にち‐ぼ【日暮】例文一覧 30件

  1. ・・・奥さんは医者が帰ってしまうと、日暮までは婆やを相手に、何か話して御出ででした。それから御湯や御食事をすませて、十時頃までは蓄音機を御聞きになっていたようです。」「客は一人も来なかったですか?」「ええ、一人も。」「君が監視をやめた・・・<芥川竜之介「影」青空文庫>
  2. ・・・ 日暮方に、南町へ電話をかけて置いて、帰ろうとしたら、清が「今夜皆で金春館へ行こうって云うんですがね。一しょに行きませんか。」と云った。八重子も是非一しょに行けと云う、これは僕が新橋の芸者なるものを見た事がないから、その序に見せてやろう・・・<芥川竜之介「田端日記」青空文庫>
  3.      一 或春の日暮です。 唐の都洛陽の西の門の下に、ぼんやり空を仰いでいる、一人の若者がありました。 若者は名を杜子春といって、元は金持の息子でしたが、今は財産を費い尽して、その日の暮しにも困る位、憐な・・・<芥川竜之介「杜子春」青空文庫>
  4. ・・・ 当日、僕は車で、その催しがある日暮里のある人の別荘へ行った。二月の末のある曇った日の夕方である。日の暮には、まだ間があるので、光とも影ともつかない明るさが、往来に漂っている。木の芽を誘うには早すぎるが、空気は、湿気を含んで、どことなく・・・<芥川竜之介「野呂松人形」青空文庫>
  5. ・・・…… 次の上り列車に乗ったのはもう日暮に近い頃だった。僕はいつも二等に乗っていた。が、何かの都合上、その時は三等に乗ることにした。 汽車の中は可也こみ合っていた。しかも僕の前後にいるのは大磯かどこかへ遠足に行ったらしい小学校の女生徒・・・<芥川竜之介「歯車」青空文庫>
  6. ・・・……骨董屋は疾に夜遁げをしたとやらで、何の効もなく、日暮方に帰ったが、町端まで戻ると、余りの暑さと疲労とで、目が眩んで、呼吸が切れそうになった時、生玉子を一個買って飲むと、蘇生った心地がした。……「根気の薬じゃ。」と、そんな活計の中から・・・<泉鏡花「瓜の涙」青空文庫>
  7. ・・・ この血だらけの魚の現世の状に似ず、梅雨の日暮の森に掛って、青瑪瑙を畳んで高い、石段下を、横に、漁夫と魚で一列になった。 すぐここには見えない、木の鳥居は、海から吹抜けの風を厭ってか、窪地でたちまち氾濫れるらしい水場のせいか、一条や・・・<泉鏡花「貝の穴に河童の居る事」青空文庫>
  8. ・・・餅屋が構図を飲込んで、スケッチブックを懐に納めたから、ざっと用済みの処、そちこち日暮だ。……大和田は程遠し、ちと驕りになる……見得を云うまい、これがいい、これがいい。長坂の更科で。我が一樹も可なり飲ける、二人で四五本傾けた。 時は盂蘭盆・・・<泉鏡花「木の子説法」青空文庫>
  9. ・・・ といいながら日暮際のぱっと明い、艶のないぼやけた下なる納戸に、自分が座の、人なき薄汚れた座蒲団のあたりを見て、婆さんは後見らるる風情であったが、声を低うし、「全体あの爺は甲州街道で、小商人、煮売屋ともつかず、茶屋ともつかず、駄菓子・・・<泉鏡花「政談十二社」青空文庫>
  10. ・・・……成るべく、日暮までに帰って、すぐ東京へ立ちたいのだがね、時間の都合で遅くなったら一晩厄介になるとして――勘定はその時と――自動車は、ああ、成程隣りだ。では、世話なしだ、いや、お世話でした。」 表階子を下りかけて、「ねえさん。」・・・<泉鏡花「燈明之巻」青空文庫>
