にくし‐み【憎しみ】例文一覧 30件

  1. ・・・己はむしろ、時にはあの女に憎しみさえも感じている。殊に万事が完ってから、泣き伏しているあの女を、無理に抱き起した時などは、袈裟は破廉恥の己よりも、より破廉恥な女に見えた。乱れた髪のかかりと云い、汗ばんだ顔の化粧と云い、一つとしてあの女の心と・・・<芥川竜之介「袈裟と盛遠」青空文庫>
  2. ・・・あげた手が自ら垂れ、心頭にあった憎しみが自ら消えると、彼は、子供を抱いたまま、思わず往来に跪いて、爪を剥がしているクリストの足に、恐る恐る唇をふれようとした。が、もう遅い。クリストは、兵卒たちに追い立てられて、すでに五六歩彼の戸口を離れてい・・・<芥川竜之介「さまよえる猶太人」青空文庫>
  3. ・・・事によると、李が何にでも持っている、漠然とした反抗的な心もちは、この無意識の憎しみが、原因になっているのかも知れない。 しかし、そうは云うものの、李も、すべての東洋人のように、運命の前には、比較的屈従を意としていない。風雪の一日を、客舎・・・<芥川竜之介「仙人」青空文庫>
  4. ・・・林右衛門は、そこに、また消し難い憎しみの色をも、読んだのである。 その中に、主従の間に纏綿する感情は、林右衛門の重ねる苦諫に従って、いつとなく荒んで来た。と云うのは、独り修理が林右衛門を憎むようになったと云うばかりではない。林右衛門の心・・・<芥川竜之介「忠義」青空文庫>
  5. ・・・それはちょっとした驚きと一しょに何か本能的な憎しみを閃かせている表情です。けれどもこの奥さんはすぐにもの静かに返事をしました。「ええ、M子もそんなことを申しておりました。」 僕は僕の部屋へ帰って来ると、また縁先の手すりにつかまり、松・・・<芥川竜之介「手紙」青空文庫>
  6. ・・・やはり冷たい蔑みの底に、憎しみの色を見せているのです。恥しさ、悲しさ、腹立たしさ、――その時のわたしの心の中は、何と云えば好いかわかりません。わたしはよろよろ立ち上りながら、夫の側へ近寄りました。「あなた。もうこうなった上は、あなたと御・・・<芥川竜之介「藪の中」青空文庫>
  7. ・・・我々が懐く凡ゆる感情、例えば怒り、憎しみ、または愛にもせよ、凡ての感激、冒険といったようなものは、人生及び自然から生起してくる刺戟である。この人生及び自然の存在を措いて、現実はない筈である。それであるから現実に徹することは、自己の生活に徹す・・・<小川未明「囚われたる現文壇」青空文庫>
  8. ・・・身勝手に気がつき、ただこっちばかりが悪いのではないのが確信せられて来るのだが、いちど言い負けたくせに、またしつこく戦闘開始するのも陰惨だし、それに私には言い争いは殴り合いと同じくらいにいつまでも不快な憎しみとして残るので、怒りにふるえながら・・・<太宰治「桜桃」青空文庫>
  9. ・・・あの男を撃つより先に、やはりこの女と、私は憎しみをもって勝敗を決しよう。あの男が此所へ来ているか、どうか、私は知らない。見えないようだ。どうでもよい。いまは目前の、このあさはかな、取乱した下等な雌馬だけが問題だ。」二人の女は黙ってせっせと歩・・・<太宰治「女の決闘」青空文庫>
  10. ・・・私は永遠に、人の憎しみを買うだろう。けれども、この純粋の愛の貪慾のまえには、どんな刑罰も、どんな地獄の業火も問題でない。私は私の生き方を生き抜く。身震いするほどに固く決意しました。私は、ひそかによき折を、うかがっていたのであります。いよいよ・・・<太宰治「駈込み訴え」青空文庫>
  11. ・・・について、ドオデエの通俗性について、さらに一転、斎藤実と岡田啓介に就いて人物月旦、再転しては、バナナは美味なりや、否や、三転しては、一女流作家の身の上について、さらに逆転、お互いの身なり風俗、殺したき憎しみもて左右にわかれて、あくる日は又、・・・<太宰治「喝采」青空文庫>
  12. ・・・私とそっくりおなじ男がいて、この世にひとつものがふたつ要らぬという心から憎しみ合ったわけでもなければ、その男が私の妻の以前のいろであって、いつもいつもその二度三度の事実をこまかく自然主義ふうに隣人どもへ言いふらして歩いているというわけでもな・・・<太宰治「逆行」青空文庫>
  13. ・・・善人どうしは、とかく憎しみ合うもののようである。彼は、父の無言のせせら笑いのかげに、あの新聞の読者を感じた。父も読んだにちがいなかった。たかが十行か二十行かの批評の活字がこんな田舎にまで毒を流しているのを知り、彼は、おのれのからだを岩か牝牛・・・<太宰治「猿面冠者」青空文庫>
  14. ・・・彼女は、家兎の目を宿して、この光る世界を見ることができ、それ自身の兎の目をこよなく大事にしたい心から、かねて聞き及ぶ猟夫という兎の敵を、憎しみ恐れ、ついには之をあらわに回避するほどになったのである。つまり、兎の目が彼女を兎にしたのでは無くし・・・<太宰治「女人訓戒」青空文庫>
  15. ・・・ 立って、二階から降り、あきらめきれず、むらむらと憎しみが燃えて逆上し、店の肉切庖丁を一本手にとって、「姉さんが要るそうだ。貸して。」 と言い捨て階段をかけ上り、いきなり、やった。 姉は声も立てずにたおれ、血は噴出して鶴の顔・・・<太宰治「犯人」青空文庫>
