にほん‐かい【日本海】例文一覧 24件

  1. ・・・     三七 日本海海戦 僕らは皆日本海海戦の勝敗を日本の一大事と信じていた。が、「今日晴朗なれども浪高し」の号外は出ても、勝敗は容易にわからなかった。するとある日の午飯の時間に僕の組の先生が一人、号外を持って教室へかけこ・・・<芥川竜之介「追憶」青空文庫>
  2. ・・・蝦夷富士といわれるマッカリヌプリの麓に続く胆振の大草原を、日本海から内浦湾に吹きぬける西風が、打ち寄せる紆濤のように跡から跡から吹き払っていった。寒い風だ。見上げると八合目まで雪になったマッカリヌプリは少し頭を前にこごめて風に歯向いながら黙・・・<有島武郎「カインの末裔」青空文庫>
  3. ・・・世界貿易の中心点が太平洋に移ってきて、かつて戈を交えた日露両国の商業的関係が、日本海を斜めに小樽対ウラジオの一線上に集注し来らむとする時、予がはからずもこの小樽の人となって日本一の悪道路を駆け廻る身となったのは、予にとって何という理由なしに・・・<石川啄木「初めて見たる小樽」青空文庫>
  4. ・・・「また、秀公の生まれた村から、日本海は近いんだって。海へいく道端に、春になると桜が咲いて、それはきれいだといっていたよ。」「春は、田舎がいいだろうからな。」「秀公は、やはり田舎がいいといっていた。」「秀ちゃんて、どんな子?」・・・<小川未明「二少年の話」青空文庫>
  5. ・・・ 夕飯の時、女は海の方を見て『今日は、波が高い』といったが、日本海の波をみている私には、この高いという波が、あまり静かなのに驚かされていた位であるから、平常の海はどんなに静かであろうと疑われた。 隣の室には、髭の生えた男がいる。其の・・・<小川未明「舞子より須磨へ」青空文庫>
  6. ・・・これから、すぐ日本海に出るのだ。ゆらりと一揺れ大きく船がよろめいた。海に出たのである。エンジンの音が、ここぞと強く馬力をかけた。本気になったのである。速力は、十五節。寒い。私は新潟の港を見捨て、船室へはいった。二等船室の薄暗い奥隅に、ボオイ・・・<太宰治「佐渡」青空文庫>
  7. ・・・で行き、東北本線では青森市のずっと手前で下車を命ぜられるという噂も聞いているし、また本線の混雑はよほどのものだろうと思われ、とても親子四人がその中へ割り込める自信は無かったし、方向をかえて、小牛田から日本海のほうに抜け、つまり小牛田から陸羽・・・<太宰治「たずねびと」青空文庫>
  8. ・・・その頃まだ存命中でございまして、私の一家、と言いましても、母はその七年まえ私が十三のときに、もう他界なされて、あとは、父と、私と妹と三人きりの家庭でございましたが、父は、私十八、妹十六のときに島根県の日本海に沿った人口二万余りの或るお城下ま・・・<太宰治「葉桜と魔笛」青空文庫>
  9. ・・・いちど、津軽半島の日本海側の、或る港町に遊びに行ったが、それとて、私の疎開していた町から汽車で、せいぜい三、四時間の、「外出」とでも言ったほうがいいくらいの小旅行であった。 けれども私は、その港町の或る旅館に一泊して、哀話、にも似た奇妙・・・<太宰治「母」青空文庫>
  10. ・・・ 日本海。君は、日本海を見た事がありますか。黒い水。固い浪。佐渡が、臥牛のようにゆったり水平線に横わって居ります。空も低い。風の無い静かな夕暮でありましたが、空には、きれぎれの真黒い雲が泳いでいて、陰鬱でありました。荒海や佐渡に、と口ず・・・<太宰治「みみずく通信」青空文庫>
  11. ・・・ 何ゆえにこのような区域に、特に降水が多いかという理由について、筒井氏の説を引用すると、冬季日本海沿岸に多量の降雨をもたらす北の季節風が、若狭近江の間の比較的低い山を越えて、そして広い琵琶湖上から伊勢湾のほうへ抜けようとする途中で雪を降・・・<寺田寅彦「伊吹山の句について」青空文庫>
  12. ・・・ ついこのあいだもある学者がアメリカの学会へ行って「黄海の水を日本海へ注入して電力を起こす」という設計を提出して世界の学者を驚かせたという記事が出た。数日後に電車でひょっくりその学者に会って「君はアメリカに行っているはずじゃないですか」・・・<寺田寅彦「錯覚数題」青空文庫>