  11. ・・・ 豪雨は今日一日を降りとおして更に今夜も降りとおすものか、あるいはこの日暮頃にでも歇むものか、もしくは今にも歇むものか、一切判らないが、その降り止む時刻によって恐水者の運命は決するのである。いずれにしても明日の事は判らない。判らぬ事には・・・<伊藤左千夫「水害雑録」青空文庫>
  12. ・・・今日の日暮はたしかにその機であった。ぞっと身振いをするほど、著しき徴候を現したのである。しかし何というても二人の関係は卵時代で極めて取りとめがない。人に見られて見苦しい様なこともせず、顧みて自ら疚しい様なこともせぬ。従ってまだまだ暢気なもの・・・<伊藤左千夫「野菊の墓」青空文庫>
  13. ・・・自分はお松は使にでも行ったことと思って気にもしなかった。日暮になってもお松は居なかった。毎晩のように竈の前に藁把を敷いて自分を暖まらしてくれた、お松が居ないので、自分は始めてお松はどうしたのだろうかと思った。姉がせわしなく台所の用をしながら・・・<伊藤左千夫「守の家」青空文庫>
  14. ・・・みんなは、日暮に間近くなって吹く、外の嵐の音に耳を傾けているか、野に、丘に、圃に働いて、体を冷やして帰って来る家族の余の人々を待っているようであります。 こうした、つゝましやかな生活には、愛と平和とやさしみとがあふれている。それは真に涙・・・<小川未明「民衆芸術の精神」青空文庫>
  15. ・・・舟繋ぎおわれば臥席巻きて腋に抱き櫓を肩にして岸に上りぬ。日暮れて間もなきに問屋三軒皆な戸ざして人影絶え人声なし。源叔父は眼閉じて歩み我家の前に来たりし時、丸き眼みはりてあたりを見廻わしぬ。「我子よ今帰りしぞ」と呼び櫓置くべきところに櫓置・・・<国木田独歩「源おじ」青空文庫>
  16. ・・・冬の旅人の日暮れて途遠きを思う時、遥かに望みて泣くはげにこの火なり。 伊豆の山燃ゆ、伊豆の山燃ゆと、童ら節おもしろく唄い、沖の方のみ見やりて手を拍ち、躍り狂えり。あわれこの罪なき声、かわたれ時の淋びしき浜に響きわたりぬ。私語くごとき波音・・・<国木田独歩「たき火」青空文庫>
  17. ・・・――北満の日暮は早やかった。経理室から配給された太い、白い、不透明なローソクは、棚の端に、二三滴のローを垂らして、その上に立てゝあった。殺伐な、無味乾燥な男ばかりの生活と、戦線の不安な空気は、壁に立てかけた銃の銃口から臭う、煙哨の臭いにも、・・・<黒島伝治「前哨」青空文庫>
  18. ・・・小石原にていよいよ堪え難きに、雨降り来り日暮るるになんなんたり。やむをえず負える靴をとりおろして穿ち歩むに、一ツ家のわらじさげたるを見当り、うれしやと立寄り一ツ求めて十銭札を与うるに取らず、通用は近日に廃せらるる者ゆえ厭い嫌いて、この村にて・・・<幸田露伴「突貫紀行」青空文庫>
  19. ・・・絵本の観兵式の何百人となくうようよしている兵隊、馬に乗っている者もあり、旗持っている者もあり、銃担っている者もあり、そのひとりひとりの兵隊の形を鋏でもって切り抜かせ、不器用なお慶は、朝から昼飯も食わず日暮頃までかかって、やっと三十人くらい、・・・<太宰治「黄金風景」青空文庫>
  20. ・・・すぐちかくのお湯屋へ行くのにも、きっと日暮をえらんでまいります。誰にも顔を見られたくないのです。ま夏のじぶんには、それでも、夕闇の中に私のゆかたが白く浮んで、おそろしく目立つような気がして、死ぬるほど当惑いたしました。きのう、きょう、めっき・・・<太宰治「燈籠」青空文庫>
