にが・い【苦い】例文一覧 30件

  1. ・・・火はめらめらと紙を焼いて、甚太夫の苦い顔を照らした。 書面は求馬が今年の春、楓と二世の約束をした起請文の一枚であった。        三 寛文十年の夏、甚太夫は喜三郎と共に、雲州松江の城下へはいった。始めて大橋の上に立っ・・・<芥川竜之介「或敵打の話」青空文庫>
  2. ・・・彼が苦い顔をしたのも、決して偶然ではない。 しかし、内蔵助の不快は、まだこの上に、最後の仕上げを受ける運命を持っていた。 彼の無言でいるのを見た伝右衛門は、大方それを彼らしい謙譲な心もちの結果とでも、推測したのであろう。愈彼の人柄に・・・<芥川竜之介「或日の大石内蔵助」青空文庫>
  3. ・・・ 賢造はとうとう苦い顔をして、抛り出すようにこう云った。洋一も姉の剛情なのが、さすがに少し面憎くもなった。「谷村さんは何時頃来てくれるんでしょう?」「三時頃来るって云っていた。さっき工場の方からも電話をかけて置いたんだが、――」・・・<芥川竜之介「お律と子等と」青空文庫>
  4. ・・・今ごろはあの子供の頭が大きな平手でぴしゃぴしゃはたき飛ばされているだろうと思うと、彼は知らず識らず眼をつぶって歯を食いしばって苦い顔をした。人通りがあるかないかも気にとめなかった。噛み合うように固く胸高に腕ぐみをして、上体をのめるほど前にか・・・<有島武郎「卑怯者」青空文庫>
  5. ・・・したがって小さい時から孤独でひとりで立っていかなければならなかったのと、父その人があまり正直であるため、しばしば人の欺くところとなった苦い経験があるのとで、人に欺かれないために、人に対して寛容でない偏狭な所があった。これは境遇と性質とから来・・・<有島武郎「私の父と母」青空文庫>
  6. ・・・夜が明けても、的はないのに、夜中一時二時までも、友達の許へ、苦い時の相談の手紙なんか書きながら、わきで寝返りなさるから、阿母さん、蚊が居ますかって聞くんです。 自分の手にゃ五ツ六ツたかっているのに。」 主人は火鉢にかざしながら、・・・<泉鏡花「女客」青空文庫>
  7. ・・・ われ漕げ、頭痛だ、汝漕げ、脚気だ、と皆苦い顔をして、出人がねえだね。 平胡坐でちょっと磁石さ見さしつけえ、此家の兄哥が、奴、汝漕げ、といわしったから、何の気もつかねえで、船で達者なのは、おらばかりだ、おっとまかせ。」と、奴は顱巻の・・・<泉鏡花「海異記」青空文庫>
  8. ・・・ と従七位はまた苦い顔。       七 杢若は筵の上から、古綿を啣えたような唇を仰向けに反らして、「あんな事を言って、従七位様、天井や縁の下にお姫様が居るものかよ。」 馬鹿にしないもんだ、と抵抗面は可かったが、・・・<泉鏡花「茸の舞姫」青空文庫>
  9. ・・・「復讐というものはこんなに苦い味のものか知ら」と、女房は土の上に倒れていながら考えた。そして無意識に唇を動かして、何か渋いものを味わったように頬をすぼめた。しかしこの場を立ち上がって、あの倒れている女学生の所へ行って見るとか、それを介抱・・・<著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外「女の決闘」青空文庫>
  10. ・・・と、静かに、答えて、苦い顔つきをしながら、居間を出ました。 控え室をのぞくと、乞食かと思われたようなよぼよぼの老人が、ふろしき包みをわきに置いてうずくまっていました。 院長は、その老人と、取り次いだ看護婦とを鋭く一瞥してからいかにも・・・<小川未明「三月の空の下」青空文庫>
  11. ・・・そして忽ち今までの嬉しげだった顔が、急に悄げ垂れた、苦いような悲しげな顔になって、絶望的な太息を漏らしたのであった。 それは、その如何にも新らしい快よい光輝を放っている山本山正味百二十匁入りのブリキの鑵に、レッテルの貼られた後ろの方に、・・・<葛西善蔵「子をつれて」青空文庫>
  12. ・・・私は昨晩から笹川のいわゆるしっぺ返しという苦い味で満腹して、ほとんど堪えがたい気持であった。「しかし笹川もこうしたしっぺ返しというもので、それがどんな無能な人間であったとしても、そのために亡びるだろうというような考え方は、僕は笹川のために取・・・<葛西善蔵「遁走」青空文庫>
  13. ・・・「なんという苦い絶望した風景であろう。私は私の運命そのままの四囲のなかに歩いている。これは私の心そのままの姿であり、ここにいて私は日なたのなかで感じるようななんらの偽瞞をも感じない。私の神経は暗い行手に向かって張り切り、今や決然とした意・・・<梶井基次郎「冬の蠅」青空文庫>
  14. ・・・』『あれだもの』女房は苦い顔をして娘と顔を見合した。娘はすこぶるまじめで黙っている。主人は便所の窓を明けたが、外面は雨でも月があるから薄光でそこらが朧に見える。窓の下はすぐ鉄道線路である。この時傘をさしたる一人の男、線路のそばに立ってい・・・<国木田独歩「郊外」青空文庫>
  15. ・・・アメリカの禁酒法案が通過して、あのように長く行なわれたのも、婦人の道徳性の内からの支配力がどんなに強いかの証拠であって、男子にとっては実はこれは容易でない克己がいるので、苦い顔をしながらも、どうも婦人のいうことをきかずにはおれぬのである。そ・・・<倉田百三「女性の諸問題」青空文庫>
