なん‐ぽう〔‐パウ〕【南方】例文一覧 30件

  1. ・・・ それから一月ばかりの後、そろそろ春風が動きだしたのを潮に、私は独り南方へ、旅をすることになりました。そこで翁にその話をすると、「ではちょうど好い機会だから、秋山を尋ねてご覧なさい。あれがもう一度世に出れば、画苑の慶事ですよ」と言う・・・<芥川竜之介「秋山図」青空文庫>
  2. ・・・その間に生まれた母であるから、国籍は北にあっても、南方の血が多かった。維新の際南部藩が朝敵にまわったため、母は十二、三から流離の苦を嘗めて、結婚前には東京でお針の賃仕事をしていたということである。こうして若い時から世の辛酸を嘗めつくしたため・・・<有島武郎「私の父と母」青空文庫>
  3. ・・・ もう、十七、八になりましたときに、彼は、ある南方の工場で働いていました。しかし、だれでもいつも健康で気持ちよく、暮らされるものではありません。この若者も病気にかかりました。 病気にかかって、いままでのように、よく働けなくなると、工・・・<小川未明「あほう鳥の鳴く日」青空文庫>
  4. ・・・ たとえば、同じ海にしても、北方の海と、南方の海とは、色彩、感覚、特性等から、その人々に与えつゝある影響に至るまで異るのであります。従って、その地方の子供達が海洋に対する空想、憧憬は、決して同じいものではなかったばかりでなく、これに・・・<小川未明「新童話論」青空文庫>
  5. ・・・     三 一年たつと、武田さんは南方へ行った。そして間もなく、武田さんがジャワで鰐に食われて死んだという噂をきいた。 まさかと私は思った。武田麟太郎が鰐を食ったという噂なら信じられるが、鰐に食われたとは到底考えられな・・・<織田作之助「四月馬鹿」青空文庫>
  6. ・・・武田さんはよくデマを飛ばして喜んでいた。南方に行った頃、武田麟太郎が鰐に食われて死んだという噂がひろがった。私は本当にしなかった。武田麟太郎が鰐を食ったのなら判るが、鰐に食われるようなそんな武麟さんかねと笑った。たぶん武田さんが自分でそんな・・・<織田作之助「武田麟太郎追悼」青空文庫>
  7. ・・・この四五日手にとってみることもなく溜っていた古い新聞を、その溜っていることをいかにも自分の悲しみのしるしのように思いながら、見るともなく見ていた道子は、急に眼を輝かした。南方派遣日本語教授要員の募集の記事が、ふと眼に止ったのである。「南・・・<織田作之助「旅への誘い」青空文庫>
  8. ・・・この時はちょうど午後一時ごろで冬ながら南方温暖の地方ゆえ、小春日和の日中のようで、うらうらと照る日影は人の心も筋も融けそうに生あたたかに、山にも枯れ草雑りの青葉少なからず日の光に映してそよ吹く風にきらめき、海の波穏やかな色は雲なき大空の色と・・・<国木田独歩「鹿狩り」青空文庫>
  9. ・・・勿論秀吉は小田原陣にも茶道宗匠を随えていたほどである。南方外国や支那から、おもしろい器物を取寄せたり、また古渡の物、在来の物をも珍重したりして、おもしろい、味のあるものを大に尊んだ。骨董は非常の勢をもって世に尊重され出した。勿論おもしろくな・・・<幸田露伴「骨董」青空文庫>
  10. ・・・この觀測につきては夙に西人が種々の科學的研究あり、又近く橋本〔増吉〕文學士の研究もあれど、卑見を以てするに、嵎夷、暘谷は東方日出の個所を指し、南交は南方、昧谷は西方日沒の處、朔方は北方を意味し、何れもある格段なる地理的地點を指したるものなり・・・<白鳥庫吉「『尚書』の高等批評」青空文庫>
  11. ・・・そもそも南方の強か、北方の強か。」 酒の酔いと、それから落胆のために、足もとがあぶなっかしく見えた。見世物の大将を送って部屋から出られて、たちまち、ガラガラドシンの大音響、見事に階段を踏みはずしたのである。腰部にかなりの打撲傷を作った。・・・<太宰治「黄村先生言行録」青空文庫>
  12. ・・・次女の婿は、これは小坂の養子らしいが、早くから出征していまは南方に活躍中とか聞いていたが、君は知らなかったのかい?」「そうかあ。」私は恥ずかしかった。すすめられるままに、ただ阿呆のように、しっかりビイルを飲んで、そうして長押の写真を見て・・・<太宰治「佳日」青空文庫>
  13. ・・・春になったら房州南方に移住して、漁師の生活など見ながら保養するのも一得ではないかと思います。いずれは仕事に区切りがついたら萱野君といっしょに訪ねたいと思います。しばらく会わないので萱野君の様子はわからない。きょう、只今徹夜にて仕事中、後略の・・・<太宰治「虚構の春」青空文庫>
  14. ・・・その頃日本では、南方南方へと、皆の関心がもっぱらその方面にばかり集中せられていたのであるが、私はその正反対の本州の北端に向って旅立った。自分の身も、いつどのような事になるかわからぬ。いまのうちに自分の生れて育った津軽を、よく見て置こうと思・・・<太宰治「十五年間」青空文庫>
  15. ・・・中支に二年、南方に一年いて、病気でたおれて、伊東温泉で療養という事になったんだが、いま思うと、伊東温泉の六箇月が一ばん永かったような気がするな。からだが治って、またこれから戦地へ行かなくちゃならんのかと思ったら、流石にどうも、いやだったが、・・・<太宰治「雀」青空文庫>