  13. ・・・ 青森湾沿岸の家の屋根の様式は日本海海岸式で、コケラ葺の上に石塊を並べてあるのが多い。汽車から見た青森市の家はほとんど皆トタン葺またはコケラ葺の板壁である。いかにも軽そうで強風に吹飛ばされそうな感じがする。永久性と落着きのないのは、この・・・<寺田寅彦「札幌まで」青空文庫>
  14. ・・・また、日本海海岸には目立たなくて太平洋岸に顕著な潮汐の現象を表徴する記事もある。 島が生まれるという記事なども、地球物理学的に解釈すると、海底火山の噴出、あるいは地震による海底の隆起によって海中に島が現われあるいは暗礁が露出する現象、あ・・・<寺田寅彦「神話と地球物理学」青空文庫>
  15. ・・・ 日露戦役の際でも我軍は露兵と戦うばかりでなく、満洲の大陸的な気候と戦わなければならなかった。日本海の海戦では霧のために蒙った損害も少なくなかった。こういう場合に気象学や気候学の知識が如何に貴重であるかは世人のあまり気の付かぬ事である。・・・<寺田寅彦「戦争と気象学」青空文庫>
  16. ・・・しかし、逆説的に聞えるかもしれないが、その同じ颱風はまた思いもかけない遠い国土と日本とを結び付ける役目をつとめたかもしれない、というのは、この颱風のおかげで南洋方面や日本海の対岸あたりから意外な珍客が珍奇な文化を齎して漂着したことがしばしば・・・<寺田寅彦「颱風雑俎」青空文庫>
  17. ・・・ 比較的新しい地質時代まで日本が対馬のへんを通して朝鮮と陸続きになっていたことは象や犀の化石などからも証明されるようであるが、それと連関して、もしも対馬朝鮮の海峡をふさいでしまって暖流が日本海に侵入するのを防いだら日本の気候に相当顕著な・・・<寺田寅彦「日本人の自然観」青空文庫>
  18. ・・・まず何よりもこの大火を大火ならしめた重要な直接原因は当時日本海からオホツク海に駆け抜けた低気圧のしわざに帰せなければならない。天気図によると二十一日午前六時にはかなりな低気圧の目玉が日本海の中央に陣取っていて、これからしっぽを引いた不連続線・・・<寺田寅彦「函館の大火について」青空文庫>
  19. ・・・こういう場合は、たいてい顕著な不連続線が日本海から太平洋へ向かって進行の途中に本州島弧を通過する場合であることは、統計的研究の結果から明らかになったことである。「日が悪い」という漠然とした「説明」が、この場合には立派に科学的の言葉で置き換え・・・<寺田寅彦「藤の実」青空文庫>
  20. ・・・僅か五隻のペリー艦隊の前に為す術を知らなかったわれらが、日本海の海戦でトラファルガー以来の勝利を得たのに心を躍らすのである。       下 先生はこの驚嘆の念より出立して、好奇心に移り、それからまた研究心に落ち付いて、この・・・<夏目漱石「マードック先生の『日本歴史』」青空文庫>
  21. ・・・宇野は隠岐の島出身、つまり日本海である。すると、太平洋のタコは白好きで、日本海のタコは赤好きなのか。きっと、ソ連側だからだろう、などと笑いあったが、魚にそれぞれ好みの色のあるのは疑えない。ボラなども、赤いものなら、風船でも、布でも、なんでも・・・<火野葦平「ゲテ魚好き」青空文庫>
  22. ・・・夏も末に近い日本海の眺めは美しくて、私をおどろかした。が、それよりも身に沁みじみと感じて見てとおったのは秋田から山形に及ぶ広大な稲田の景色であった。 汽車が秋田市を出発して間もなく、窓の左右は目もはるかな稲田ばかりの眺めとなった。はるか・・・<宮本百合子「青田は果なし」青空文庫>
  23. ・・・同時に、日本海をこえて来る資本主義、帝国主義を、この海岸から清掃しようとしている。かつてウラジヴォストクからコルチャック軍と一緒にプロレタリアートのソヴェト・ロシア揉潰しを試みて成功しなかった日本帝国主義軍、自覚のない、動員された日本プロレ・・・<宮本百合子「新しきシベリアを横切る」青空文庫>
  24. ・・・ノビコフ・プリヴォーイが「日本海海戦」を書くことが出来たのは、作家の住宅問題を緩和するために郊外に「創作の家」があったからである。 今日、こういう作家生活全般のために考えられている設備はどんなに発展して来ているであろうか。文学サークルな・・・<宮本百合子「近頃の話題」青空文庫>