  16. ・・・ またすべての人が苦い別離を味わうとは限らない。自然に相愛して結婚し、幸福な家庭を作って、終生愛し通して終わる者ははなはだ多い。しかしそうした場合でもその「幸福」というのは見掛けのものであって、当時者の間にはいろいろの不満も、倦怠も、と・・・<倉田百三「人生における離合について」青空文庫>
  17. ・・・ 田口は、メリケン兵を悪く云うのには賛成しないらしく、鼻から眉の間に皺をよせ、不自然な苦い笑いをした。栗本は、将校に落度があったのか、きこうとした。が、丁度、橇からおりた者が、彼のうしろから大儀そうにぞろ/\押しよせて来た。彼は、それを・・・<黒島伝治「氷河」青空文庫>
  18. ・・・「ハハハハハ、お前を前に置いてはちと言い苦い話だがナ。実はあの猪口は、昔おれが若かった時分、アア、今思えば古い、古い、アアもう二十年も前のことだ。おれが思っていた女があったが、ハハハハ、どうもちッと馬鹿らしいようで真面目では話せないが。・・・<幸田露伴「太郎坊」青空文庫>
  19. ・・・双方共に苦いが、蕗の芽は特に苦い。しかしいずれもごく少許を味噌と共に味わえば、酒客好みのものであった。 困ったのは自分が何か採ろうと思っても自分の眼に何も入らなかったことであった。まさかオンバコやスギ菜を取って食わせる訳にもゆかず、せめ・・・<幸田露伴「野道」青空文庫>
  20. ・・・妻として尊敬された無事な月日よりも、苦い嫉妬を味わせられた切ない月日の方に、より多く旦那のことを思出すとは。おげんはそんな夫婦の間の不思議な結びつきを考えて悩ましく思った。婆やが来てそこへ寝床を敷いてくれる頃には、深い秋雨の戸の外を通り過ぎ・・・<島崎藤村「ある女の生涯」青空文庫>
  21. ・・・「復讐と云うものはこんなに苦い味のものか知ら」と、女房は土の上に倒れていながら考えた。そして無意識に唇を動かして、何か渋いものを味わったように頬をすぼめた。併し此場を立ち上がって、あの倒れている女学生の所へ行って見るとか、それを介抱して・・・<太宰治「女の決闘」青空文庫>
  22. ・・・裏切られ、ばかにされている事を知った刹那の、あの、つんのめされるような苦い墜落の味を御馳走された気持で、食堂の隅の椅子に、どかりと坐った。私と向い合って、熊本君も坐った。やや後れて少年佐伯が食堂の入口に姿を現したと思うと、いきなり、私のほう・・・<太宰治「乞食学生」青空文庫>
  23. ・・・こうなってはさすがのアインシュタインも苦い顔をしている事であろう。 我邦ではまだそれほどでもないが、それでも彼の名前は理学者以外の方面にも近頃だいぶ拡まって来たようである。そして彼の仕事の内容は分らないまでも、それが非常に重要なものであ・・・<寺田寅彦「アインシュタインの教育観」青空文庫>
  24. ・・・そうだという返答をたしかめてから後に悠々と卓布一杯に散々楽書をし散らして、そうして苦い顔をしているオーバーを残してゆるゆる引上げたという話もある。 ドイツだとこれほど簡単に数字的に始末の出来る事が、我が駒込辺ではそう簡単でないようである・・・<寺田寅彦「ある日の経験」青空文庫>
  25. ・・・ただできるだけ神経衰弱に罹らない程度において、内発的に変化して行くが好かろうというような体裁の好いことを言うよりほかに仕方がない。苦い真実を臆面なく諸君の前にさらけ出して、幸福な諸君にたとい一時間たりとも不快の念を与えたのは重々御詫を申し上・・・<夏目漱石「現代日本の開化」青空文庫>
  26. ・・・そうして苦い顔をしながら、医者に騙されて来て見たと云った。医者に騙されたという彼は、固より余を騙すつもりでこういう言葉を発したのである。彼の死ぬ時には、こういう言葉を考える余地すら余に与えられなかった。枕辺に坐って目礼をする一分時さえ許され・・・<夏目漱石「三山居士」青空文庫>
  27. ・・・その秘密らしい背景の上に照り輝いて現われている美しい手足や、その謎めいた、甘いような苦いような口元や、その夢の重みを持っている瞼の飾やが、己に人生というものをどれだけ教えてくれたか。己の方からその中へ入れた程しきゃ出して見せてはくれなかった・・・<著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外「痴人と死と」青空文庫>
  28. ・・・ 青い眼のくぼんだ誰が見ても不愉快な顔つきをした千世子は甘苦い様な臭剥を飲みながらこんな事を云った。ふだんにまして気むずかしい機嫌を取りそこねて女中が一日中びくびくして居なければならない様なのもその頃だった。 京子は毎日の様に来・・・<宮本百合子「千世子(三)」青空文庫>
  29. ・・・などと笑いながら云うと肇はフット笑いかけても唇をつぼめて苦い顔をした。 母親はそんな事を不思議がって、 あの人は過去に暗い影を持って居るんじゃああるまいか。などと云ったけれども千世子には信じられない事だった。・・・<宮本百合子「千世子(二)」青空文庫>
  30. ・・・ 背こそ仲平ほど低くないが、自分も痘痕があり、片目であった翁は、異性に対する苦い経験を嘗めている。識らぬ少女と見合いをして縁談を取りきめようなどということは自分にも不可能であったから、自分と同じ欠陥があって、しかも背の低い仲平がために、・・・<森鴎外「安井夫人」青空文庫>