をさせて置・・・<幸田露伴「骨董」青空文庫>
  17. ・・・僕から云うのも変だが、何よりまア身体を丈夫にしてい給え。」 ずんぐりした方が一寸テレて、帽子の縁に手をやった。 ごじゃ/\と書類の積まさった沢山の机を越して、窓際近くで、顎のしゃくれた眼のひッこんだ美しい女の事務員が、タイプライター・・・<小林多喜二「独房」青空文庫>
  18. ・・・年齢が何よりの証拠だ。しかし親戚や友人が止めたように、八年前の彼は二十に成るおせんを妻にして、そう不似合な夫婦がそこへ出来上るとも思っていなかった。活気と、精力と、無限の欲望とは、今だに彼を壮年のように思わせている。まして八年前。その証拠に・・・<島崎藤村「刺繍」青空文庫>
  19. ・・・母の思惑もさることながら、お三輪は自分で台所に出て皆のために働くことを何よりの楽みに思い、夜も遅くまで皆のために着物を縫い、時には娵や子守娘まで自分の側に坐らせて、昔をしのぶ端唄の一つも歌って聞かせながら、田舎住居のつれづれを慰めようとした・・・<島崎藤村「食堂」青空文庫>
  20. ・・・それは何より幸だ。」と喜びました。そればかりか、耳にさえさわれば食べるものや飲むものがすぐにどこからか出て来るというのですから、これほど便利なことはありません。 ウイリイは、馬を早めて、丘や谷をどんどん越して、しまいに大きな、涼しい森の・・・<鈴木三重吉「黄金鳥」青空文庫>
  21. ・・・するとぶくぶくはよろこんで、「どうぞおともにつけて下さいまし。何よりの仕合せでございます。」と言って、すぐに家来になりました。 二人はそれからしばらく、てくてく歩いていきますと、こんどは向うから、まるで棒のようにやせた、ひょろ長い男・・・<鈴木三重吉「ぶくぶく長々火の目小僧」青空文庫>
  22. ・・・私は何より先に家で食うだけのものを作らねばなりません。でないと子どもらがひもじいって泣きます。あとの事、あとの事。まだ天国の事なんか考えずともよろしい。死ぬ前には生きるという事があるんだから」 で鳩はまた百姓の言ったかわいそうな奥さんが・・・<著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎「真夏の夢」青空文庫>
  23. ・・・小猫などは、折さえあると夜昼かまわずスバーの膝にとび上り心持よさそうに丸まって、彼女が柔かい指で背中や頸を撫で撫で寝かしつけて呉れるのを、何より嬉しそうにします。 スバーは、此他もう少し高等な生きものの中にも一人の仲間を持っていました。・・・<著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子「唖娘スバー」青空文庫>
  24. ・・・あんな意気地無しの卑屈な怠けものには、そのような醜聞が何よりの御自慢なのだ。そうして顔をしかめ、髪をかきむしって、友人の前に告白のポオズ。ああ、おれは苦しい、と。あの人の夜霧に没する痩せたうしろ姿を見送り、私は両肩をしゃくって、くるりと廻れ・・・<太宰治「女の決闘」青空文庫>
  25. ・・・今後彼がこれをどう取り扱うかが何よりの見ものであろう。エジントンの云うところを聞くと、一般相対原理はほとんどすべてのものから絶対性を剥奪した。すべては観測者の尺度による。ただ一つ残されたものが「作用」と称するものである。これだけが絶対不変な・・・<寺田寅彦「アインシュタイン」青空文庫>
  26. ・・・あんまりお調子づいて、この論法一点張りで東西文明の比較論を進めて行くと、些細な特種の実例を上げる必要なくいわゆる Maison de Papierに住んで畳の上に夏は昆虫類と同棲する日本の生活全体が、何よりの雅致になってしまうからである。珍・・・<永井荷風「妾宅」青空文庫>
  27. ・・・ ピエエルさん。何よりさきにあなたに申さなくてはならないのは、あなたのお作の中に出て来る女とわたくしとは違うと申す事でございます。何もわたくしが一人ひどく変った女だと申すのではございません。わたくしはただ当り前の田舎の女でございます。わ・・・<著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外「田舎」青空文庫>
  28. ・・・ よき作品も創りたいとあせって、外に求めても時が熟さなければ、何より大切な心の準備が出来ない。つつましい、引しまった、鋭い精神の上に、徐々日の出のように方向が見え、自分の意企が輝いて来たら、嬉しさではしゃいではいけない。じっと心を守り、・・・<宮本百合子「愛は神秘な修道場」青空文庫>
  29. ・・・それでも自分で自分を励まして、金部屋へ引き返して、何より先に金箱の錠前を改めた。なんの異状もない。「先ず好かった」と思った時、眩暈が強く起こったので、左の手で夜具葛籠を引き寄せて、それに靠り掛かった。そして深い緩い息を衝いていた。 ・・・<森鴎外「護持院原の敵討」青空文庫>
  30. ・・・このようなことは、禅機に達することだとは思わないが、カルビン派のように、知識で信仰にはいろうとしなければならぬ近代作家の生活においては、孝道氏の考え方は迷いを退けるには何よりの近道ではないかと思う。 他人のことは私は知らないが自分一人で・・・<横光利一「作家の生活」青空文庫>