  16. ・・・衣、食、住のこと、それから恋愛など、愛と憎しみの諸問題。その素朴ないくつかの主題は、その社会がそのときおかれている歴史的な条件で、さまざまに表現をかえて来る。衣、食、住、愛憎の問題だけを見ても、戦争中は、人間的な欲求の一切を抹殺した権力によ・・・<宮本百合子「新しい文学の誕生」青空文庫>
  17. ・・・そこには、いく種類かの愛と憎しみと混乱、哀愁と憐憫がある。そのどれもは、伸子の存在にかかわらず、それとしての必然に立って発生し、葛藤し、社会そのものの状態として伸子にかかわって来ている。伸子は伸子なりに渦巻くそれらの現実に対し、あながち一身・・・<宮本百合子「あとがき(『二つの庭』)」青空文庫>
  18. ・・・そのような劇しい憎しみを持っている男の俤を伝えている定子が、無条件に可愛いということがあるだろうか。まして葉子のような気質の女である場合。―― 母性は非常に本源的なものであるが、それだけに無差別な横溢はしないものであると感じられる。しん・・・<宮本百合子「「或る女」についてのノート」青空文庫>
  19. ・・・    ×なぐらせるという反抗の仕方だけ残され憎しみのかたまりとなってうんとなぐらせる。    ×手ばなしでなぐられる金しばりの中で頑固に自らを試煉する。 これらの作品は、非常に複雑で熱い意欲をた・・・<宮本百合子「歌集『集団行進』に寄せて」青空文庫>
  20. ・・・ 私の読んだのは、どれもどれもみじめな可哀そうな娘を中心にして暗い、悲惨な、憎しみだの、そねみだの、病や又は死、と云うものをくっつけてありました。 それを読みながら、私でさえ淋しい気持になりました。又そうなる様に書いてあるんです。・・・<宮本百合子「現今の少女小説について」青空文庫>
  21. ・・・自分は憎しみによって一層根気づよくなり腰をおとさず揉み合っている。日本共産党をどう考えるかというようなことである。 自分は、日本共産党は飽くまでも一つの政党であると云った。合法、非合法はその国の状態によるのであって、決して共産党そのもの・・・<宮本百合子「刻々」青空文庫>
  22. ・・・妙なことに拘わって、忍耐強い性格のまま執念くやられると、私は憎しみさえ感じた。そして、怒った。怒りながら、私は祖母のために、編ものをした。細かい身の廻りのことにおのずから気がついた。「いやなお祖母様。この装でお出かけになる積り? 駄目!・・・<宮本百合子「祖母のために」青空文庫>
  23. ・・・ 下の弟達が両親になついて居るのを見ると羨しさと憎しみが一度きに湧いて来るんです。 なつかない私を見れば両親だって頼りない様な眼附をしますしねえ、 女の母親なんかは私に気づかいさえして居るらしいんですもの。「貴方が苦しいより・・・<宮本百合子「千世子(三)」青空文庫>
  24. ・・・に対する憎しみで体が震える様であった。 そして彼に対する大人らしい同情が一層愛情を強く燃えたたせて、彼の味方は世界中に自分がたった一人有るばかりだと云う肩の折れそうな責任と誇りを感じたのであった。 その時から私の知って居る以外の大人・・・<宮本百合子「追憶」青空文庫>
  25. ・・・が、先生の顔には、相手が、未だ十八の、少女であるのを忘却したほどの憤り、憎しみが燃えている。 一二秒、立ち澱み、やがておつやさんは、矢絣の後姿を見せながら、しおしお列を離れて、あちらに行った。 彼女は素直に、顔を洗いに行ったのだ。・・・<宮本百合子「追想」青空文庫>
  26. ・・・ その馬鹿野郎というのは、決して憎しみや、侮蔑から作男共に向って云われたのではない。 これからそろそろと御意なりに落しにかかろうとする獲物に対する非常に粗野な残酷な愛情に似た一種の感情の発露なのである。 年寄りは、着々成功しかか・・・<宮本百合子「禰宜様宮田」青空文庫>
  27. ・・・ 子供達の心は、忽ちの内に兄に対する憎しみの心で満ち満ちたものと見え、一番気の強そうな、額の大きな子が、とがった声で、「兄にい、己にもよ。と云った。 一番の兄は、自分の失敗に険しい目をして弟共をにらみながら次から次と・・・<宮本百合子「農村」青空文庫>
  28. ・・・或る者は、奇怪な道徳感によって、家のために殆ど憎しみを感じる程の異性と配せられたものもあろう。 或る者は、打算的な賢明さから、人格を無視して所謂金持に運命を任せ、今、その暴虐と冷酷とに、あらゆる笑を失っている者もあるだろう。こんな意識は・・・<宮本百合子「深く静に各自の路を見出せ」青空文庫>
  29. ・・・その自己嫌悪を追いつめてゆくと、恐ろしいことだが、彼にも深い憎しみを感じずにいられない。鼻のわきに悪人づらの皺をよせ、『到頭勝ちましたね。口惜しいが貴方の註文通り私は苦しんでいる。ハッハ』と云いたい瞬間さえある。が、私は忽ち自分の心・・・<宮本百合子「文字のある紙片」青空文庫>
  30. ・・・愛とを大きくするための主我欲との苦闘。主我欲を征服し得ないために日々に起こる醜い煩い。主我欲の根強い力と、それに身を委せようとする衝動と。愛と憎しみと。自己をありのままに肯定する心と、要求の前に自己の欠陥を恥ずる心と。誠実と自欺と。努力と無・・・<和辻哲郎「「ゼエレン・キェルケゴオル」序」青空文庫>