  16. ・・・そうしてかくしのキャラメルを取り出して三つ四つ一度に頬張りながら南方のすそ野から遠い前面の山々へかけての眺望をむさぼることにした。自分の郷里の土佐なども山国であるからこうしたながめも珍しくないようではあるが、しかし自分の知る郷里の山々は山の・・・<寺田寅彦「小浅間」青空文庫>
  17. ・・・北米の南方ではわがタイフーンの代わりにその親類のハリケーンを享有しているからますます心強いわけである。 西北隣のロシアシベリアではあいにく地震も噴火も台風もないようであるが、そのかわりに海をとざす氷と、人馬を窒息させるふぶきと、大地の底・・・<寺田寅彦「災難雑考」青空文庫>
  18. ・・・ 自分の少しばかり調べてみた結果では、昨年の颱風の場合には、同時に満洲の方から現われた二つの副低気圧と南方から進んで来た主要颱風との相互作用がこの颱風の勢力増大に参与したように見えるのであるが、不幸にして満洲方面の観測点が僅少であるため・・・<寺田寅彦「颱風雑俎」青空文庫>
  19. ・・・ 今年の夏始めに、涼み台が持ち出されて間もなく、長男が宵のうちに南方の空に輝く大きな赤味がかった星を見付けてあれは何かと聞いた。見るとそれは黄道に近いところにあるし、チラチラ瞬きをしないからいずれ遊星にはちがいないと思った。そして近刊の・・・<寺田寅彦「小さな出来事」青空文庫>
  20. ・・・そのために中層へは南方から暖かい空気が舌を出したような形になっている。この舌状帯下の部分に限って凍雨と雨氷が降っている事が分るのである。 このような特殊の気層の状態を条件としているために、この現象が稀有でその区域の割合が狭いのである。・・・<寺田寅彦「凍雨と雨氷」青空文庫>
  21. ・・・ 寒月の隈なく照り輝いた風のない静な晩、その蒼白い光と澄み渡る深い空の色とが、何というわけなく、われらの国土にノスタルジックな南方的情趣を帯びさせる夜、自分は公園の裏手なる池のほとりから、深い樹木に蔽われた丘の上に攀じ登って、二代将軍の・・・<永井荷風「霊廟」青空文庫>
  22. ・・・我を見て南方の犬尾を捲いて死ねと、かの鉄棒を脳天より下す。眼を遮らぬ空の二つに裂くる響して、鉄の瘤はわが右の肩先を滑べる。繋ぎ合せて肩を蔽える鋼鉄の延板の、尤も外に向えるが二つに折れて肉に入る。吾がうちし太刀先は巨人の盾を斜に斫って戞と鳴る・・・<夏目漱石「幻影の盾」青空文庫>
  23. ・・・第一、ドンコは南方の魚で、日本では大体、琵琶湖から西方のみに棲息している。ダボハゼに似ているので、関東方面でもドンコを見たという人があるけれども、学問的にもいないことが証明されている。 魚の辞典を引いてみると、ドンコはドンコ属という独立・・・<火野葦平「ゲテ魚好き」青空文庫>
  24. ・・・日本の本州ばかりでいっても、南方の熱い処には蜜柑やザボンがよく出来て、北方の寒い国では林檎や梨がよく出来るという位差はある。まして台湾以南の熱帯地方では椰子とかバナナとかパインアップルとかいうような、まるで種類も味も違った菓物がある。江南の・・・<正岡子規「くだもの」青空文庫>
  25.  もし私が肖像画家であったら、徳田球一氏を描くときどの点に一番苦心するだろうかと思う。例えば、徳田さんの眼は、独特である。南方風な瞼のきれ工合に特徴があるばかりでなく、その眼の動き、眼光が、ひとくちに云えば極めて精悍であるが・・・<宮本百合子「熱き茶色」青空文庫>
  26. ・・・「この電車は、南方より復員の貸切電車であります。どなたも、おのりにならないように願います」 丁度目の前でドアが開いて、七分通り満員の車内の一部が見えた。リュックをかついで、カーキの服を着て、ぼんやりした表情の人々の顔が、こちらを向い・・・<宮本百合子「一刻」青空文庫>
  27. ・・・ 現実のその苦しさから、意識を飛躍させようとして、たとえばある作家の作品に描かれているように、バリ島で行われている原始的な性の祭典の思い出や南方の夜のなかに浮きあがっている性器崇拝の彫刻におおわれた寺院の建物の追想にのがれても、結局・・・<宮本百合子「傷だらけの足」青空文庫>
  28. ・・・三木清という哲学者は、西田幾多郎の哲学の解説者であり、戦争中は南方に出かけたりしていた。最も進歩的な階級の哲学である唯物弁証法の哲学に対して、日本で一時大流行をした西田哲学というものは一種の観念的哲学であり、自然と社会に対する進歩的な認識を・・・<宮本百合子「行為の価値」青空文庫>
  29. ・・・ 広大なソヴェト同盟内の各地方ソヴェトは、南方でも、シベリアでも勇敢な農民パルチザンと赤衛軍との血でうちたてられたのであった。 一九一七年、一八年、そして一九年。 国内戦はまだ鎮まらない。然しソヴェトは革命の翌日から着々土地法を・・・<宮本百合子「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」青空文庫>
  30. ・・・ 彼は南方の狭い谷底のような街を見下ろした。そこでは吐き出された炭酸瓦斯が気圧を造り、塵埃を吹き込む東風とチブスと工廠の煙ばかりが自由であった。そこには植物がなかった。集るものは瓦と黴菌と空壜と、市場の売れ残った品物と労働者と売春婦と鼠・・・<横光利一「街の底」青空文庫>