  21. ・・・私が逃げてしまって、三日目の日暮まで、ここに帰って来なかったら、あの友人を絞め殺して下さい。たのむ、そうして下さい。」 それを聞いて王は、残虐な気持で、そっと北叟笑んだ。生意気なことを言うわい。どうせ帰って来ないにきまっている。この嘘つ・・・<太宰治「走れメロス」青空文庫>
  22. ・・・表の河岸通には日暮と共に吹起る空ッ風の音が聞え出すと、妾宅の障子はどれが動くとも知れず、ガタリガタリと妙に気力の抜けた陰気な音を響かす。その度々に寒さはぞくぞく襟元へ浸み入る。勝手の方では、いっも居眠りしている下女が、またしても皿小鉢を破し・・・<永井荷風「妾宅」青空文庫>
  23. ・・・ 縁側から上って来た鶏は人の追わざるに再び庭に下りて頻に友を呼んでいる。日暮の餌をあさる鶏には、菓子鉢の菓子は甘すぎたのであろう。 唖々子は既にこの世にいない。その俳句文章には誦すべきものが尠くない。子は別に不願醒客と号した。白氏の・・・<永井荷風「梅雨晴」青空文庫>
  24. ・・・中につきて数句を挙ぐれば草霞み水に声なき日暮かな燕啼いて夜蛇を打つ小家かな梨の花月に書読む女あり雨後の月誰そや夜ぶりの脛白き鮓をおす我れ酒かもす隣あり五月雨や水に銭蹈む渡し舟草いきれ人死をると札の立つ秋風・・・<正岡子規「俳人蕪村」青空文庫>
  25. ・・・ 広い通りや、狭い通りを抜けて、走る電車の前を突切る早業に、魂をひやしてお金の家へついたのは、もう日暮れに近かった。 格子の前で、かすかに震える手から車夫にはらってから、とげとげした声で、 御免と云った。 内から・・・<宮本百合子「栄蔵の死」青空文庫>
  26. ・・・ 日暮方、男は又御龍の玄関の前に立った。せまい一つぼのたたきの上には見なれない男下駄がぬぎっぱなしになって居た。男はフッと自分がこの上なくいやに思って居る事を連想してプッとつばを吐いてあともどりをした。「もう来るもんか、ウン女があや・・・<宮本百合子「お女郎蜘蛛」青空文庫>
  27. ・・・ もう日暮で――冬は午後四時にとっぷり暗くなる――折から一台の空橇が雪道を村へ向ってやって来た。 森の中から子供の泣き声がする。百姓は恐怖した。チミの仕業だと思ったのだ。彼は手綱をとって馬の腹をうった。森の中から児供の泣き声は次第に・・・<宮本百合子「一九二九年一月――二月」青空文庫>
  28. ・・・ 午後ももう日暮方になって京子は重そうな銀杏返しに縞の着物を着て手が目立って大きく見える様な形恰をして来た。 随分待って居たんだけれど昨夜だけはどうしたんだか出掛けた処へ貴方が来たんだもの。 悪うござんしたねえ。 京・・・<宮本百合子「千世子(二)」青空文庫>
  29. ・・・女君は額髪をぬらしたまま被衣をかけて身じろぎもしないでいらっしゃるので乳母は今更のように悪い事をしたと思ってそっと几帳の間から中をのぞいてはホッと吐息をついて居た。日暮方、明障子を細めに小さい手がのぞいてパタリとかるくたおれたもの音にそれと・・・<宮本百合子「錦木」青空文庫>
  30. ・・・しょうりょうという褐色の蜻あり、群をなして飛べり。日暮るる頃山田の温泉に着きぬ。ここは山のかいにて、公道を距ること遠ければ、人げすくなく、東京の客などは絶て見えず、僅に越後などより来りて浴する病人あるのみ。宿とすべき家を問うにふじえやという・・・<森鴎外「みちの記」青空文庫>